心愛ちゃんの虐待死について、過日のブログで児童相談所の無責任さを批判しました。後日もう少し多面的に情報を集めると、私の批判は認識不足による軽率な発言であることがわかりました。今後は他者を批判する場合は特に慎重に発言するように努めますので、ご容赦下さい。
確かに、この事件に関わって市教育委員会と児童相談所の対応は被害者である心愛ちゃんの側に立たず、加害者である父親に気を使った(?)・遠慮した(?)もので、無責任と言える逃げ腰の対応であったことに間違いはないと思います。
児童相談所の手抜きは許されることではありませんが、しかし同時に、児童相談所の担当者の過重な負担、ストレスを見過ごしてはならないと言うことに気づきました。児童福祉司が対応した児童の保護者から怒鳴られたり暴力を振るわれたりしながら、対応しきれない多数の被虐待児童をかかえて担当しているところに、責を問うには無理な面もあるということです。
虐待やいじめが表に出るようになったことはよいことだが、それゆえに対象児童が急増して、児童福祉司等の担当者不足が喫緊の問題である。児童福祉司及び児童相談所の充実こそが同時に問われなければならない。行政の対応の遅れの責任である。経済優先の社会福祉一般への軽視の現政府の姿勢が国民の安全・安心を疎外していることこそ問われなければならない。末端の担当者の責のみを問うべきではありませんでした。
私の軽率な発言の反省・謝罪を込めて、でした。 ……… ごきげんよう。