先日 小学校の先生と
総合の授業の打ち合わせに 行ってきた
どんぐりの説明も兼ねて話したので
2時間くらい しゃべっちゃったかな・・
けど ちゃんと伝えないと
間違って伝わるのは いやだから
丁寧に 話した
学校側の意向としては
「地域に在るものを 大切にする」 という目標を
一年間の 総合学習の課題にしている とのこと
年間通じた学習の割に
今になって 「木」について 学ぼうという案が出たものの
このあたりに生えている 「木の種類」 を 調べてみるくらいしか
学習の幅が 見つからなかったらしい
要するに 3月までに
個別に 研究発表するだけの材料が 見当たらず
どんぐり野郎の 推薦により
私のところに ヘルプ依頼が来たわけです
当初 先生から 「木の種類」 や 「年輪」 のウンチクを
語ってほしい・・ という提案を もらったが
自分がやるからには 図鑑やネットで観ればわかることを
するつもりはないと 一蹴した
私が辿り着かせたいメッセージは 大きく挙げると 2点
① ただの木の枝でも 木端でも
関わり方によっては 宝物にできること。
② 一生のうちで 1本でいいから 「切られたら泣くほど好きな木」
を 持ってほしいこと。
①に関して 用意したのは これ
これは2008年の夏
どんぐりを始めた最初の夏に みんなで切ったもの
①から⑤まで 違う種類の枝が切られた
全部で 20枚以上
多いものは60枚くらい 切ったから
それはそんなに簡単なことではなかった
その時の画像が残ってるかと 探したら・・・
なんと一枚だけ 携帯画像で残ってた・・
超貴重・・・
右側の長いのが クヌギで
青い野郎が切ってるのが 杉だね・・
彼らは もう中二だよ
こんな小さいうちに 彼らが切ったもの
それが この木のクジ
6年経っても 朽ちることなく カビることなく残っている
この木のクジは 私には 宝物
彼らには 切った記憶が それほどないかもしれないが
このクジは 彼らの成長と共にあり
時間と 空間を 経由してきた 特別な価値がある
ほんとに ただの枝ですよ
それを宝ものにする力が 人間にはあるの
自然保護的観点から観ると
人は 自然破壊の王者だけれど
人間には こんな枝切れさえ 宝物にする力があるの
それを まず 伝えたい
「あなたも 触れた木を 宝物にするような 生き方をしてほしい」と
②については
そのままだね
「切られたら 号泣するほど 好きな木が ありますか?」
学校に打ち合わせに行ったとき
担任の先生に そのまま質問したら
「ないです」 と言われた
だから 先生と 子どもたちは スタートが一緒だね
これから 死ぬまでの間に
一本でいいから
そんな友達のような木を 見つけられたら
「自然を大切に」 なんて
大義名分を 押し付けられなくても
当たり前に 大事にできる自分になる
私の伝えたい 主なメッセージは
この二つ
けれど たった45分の中で
ちゃんと これだけを伝えられるかは わからないな
短すぎる
先生は 「授業として 子どもたちに形を残したい」と
言ってらしたけれど
「たった3ヶ月で 結果を出すなんて
木の生きざまを 観るスパンとしては 短すぎる」 と 伝えた
それを承知の上で 取りくんでほしいし
これで終わりにするのではなく
将来 子どもらが 木とどんな風にかかわっていくのかという
足がかりにするような 学習にしてほしいと 伝えた
さて
本番は 12月12日
どうなるかな?
また報告しまーす