喜寿を迎えた。生まれてから77年を生きたと言うことだ。
これまでの人生を振り返ってみて………… 振り返ろうと思うのだが、昔のことは断片的にしか思いだせない。「走馬灯のように」などともいうが、77年間と言うがどれほどのこと、何ほどのことをなしてきたのか?と考えると、何と言うほどのことも為してこなかった、…… 夢から目覚めて、夢の中身が思い出せないのと似たりよったりというようなことか。
ハイデガーだったかが人生を誕生前は「無」、死後は「無」で、「人生は無にさしかけられた橋」に例えていたと記憶するが、あるいは、小鳥が教会の窓から入り込み(迷い込み?)また窓から出て行く「教会の中に留まる間」に例えていたと思うが(記憶違いかもしれない)、私のみならず全ての人間のこの世における人生といったものは、とどのつまりそういうものであるように思う。悲観的でも楽観的でもなく、ただただそういうものだと。
そういう考え方は、仏教の「無常観」に通づるものだろう。「無常観に裏打ちされていると思いつくことばを拾いあげてみると…………。
* 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理(コトワリ)をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵(チリ)に同じ」(『平家物語』・序文)
* 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と栖(スミカ)と、又かくのごとし」(『方丈記』冒頭)
* 「人間(ジンカン)五十年、化天(ゲテン)のうちを比ぶれば、夢幻(ユメマボロシ)の如くなり。一度(ヒトタビ)生を享(ウ)け、滅せぬもののあるべきか」(幸若舞・『敦盛』)
* 「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪花のことは夢のまた夢」(秀吉の辞世の句)
上記から…………
『平家物語』では、盛者(権力者・猛者)であろうとなかろうと、人の生は全て「春の夜の夢・風の前の塵」のようなはかないものであるという。『方丈記』では、人の生というものは河のよどみに浮かぶ粟粒のようなもので、できたかと思うと消え去るはかないものだという。
様々な危機を挑戦的に克服し、戦国時代の統一の手前までこぎ着けた権力者であった織田信長が好んだという幸若舞の『敦盛』では、人間界の50年などというものは化天(下天)にくらべれば一夜の夢のようなものだ、この世に生まれ出たものは死んでいくのが定めだ、と謡う。豊臣秀吉の辞世の句も、我が身の生を「露」にたとえ、戦国時代に終止符を打ち最高権力者として権勢を振るった自己の人生を振り返り「夢の中で見る夢」に過ぎなかった、と総括している。
上記の全てに仏教の最重要の真理である「諸行無常」が根底にある。
「起きて半畳 寝て一畳 天下取っても二合半」ともいう。自分の人生を振り返り77年間、長く生きたところでまあ100年。
全ての面でめざましいことは何もなく「平々凡々」の人生を送ってきたが、戦死も病死も自死もせずに家族を持ち、子を育ててきたことに喜び感謝すれば良いよいのではと思える。悲観することもなく楽観することもなく、無へと帰すまでの命を粛々と過ごせばよい、と達観や悟りにはほど遠いが残された生を平穏な気持ちで過ごせそうな心境になってきた。また、心境の変化が訪れるかもしれないが………… なるようになる、成るようにしかならない。………… ごきげんよう。