今シーズンは天候に恵まれて(?)上質な原木シイタケが沢山発生してくれて大いに嬉しいのだが…………。
下の画像を見てください。 この傘の厚さ、軸の太さをご覧あれ!
傘は山のように盛り上がって握りこぶしのよう。軸は普通のシイタケの2倍以上の太さで、まるで松茸の軸のよう。健康で栄養満点の健康優良児のようなシイタケが発生してくれて大いに満足して、自慢をさせてもらっている次第。
今シーズンは品質良好のシイタケが早期から沢山発生したことは喜ばしいのだが、残念にも雪・雨・曇りの日が続き乾燥した晴天が少ないために、私のような林野の自然の中で発生させているシイタケは水分を多く含みすぎてしまうのが難点です。絞れば水がしたたる感じで劣化が早く、生しいたけでの販売がしづらいのが難点です。ああ、生シイタケで味わってもらいたい!!
あまりにも水分の多いものはしかたないので、スライスして天日干しして水分を減らした後に機械乾燥させて「乾しシイタケ」で販売することにしています。
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傘の厚さ、軸の太さなどスーパーマーケットなどで売られている原木シイタケと比較してみてください。分厚さも太さも2倍以上はあるでしょう。石川県のブランドシイタケの「のとてまり」と同じ菌種で、私のも負けてはいません。
「山のアワビ」と例えられるようなみごとな食感、包み込むようなえもいわれぬ香りと味。一度(ヒトタビ)口にすれば、「ホンモノ」のシイタケはこんなにも美味しいものか、とだれもが見直すはずです。
………… と言った具合に、零細経営ながらに胸を張れる良質なシイタケを育てることができるようになったのですが、来シーズンに向けてシイタケ栽培が行き詰まる危機的状況に見舞われて意気消沈しています。
意気消沈の原因は、原木の入手ができなかったことです。
退職後、資金不足のまま趣味程度に極々(ゴクゴク)零細経営でスタートしました。最初の約10年間は自分の山からナラやクヌギなどの原木を切り出して毎年約300~400本を植菌して、計約2,000本程度の零細経営でやってきました。しかし約10年経ったところで自家林から搬出できる木を切り尽くしてしまったために、しかたなく森林組合から約200本を購入して規模縮小しつつも何とかやってきましたが、原木代金を差し引くと赤字経営となり収入面では「ただ働き」となりましたが、生きがい・やりがいと言った面で何とか継続してきました。
しかし、ご他聞にもれずの人手不足で森林組合の従事者が減少したことや長年にわたるヒノキ・杉の植林によるクヌギやナラなどのシイタケの原木に適した樹種の減少、ナラ枯れの広がり等によって、近隣の森林組合からの原木の入手さえもが困難になってきました。大規模シイタケ栽培をやっている知人に尋ねると、東北や北海道から原木は購入せざるを得ない状態になっているそうで、私のような数百本程度の小売りはしてくれないようです。生きがい・働きがい(というほど大層なものではないかもしれませんが……)としてきたシイタケ栽培の今後のめどが立たないことは残念の極みで何とも言いようがありません。「甲斐(カイ)」を失って、今後の生活が張りを失い虚(ウツ)ろになった気分です。
来シーズンも原木購入のめどが立たないようならば、マッシュルーム栽培に切り替えてみようかな等とも考えていますが、やはり「原木シイタケ」じゃないとつまらない思いです。
ナラやクヌギの減少はクマや鹿の主たるエサであるどんぐり減少の結果であり、それがエサを求めての熊や鹿の人里出現に結果しています。戦後の杉やヒノキの植林の流行をコントロールできなかった林業政策の見通しのなさ、失敗が、現在の山林崩壊に結果しています。杉やヒノキが高価で売れるはずであったのが売れないために林業離れがおきて間伐などの世話をしなくなってしっかりとした木が育たずに倒木などして山が荒れ、谷が荒れ、洪水や土砂崩れなどが頻繁に起こるようになった。里山ですら荒廃して、熊やイノシシ、鹿をはじめとする野生動物が人里に出没するようになり、田畑も荒らされて、人々が防獣柵に囲まれて暮らさざるを得ないような体たらくとなったのが、昨今の日本の農山村の現状である。目先のハエを払うような農林政策は採られているが、将来も見据えたような抜本的な改善策は採られていないままである。県にも市にも「農林振興」に関わる課は設けられてはいるが、農林振興「策」は国の補助金のばらまきのつけ役場なものしか私は知らない。農水省の役人を含めて「あんた達は給料ドロボーか」、と訴えたい。
農林業はもはや捨てられた産業と言わざるを得ません。
石破前総理にはいささかの期待を寄せたが、高市新総理には農林業や地方の活性化など微塵(ミジン)も期待できない。わが国の政治家には愛想が尽きたが、その嘆きは今回は触れないでおこう。「解散・総選挙」だって……。それだけでも高市総理の本質がわかるだろう。あの支持率の高さは、私も含めた我々日本国民の質の低さの象徴……出口なしの、糞詰まり…………ごきげんよう。

