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太郎椎茸のブログ

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 「親孝行」や「敬老」といった言葉は、令和の今日 わが国では死語となった。

 

 「子ども」は高校(私学も含め)の無償化、更には大学の無償化が進展している。少子化が進む昨今、国を挙げて「産めよ増やせよ、子育てに手厚いサポートを」がわが国の重要課題、施策となっている。こどもが大切にされる社会、国家は重要である。しかし反面、高齢者に対してはどうか? 高齢者の老人福祉施設への入居を無料化するなんて話はついぞ聞かない。死を間近にした高齢者の医療費の無償化なんて話もない。医療費の負担率を上げると言った話は聞くが……年金を上げるという話は聞かない。

 

 どうやら、日本という国は「老人」がどうもジャマになってきたようだ。老人は年金や医療費や介護・福祉費やらとやたらに税金を「無駄遣い」するばかりで、若者に負担を強いる存在と捉えられているようだ。このように考えるのは「老人」である私の<ひがみ>か? 私も高度経済社会となりつつあったわが国で「金の卵・銀の卵」ともてはやされた世代で、GNP世界第2位にまでわが国を押し上げた戦力の一員として「モーレツ」に働いてきた一人であったはずなのだが。退職してしまえば、もう「おジャマ(邪魔)」な存在ですか? 貧しくとも高齢者を大切にしている東南アジアの国々がうらやましい。ごく一部のお金持ち老人を除いて、高齢者介護施設にも入れず、老老介護に疲れ果て、「ピンピンコロリ」を本気で切望する高齢者の気持ちなんぞ、今の政財界の方々は思いも致さないのだろうねえ。効率から考えても生産性から考えても「用済みは切り捨てる」のが当たり前なのでしょうからねえ。もはや老人達は「ムダ(無駄)」な存在なのだから。選挙の時だけ平等な「一票」なので大事そうに言われるが、選挙が終われば……といったことの繰り返し。

 政界に、財界に、富裕層には気を遣う・忖度(ソンタク)するが、一般庶民は軽視する「強きを助け、弱気をくじく」政治、社会風潮がまかり通るご時世になってしまったねえ。わが国にも貧しくとも「親孝行」や「敬老」が美徳とされる時代があった。貧しさ故に美徳を求めながらも現実には達成できない苦しい時代があった。それを「恥」と感じ苦しんだ時代があった。そこには貧しさはあったが、心の品位、美徳があったと思う。今のわが国は「親孝行」も「敬老」も死語となり、それがあたかも当然であるかのような、道徳的な品位のない国家となった。

 「美しい国」なんてちゃんちゃらおかしいことを言わないでください。「美しい国」なんて総理がおっしゃった頃から、豊かになったかもしれないが道徳的には「醜い国」が進行してきたのではありませんか。貧富の差が拡大し、勝ち組と負け組に二極化するような社会より、貧しくとも貧富の格差が少なく、皆が助け合うような、支え合うような社会を、国家を私は求めます。

 

 これからの未来を支える子どもを大切にする、同時に過去を支えてきた高齢者を尊重する、といったことが当然であるような社会に変革していけないものか? そういうリーダーが現れないものか。

 

 ………… などと書き始めたものの、なんかむなしくなってしまって書き進める気持ちが失せました。…… ごきげんよう。

 

………… といいながら、あと一つ。

 だって、「少子高齢化の社会」が訪れることなど、高齢者を支える若者が激減することなど、50年も前の社会科の教科書にも掲載されていたのですよ。にもかかわらず、50年後、100年後のわが国の社会の変化を見通して対策すると言った政治を誰一人具体的に行わなかったのですから。わかっていたのに、予見されていた常識化されたことなのに、だれも手を打たなかったあげくのはてが今日の社会問題ですから。

 今の政治家にしても米価高騰とかインフレ対策とかの目先の対策だけに振り回されて、将来を見通しての「今為すべき対策」には心が向いていないのですから、我が子や孫の時代にはさらに困難が深まっていることは火を見るより明らかです。そんな出口のない糞詰まりの社会状況になると、第2第3のヒトラーが登場してきます。もはやトランプなんてリーダーが本国アメリカのみならず世界をかき乱し始めていますから。……♫もう どうにもとまらない……♫でしょうか。