野鳥を詠む俳句、落選メールが届いた日 | 自宅筋トレ×推し活の両立みずきんぐオタク女子ブログ

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昨日、野鳥をテーマにした俳句大会の選考結果が届いた。
「誠に残念ながら、今回は入賞に至りませんでした」という、定型の落選メールだった。画面を開いた瞬間、胸のあたりが少し重くなった。
「まあ、そんなに簡単に入るものではないよな」と頭ではわかっていたのに、応募した瞬間からどこかで「ひょっとしたら」と期待していた自分がいたことに気づかされた。この大会に応募しようと思ったきっかけは、去年の冬、近所の林でアオジを見たことだった。
枯葉の色に溶け込むように佇んでいた姿が、ただ美しかった。
それ以来、野鳥を意識して歩くようになり、「この瞬間を十七音に残せないだろうか」と考えるようになった。

 

応募した句は、何度も書き直したものだ。
最初はただ「綺麗だった」という感想を並べていたが、それだけでは俳句にならない。
観察ノートを見返し、時間帯や風の強さ、周囲の音まで思い出しながら、言葉を削り、また付け足しを繰り返した。
最終的に残った句は、自分なりに「これでいい」と思えるものだった。少なくとも、応募ボタンを押した瞬間はそう感じていた。

 

落選メールを読んだあと、しばらくその句を読み返した。
「やっぱり弱いな」と思う部分と、「ここは自分らしい」と思う部分が混在している。
選考委員の方々は、何百、何千という句の中から選ばなければならない。
私の句がそこに届かなかったのは、当然といえば当然なのかもしれない。それでも、応募したこと自体は後悔していない。
俳句を作るために野鳥を意識して観察するようになったことで、今まで通り過ぎていた景色が少し変わった。
朝の光の中で動く小さな影に目が止まるようになったし、「この音は何だろう」と耳を澄ます時間が増えた。
結果が出るまでの間に得たものの方が、実は大きかった気がする。

 

俳句は「上手くなった」と実感しにくい分野だと思う。
入賞すればわかりやすい成果になるけれど、落選したからといって何も残らないわけではない。
今回の経験で、自分の句のどこがまだ甘いかを、少しだけ客観的に見られるようになった。
それだけでも、十分に価値があった。次に野鳥を詠むときは、もう少しだけ深く、もう少しだけ素直に、言葉を選びたい。
落選メールは残念だったけれど、それをきっかけにまた俳句と野鳥の両方に向き合う時間ができた。
それだけでも、悪くない結果だったのかもしれない。