世界平和と夫婦の関係性と…… 最近思うこと・感じること | 太郎椎茸のブログ

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 北朝鮮のミサイル開発・実験と米・韓・日の対抗と、なにやら戦争すら予感させるきな臭さが漂ってきた。世界平和を追求・実現に向けて取り組むには、「自国第一主義」でなく、異なる・文化・政治・経済を尊重しつつ違いを超えて共に生きる世界を築いていく道以外ない。おそらく人類が誕生して以来、人間間の争いがなかった時代はないのではないか。人間にとって個人間の争いも集団間の争いも国家間の戦争も避けられないものであると考える。

 しかし、現在世界各地で争っている闘争をみても、わが国が経験した第2次世界大戦を振り返っても、国家間の戦争は国民個人の戦争に対する意思・考えに関わりなく国民を巻き込んでしまう。「私はこの戦争には内心では同意していません、実は反対なのです」と言ったところで、相手国から観れば敵の一員でしかない。十把一絡げに「敵」なのだ。自国民からは「非国民」と敵視されるだろう。しかも、第一次世界大戦あたりからか、軍隊・兵士のみならず「市民」までもが無差別に攻撃される戦争に変化した。子どもも乳児も女性も無差別にである。その最大のものがわが国に落とされた原爆であった。どのような武器を用いようが、戦争は人を殺し、人から殺される。殺すことも殺されることもどちらもこれ以上の悲惨さはない。生命は「かけがえのない、唯一・一回限りのもの」であり、当然ながらリセットできるものではない。上手く表現できずもどかしいが、とにもかくにも戦争はしてはならない。殺しあいは個人間であると集団間・国家間であろうと決してしてはならない。法の下でならば人殺しは殺人罪であるものが、戦争ならば「罪」にならない不合理を思う。人間が人間である限り人の「業」として利己心を持ち、我欲は避けられないだろう。国家で言えば「自国第一主義」の傾向は避けられない。避けられないからこそ、敢えて人殺しや戦争に至らぬようにコントロールするように知恵を絞り、工夫し、努力を積み重ねていかなければならないのだ。だからこそ、必死の工夫・努力が必要なのだ。まずは、原水爆をはじめとする他国攻撃の武器の放棄し、並行して自衛の武器は持っても他国との戦争は放棄する。最後に、自衛の武器も捨てる。その段取りで軍縮を実現し平和世界を実現することが、日本の政府の他国に率先してなすべき使命である。かかる意味からも現日本国憲法の前文及び第9条はまさしく理念として掲げ守るべき素晴らしい条文である。世界に誇るべき「宝」と言ってよい。

 以上から考えて、今の日本政府の姿勢、外交は平和世界を実現する道筋に逆行するものである。わが国には「銃刀法」があり、その法の下で銃刀による殺人事件は少ない。特に銃による殺人はやくざ間を除いてはほとんどない。それに対して、銃所持を多くの州法で禁止していないアメリカ合衆国では銃乱射事件のみならず誤射による殺人など悲惨な事件が多発している。これは国家間においても同じことが言えよう。

 まずは原水爆禁止であるが、唯一の被爆国であり原爆の悲惨さを体験した国民を抱えながら、アメリカの核の傘に守られているからと言って原水爆に反対する外交姿勢をとらない矛盾した外交姿勢は即刻に改め、北朝鮮のみならず、アメリカ、ソ連、中国をはじめとする全ての核保有国に核廃絶、原水爆放棄を働き続けるべきである。アメリカの核保有を認めながら北朝鮮の核保有は認めないと言った矛盾は成り立たない。外交とはそのようなものと言えばそうなのかもしれないが、うそくさい八方美人外交は捨てて、キッパリと本気でわが国独自であっても正しい理念を実現する努力を続けるべきである。誇り高き国家を目指すべきであろう。

 

 次は、夫婦の関わりについて、独り言を……

 妻は今から16年前に膵臓がんと胃がんを併発し死を覚悟せざるをえなかったが、名医の優れた腕と神仏のご加護と、家族や親しい人々の回復を念じる祈りによって術後の再発や転移防止のための放射線治療や化学療法を受けることもなく命をつないで今日に至っている。とりわけ膵臓がんは5年生存率が当時20%程度ときわめて低く、16年も生かしていただけているのは奇跡としか言いようがない。しかし、さすがに15年目を迎えた頃から術後の後遺症がひどくなり入退院を繰り返すようになった。そのため、再手術をせざるを得なくなり今春再手術に踏み切ったが、1回目の手術の癒着がひどく期待したほどの成果は得られなかった。そのため、2週間ほど前から入院しており、おそらく退院は年末になると思われる。

 入退院の繰り返しの中で、常に再発の恐れや後遺症による入退院の繰り返しで、妻は一喜一憂と不安や思うようにならない苛立ちやストレスの連鎖の中で、よく耐えて、落ち込むこともあるが努めて明るく生きてくれている。本人が不安で苦しいのは当然であるが、側にいる私や家族も妻ほどではないにしても発散しどころのないストレスやヒヤヒヤした思いを解消しきれないでいる。

 しかし、「病気」や「闘病生活」は苦しいが悪いことばかりではない。まずは、医者や看護師のみならず我々に関わってくださる方々に対する感謝の念が強くなった。「生かしてもらっている」・「心にかけて下さっている」・「助けていただいている」ことをひしひしと感じ、ありがとうの思いが強くなった。次に、夫婦・家族の絆が強まった。それぞれの存在をより必要に思い、大切に感じ、思いやりが強くなった。相互に頼りあい、支え合い、感謝し合うと言った関係性の強化である。家族関係の希薄化や熟年離婚、退職後の亭主は「元気で留守がよい」とか「濡れ落ち葉」に譬えられたりするが、私どもにとっては夫婦はお互いに不可欠であり、大切な存在である。この年になって照れるが、「愛」が深化していっていると言えようか。生命は各々唯一のもので、ただ一回限りで繰り返しが効かない「かけがえのない」もの、代替不可能なものである。従って、我々は与えられた命を粗末にしないで可能な限り生きなければならない。家内も今は病と闘いながらの入院中であるが、とても常任並みには回復できないにしても、命を長らえ、細々としたものであっても家事などに従事し、妻なりに生きがいを見出して長生きしてくれると信じている。

 しかしながら、長生きするといっても、私(もうすぐ古稀)にしろ家内にしろ、桜の花を見たり紅葉を愛でることができる回数はせいぜい10回程度であろう。そう思うとゴールは目の前に見えており、ゴールまでを如何に楽しく充実して、「生きてきてよかった」と後悔なく言えるような生き方をしていきたい。人々や社会と仲良く共生しつつ、自己満足できるようなことをして、大声で笑えるような人生を生きて終わりたいと思う。もちろん妻や家族を大切に仲良く暮らしつつ。

 

 …… なんてことを前回のブログで虹を見たと言うことから映画の話に、そして今回の世界平和の話しから夫婦の関係性の話にまで脈絡もなく書いてきました。

 

 それでは、さようなら。ご機嫌よう。ワッハッハ。にこにこニッコリ。