夏の異常な暑さから引き続いて相変わらずの暖かい秋が続いていたが、11月末になってようやくまともな秋の気配となり、周りの山々も紅葉の姿を見せ始めた。ところがどっこい 秋らしくなったと思えば、おいおいもう暦は師走だぜ。「光陰矢の如し」ってか?
普通なら10月末から生え始めるシイタケが、11月末になってようやく発生。12月に入って、先日やっと初収穫・初出荷の運びとなりました。寒いのは大嫌いだけれど、私が栽培している椎茸菌は10度以下にならないと発生せず8度以下が続くようになると活発に発生・成長するので、大嫌いな寒さを歓迎すると言った皮肉な日々が続くことになる。まあ寒さも悪いことばかりじゃあないかと。
しかし今年の異常気象はまさしく「異常」で、台風か一度もやってこなかったのはよかったが、草木の生い茂りようが甚だしくて草刈りや草引きに苦労させられ、したがって(?)柿やミカン・ゆず・スダチなどの柑橘類が枝も折れんばかりに大量に実をつけ(これは喜ぶべきか?)、大量の落ち葉掃除がこれまた苦労、と言った始末。稲もコシヒカリなどの品種は粒が小さかったり白濁していたりと不作とのこと。自然相手の仕事は「例年通り」などと言うことがなくて気が抜けません。
そういうと、漁業も海流の変化、海水温の変化で、漁獲高を誇っていた魚種がサッパリ獲れなくなったり、従来縁のなかった魚種が獲れるようになったり、牡蠣(カキ)の養殖が大被害を受けたりと困難なことが多いとのこと。
これでは、農業にしろ漁業にしろ収入も不安定で、他の安定した仕事に転職する人々が増加し、農林漁業の従事者が激減するのも致し方ないことと言えようか。しかし生命の元である食料獲得に従事する人々の減少は国家存亡の危機といって過言ではない。
農林漁業従事者の減少が加速(今後20年で人口が1割減ると言われるが、農家数は約7割減ると試算されている)してくると、農林漁業関連の国産品の自給率の減少して「生命の元である食の危機」が喫緊の重要課題となる。このまま目をそらして見過ごせば、昨年の『令和の米騒動』で少しは実感した方々もあろうが、『将来、お金があっても食べ物が買えなくなる時代がくる』というのが単なる脅しや空想ではなく、現実となるということである。
対策の一つとして、政府は「大きな農業」を掲げて機械や設備が必要な大規模経営、ドローンやセンサーなどを活用するスマート農業をバックアップしようとしている。それはそれで有効であるが、多大な資金が必要でごく少数の大規模経営農家や企業以外の多くの一般農家には縁遠い経営体制である。
それでは、現在のわが国の一般的な農業経営、農家は成り立たないのか、存在意義はないのかと言えばそうとは言えない。狭小で平野が少なく中山間地の多いわが国においては、「小さな農業」・「家族経営農家」も存在意義があるといえよう。大規模な機械化農業ではできない、手仕事でないとできない繊細な農作物の栽培、販売ができる小規模農家の生きる道がある。大規模農業の大量生産では為しがたい、味・香り・美味しさを追求する小規模経営の細部にまで行き届いた小回りの良さを生かした農業である。さらに、中山間地であれば自然環境の豊かさ、水の良さ、寒暖差の大きさなどの特色をアピールできることもメリットとなる。
野菜栽培にしろシイタケなどのキノコ栽培にしろ「規模拡大」のメリットに誘惑されそうになるときもあるが、自己の高齢化に伴う作業能力の低下や資本力のなさなどを考えるとき、私は小規模家族農業の良さをさらに追求していきたいと考える。
政府も大規模農業の推進ばかりではなく、わが国の国土の特色に適した「小規模家族農業」でも生活が成り立つ政策を工夫し、農業従事者を減らさない事こそが肝要である。それこそがわが国の食料自給率を高め食料安全保障を向上させることにつながると考えるのだが。
石破総理の農業への向き合い方にいささかの期待を持ったのだが、現総理に代わっての農業政策には期待が持てない。先行きがおもしろくない今日この頃です。………… ため息をつきつつ……ごきげんよう。