早春になった3月もアッという間に過ぎ去って、4月に。桜だ、花見だ、農作業の始動だ……と慌ただしく過ごす中で早くも4月も下旬に。

 夏日だ、季節外れの熱中症にご注意! などと、今年は一層の酷暑の夏なのか?……と、なんか良い訪れはないのかい? なにかよいことないか 子猫ちゃん!

 

 余裕のない中で、おもしろくもないから気分転換にと、熊の出現を恐れつつも「熊鈴」をつけて裏山に散策、気分転換に。

 歩きつつ道ばたを見れば「山ブキ」が生えている。こりゃ、美味(ウマ)そうだと収穫。よし、ならば山椒の葉(木の芽)もそろそろ時期のはずだ、と心当たりの場所に足を伸ばせば、あるはあるわ。時折手指を山椒のとげでひっかきながら夢中で摘んで、熊には出会わずに無事帰宅。

 蕗(フキ)、木の芽とくればあとはタケノコだぁ~と、これまた近くの竹藪へ。昨年は不作だったから今年は隔年現象で豊作のはずだと行ってみれば、これまた当たりで短太い美味そうなのが生えている生えている。早速に5本を掘って再び帰宅。

 

 妻がフキと木の芽は既に処理して調理に取りかかっており、早速にタケノコも茹(ユ)でて調理に取りかかってくれる。

 木の芽にしろタケノコにしろ下処理がなかなかに面倒なのだが、面倒くさがらず調理してくれたのが翌朝の朝食に登場。それぞれに「春」にしか味わえない(他の時期にもあるがうまさでは格段に落ちてしまう)季節独特を感じさせるオトナのうまさをふんだんに味わいながら満足、満足。この味やゆとりは都市に住む方々には味わえない「もったいなさ」だ。妻に感謝(*^o^*)。

 花や緑葉、紅葉などの眼福、季節の取れたての味福など、この農山村に住むならではの幸せなのだと、一息ついて大自然に感謝。農作業も大変だけれど、田舎暮らしも「生物」として生命を生きるには代えがたいモノだと痛感した次第。平々凡々な日々に季節の移ろいの体感、これを「至福」というのかも。

 

  ← 庭の片隅に牡丹の三分咲きを発見。今年は少し早いかな? 「牡丹散って うち重なりぬ 二三片」なんて、与謝蕪村の俳句を思い出したりして……。

 

 

    ← 築山の一角に赤い(ピンク?)つつじが満開でした。その左の淡い黄色の葉は山紅葉(ヤマモミジ)です。晩春から初夏へと着実に季節は移(ウツ)ろっていきます。後ろがブロック塀じゃなけりゃあ なお趣があったでしょうが。

 

 

  

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   左端に写っている木の枝は梅の木ですが、その右側の木(名前は不明)に何やら白いモノが。

 何か、と近づいてみれば白い小さな花が密集して咲いていました。この家に生まれて80年弱経ちますが、この木にこんな花が咲いたのは初めて。この木の名前は何だろう? 孟宗竹の花は60年に1回だけ咲いて、咲くとその竹は枯れるとか。この木もそろそろ寿命なのかなあ?

 

   

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   これまた庭の片隅。真ん中の太い幹はキンモクセイでその左の細い5・6本は南天ですが、赤い実をつけているのは万両です。万両の赤い実も南天の赤い実も例年ならば小鳥のエサになってしまうのですが、今年はなぜか南天の実はなくなってしまいましたが、万両の実は残っています。この冬はエサが他に沢山あったのかしらん。そういえば冬の間、鹿や猪の畑への獣害も少なかったし、昨シーズンと違って熊の出没の話題も周辺では皆無に近かったなあ。

  しかし、東北地方では春になって都市部までも熊が出没し始めているとか。油断大敵です。山菜採りも気をつけなくちゃあ。

 

………… 今日はこれでボヤキなしで、ごきげんよう。(*^o^*)………… のはずが…………

 

 …… 世界にはトランプ、わが国には高市早苗。

 戦争を仕掛けて世界を混乱させる手のつけようのない平和破壊者(デストロイヤー)のトランプと、平和主義を掲げる憲法第9条の改悪を図り、殺人の道具である兵器・武器の他国への輸出を国民的な議論も経ずに解禁してしまう非民主主義的総理大臣とそれに歯止めをかけることができない政府・与党。虎の威(衣)を借る狐、長いものには巻かれろ?の政治家達ばかりなのか?

 しかし、野党もなんと頼りないことか。

 

 この非民主化への動き・危機にどう対応すれば良いのか? 歯止めをかけるにはどうすれば良いのか? 愚痴るばかりで具体策が打てない自分が情けない、もどかしい。…………と。至福に浸ってばかりも折れない今日この頃……。