明治時代に起きた 廃仏毀釈 [ はいぶつきしゃく] ついてコメントしたことで、思いだした奇妙な体験です。
若い頃、結婚前の振袖姿の妻と明治神宮の初詣に連れだって行った時の事です。
鳥居をくぐった辺りから、太ももがチクチクします。
しばらく歩くと針が刺さっているように痛み出しました。
参拝は取りやめて、開いていた喫茶店のトイレに入り調べてみると何の痕跡もありません。
念入りにズボンを折り返して調べても、針みたいな物は出て来ません。
この年の参拝は取りやめました。
近所の氷川神社で無事に参拝を済ませました。
あくる年・・
覚悟を決めて、明治神宮の初詣に出かけることに致しました。
また、鳥居をくぐった辺りから、太ももがチクチクします。
しばらく歩くと針が刺さっているように痛み出しました。今度は激烈な痛みです。
御祭神と先祖たちとの曰く因縁があるのでしょう。
徳川幕府の幕臣だった時代の因縁を強く感じました。
私自身、明治天皇ご神霊への崇敬の念は、持っていますが・・・先祖の想いとは異なるようです。
「廃仏毀釈」の騒動は、未だに因縁として残っている。
やがて、
清浄な神気の漂う伊勢神宮への参拝で、先祖の霊は慰められたようです。
****************************************************
(破壊された石仏 Wikipedia画像)
日本の廃仏毀釈 [ はいぶつきしゃく]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%83%E4%BB%8F%E6%AF%80%E9%87%88
一般に「廃仏毀釈」と言えば、日本において明治維新後に成立した新政府が慶応4年3月13日(1868年4月5日)に発した太政官布告 (通称神仏分離令、神仏判然令)、明治3年1月3日(1870年2月3日)に出された詔書「大教宣布」などの政策によって引き起こされた、仏教施設の破壊などを指す。
神仏分離令や大教宣布は神道と仏教の分離が目的であり、仏教排斥を意図したものではなかったが、結果として廃仏毀釈運動(廃仏運動)とも呼ばれる民間の運動を引き起こしてしまった。神仏習合の廃止、仏像の神体としての使用禁止、神社から仏教的要素の払拭などが行われた。祭神の決定、寺院の廃合、僧侶の神職への転向、仏像・仏具の破壊、仏事の禁止などを急激に実施したために混乱した。明治4年(1871年)ごろ終熄したが、影響は大きかった。