昨日 削って持ち帰った ヒノキのしずくちゃん
せっせとヤスリで磨いたら
うっとりするほど ツルツルになった
もとは これ、ですから
驚くほどの 変身ぶりでしょ
実は この材の片割れを
どんぐりのママに ひとつ持って行ってもらった
その日は 子どもだけ来てたので
「ママに ヒノキだから 削ってみてね」 と 伝えて
と お土産に持たせた
少年に渡したのは
何の変哲のない ただの薄汚れた角材
ママが 削った時には
驚くほどきれいな木目と すっきりとした 芳香が
感じられることでしょう
たまごちゃんを削ることのできる
彼女だから 角材のまま
渡したんだ
木は 思いを寄せて
手をかける者により
違った効力を発揮し 宝物になりうる
彼女の息子は
遠出をするときには 必ず
ママが作った たまごちゃんを
「お守り」として 持っていくらしい
生きているでしょ
ちゃんと 命が 宿るんですよ
話は 少しずれて
こちらは どんぐりの敷地に なった柿
先月 地主さんが
「熟れたら 食べていいよ」 と くださったもの
経緯を知っている どんぐりの子どもらは
「ありがとう!!」 と嬉しそうに 柿をほおばる
昨日も 職場で畑作業をしていたら
お隣の方が来て
そこに生えている柿の木を指さし
「よかったら 帰りに もいでいってね」 と
声をかけてくださった
6年間 職場で作業してきたから
いただくことのできた柿
帰宅して 柿をむく前に
「この柿はね・・・」
と 必ず話をする
手にとった柿は
「ただの柿」 ではない
その手に乗るまでには
様々な経緯の ストーリーがあるんだよ
手にとった柿も 木材も
「ただもの」 ではないんだよ
そういう 「ただものではないもの」たちに
囲まれて 成長できる子は
ただものじゃなくなるんじゃないかな
そんな気がするよ















