私宅は山中にあり、宅地の横には谷川が流れ、谷川沿いに自生のケヤキや樫の大木が立ち並んでいる。
そのうちの直径1mもあるような数本の大木が老齢化したのか枝が枯れて落下し始めてきた。
台風などで折れた枯れ枝(枝と言っても直径が10~20cmで長さが3~5m近くもあるような)が自宅の屋根に落下してきて被害を受ける可能性が高まってきたので、木の所有者にお願いして刈れて落ちそうな枝を除去してもらうことをお願いした。
相手方は誠意のある方で、数カ所見積もりをとって検討される中で本市に「危険木伐採補助金制度」と言った補助金があることを知り、枝の除去だけでなく根元から伐採してしまおうと言うことになった。森林組合等とも相談・検討の結果、老朽化した木なので現在刈れた・刈れそうな枝のみ除去してもまた他の枝が枯れることが予想され、幹そのものも後年根こそぎ倒れかかってくる恐れもあり、この際、根元から伐採するということになった。
大木をどのようにして被害を出さないように切り倒すのか、不安と興味があったので見守っていたが、「空師」と称される職人さんが数名来てテキパキ息を合わせながらロープとカギのついた靴(幹に突き立て引っかけて登る)を頼りにロッククライミングのように(まるで忍者のように)20m近くの高さまで下の枝から切り落としつつ登っていき、てっぺんまで数メートルのところまで登ったところで、今度は残された幹を上から順番に数mずつ切り落としながら降りてきて、最後の6~7mを根元から切り倒すという作業であった。
「空師」さんの仕事を初めて見聞して、公園や神社・寺院の中や、民家、道路の側にあって老朽化したりして倒れそうな大樹を被害が起きる前に安全に切り倒して撤去する能力を持った「空師」のような技術者の存在の必要さを初めて実感した、と言う次第。
「空師」以外でも時代の変遷とともに ー例えば建築などについてもー いわゆる大工、茅葺き屋根や瓦屋根を葺く屋根屋、土壁を塗る左官などが必要とされる建築物が激減する中で職人さんの数が激減している。例えば、北陸の都の震災で倒壊した民家を早急に建て直そうにも、その技術を持った職人が減ってきているために、復旧が更に遅れる結果となっている。
あと10年もすれば文化財建築や寺社建築の修理を行うような職人さんしかおらず、古い民家の修理など手が回らず、あるいは費用がよほど高額になることが予想される。
自宅も和風建築だが、お世話になっている大工さんが80歳近くの高齢なので、引退後を引き継いでくださる方がいないので、今後の修理をどうしたらよいものか目途(メド)が立たない有様である。時代の変化とはいえ、本当に困ったことだ。
先のケヤキの話に戻るが、ケヤキと言えば最高位に位置する価値の高い木である。先述の径1m以上もあるようなケヤキなら以前なら1本百万円は優に超える高価値であった。しかし和風建築が殆ど建てられない現在において、また人件費が高騰して、木を切るのはまだしも運搬するには大型機械、大型トラックが入る道を増設しなければならず、その費用を考えると大赤字となる。それを考えると現場に切り捨てておくしかないことになる。
ケヤキのみならず杉や檜も同様で、子孫のためにと苗から育てた木々も安価な外材に押され、また和風建築の減少から需要も激減し、いまや商品とならず山に放置しておくしかない有様である。放置された山は荒廃し、自然災害の元凶にすらなっている。酷い世の中、えらい世の中になったものだ。
歴史的に見ると、室町時代の『日吉神社文書』のなかにある「今掘地下掟」(1489)のなかに「…… 一、惣森ニテ青木ハ葉カキスル物ハ、村人ハ村ヲ落スヘシ。村人ニテ無キ物ハ地下ヲハラウヘシ。……」とあり、現代語訳すれば、「……一、入会地(村の共同利用地)では樹木の無断伐採や葉の採集をする者は村人の身分を奪う。村人でない者は村から追放する。……」と言った惣村におけるルール(法)が定められている。当時の村人にとって煮炊きの燃料や暖房のための薪(マキ)などを得るために無断で村山の木々を伐採したり、木の葉の堆肥を作るために無断で木の葉を収集することを禁じたと言うことであろう。これに違反した場合は、村人は村人の資格を失い、いわば村八分の扱いを受けて、村の寄り合いや村での他の村民との交際も禁止されるという厳しい決まりがあったのである。
しかし、現代社会においては村の木を切って建築材にすることはもちろん薪や木炭を作ることは殆ど無く、また化学肥料や有機肥料を購入するので木の葉を堆肥とする人も皆無に近く、入会地の木も落葉も殆ど無価値となり放置されているという無惨な有様となっている。かつては一本数万円した檜も数十万、数百万円したケヤキも殆ど無価値で放置されているという有様である。木の葉の盗み程度で村人の資格を奪われた室町期の惣村とかつては数百万円したような木が放置され無価値な扱いを受けている現在社会とのこの格差に衝撃を受けるとともに、わが国の没落への道を突きつけられた気がするのは思い過ごしであろうか?
ご飯一粒を粗末にすると叱られた幼少期と、食糧自給率が先進国の中でも低くて輸入に依存しながらも大量の食物廃棄が問題視される現代日本と。なんでこんなおかしな国になったのか? 経済的利益(もうけ)優先の渦に国家・国民が巻き込まれた結果と言うことか。物質的豊かさ、便利さと裏腹の心の貧しさ。貧しくとも、ひもじくとも心が豊かで道徳的・倫理的に誇り高い日本人・日本への回帰はもはや不可能なのであろうか。
…… なんてことを色々考えさせられている年頭です。………… ごきげんよう。
とりあえずは、草木堆肥を使って化学肥料は使わない、国産の木を使って原木シイタケ栽培をする。そうして栽培した野菜を自家消費する、残りは販売する。自分所有の田畑は荒れさせないように管理する。……私にできることはそれくらいかな。微々たる事ですが、できることからやっていきましょう。