雲ひとつない青空へ  -26ページ目

雲ひとつない青空へ 

しがらみや矛盾のない世界にするためには、きっとしがらみの中で闘う人が必要で。で、あるならば、世界の抱えた最後のしがらみに、私たちはなりたいのです。

こんにちは。
僕はビールがとても好きです、太郎です。

でも、飲みません、好きに従順に生きるのは人くらいにしようと想っています。




「ブレイクダウンのあとにしかブレイクスルーは起こりえない」


これを教えてくれたのは、確かアイスホッケー部の時のヘッドコーチだったのではないかな、と想い返します。

あまりかっこいいことではないですが、僕は年に1,2回、どうしようもなく混乱状態になることがあります、見てくれなどはあまり変わらないと想うのですが。

これは僕にとってはイイ兆候であり、最近はこの状態を楽しめるようになってきました。

いい物事が長続きする人生なんてない、と僕は考えています。

強く大きな人たちは、並々ならぬ辛い鍛錬を積んで今の栄光を手にしていて。

下積みをしない人たちはせいぜい小金もちになるだけで信念から程遠い場所にその身を置きます、それはもはや僕にとっては興味の範疇にも置かれない気がします。

誰も傷つけない馴れ合いよりは、傷つけあった果ての結託の方が美しい。

高校3年生の時に、僕が書いた曲の歌詞の一節で「傷つけることしかできないんだ、僕は」というフレーズがあって、いかにも中二病な感じだなあと自分自身でも思っていたのですが、今はそれ以上にすごく本質的な言葉だなぁと感じています。

人を動かす力をもたない時には、僕が人に影響できたことはせいぜい傷つけることくらいだったんじゃないかな、と想うのです。

それを自らちゃんと認められていた過去の自分は少しだけ賞賛したいし、それを乗り越えて今の自分があるというところでは今の自分も誇りたい。

自分を守っている間は、本気にならず、誰かを思わず、自分の身のことばかりが頭をよぎる間にできることは、せいぜい闇の中で振り回した両手で誰かを傷つけることくらいだろうと、なんだかミスチルの桜井さんも似たような表現を使って別のことを書いていた気がしますが。

何もできない時、僕はまず誰かを傷つけることから始めてもいいと想っているのです。

何もできないから、誰かを傷つけることしかできない自分に気づくことから始めたらいいのではないかと想うのです。

八方美人には誰も救えない。

ただ穏やかなコミュニティからは何も生まれない。







僕は、この11月がリトルクラウドにとって今年最大の山場になると考えています。

わずか30日。

休みも多いから営業日はわずか17日。

戦いというのは常々己の中に起こるものだと、僕はここ3年の短い時間の中で学びましたが、それは何を犠牲にしたとしても己の信念と向き合う中で初めてその戦いの意義に気づくものだともまた学びました。

外じゃない、内なのだと。

全ては自分自身の中にある、それこそ108の煩悩とでもいうべきか、モノたちとの戦いであり、傲慢、強欲、色欲、憤怒、貪食、嫉妬、怠惰、のような七つの大罪と戦う中で、外との勝負とも勝ちゆけるものだと想うのです。

そこに平穏はない。

人間誰も皆弱いけれど、本気になった時に起きうる周りを動かす力は並大抵なものではないし、そういうことができる人間は数えるほどしかいないから、皆そう在るように。






何が言いたいかというと、貪食を断ち、10kg痩せます、僕は。





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こんにちは。
草履アンバサダーの太郎です。

サンダル生活から脱して草履フリークになる自分を想像したことはありませんでした。




「お体にご自愛下さいまし」

社員がバタバタ倒れています。

とはいえ、業務はきちんと回っているのですが、高津→仁村→宮澤とバトンタッチをするように毎日交代で倒れていきます。

そりゃまあ同じオフィスにいるわけなので、そういう具合にもなりますよね。

とても心配な限りなのですが、今回に限って僕の方に回ってこないのは、健康的な生活を送っているから、ということなのか、はたまた、僕が馬鹿だという象徴的事象なのか。

話は変わりますが、今日、お伺いした先で衝撃の一言をいただきまして。

大概、「24歳です(今週からだけど)」と言うととても驚かれるわけです。

3年前は上に見せるために必死にめがねとかかけていたんですけどね。笑

今ではフレッシュさのかけらもないと言われてしまう始末で、年相応に見られたことのない、貫禄がついたということであれば、それはよしとしたいのですが。

今日はまさかの「30歳くらいかと」と言われてしまい、これはもう大人っぽさとかではなく、老けなのではないかと本気の心配をし始める段階です。はい。

そういえば、この前学生の後輩に「神原さんおいくつなんですか?」って聞かれた時に「いくつに見える?笑」と聞いたら、「んー25歳?」と言われ、それに対して「28なんだよねー」と冗談を言ったら、「あーやっぱりー!!!!!だと想いました!!!」と言われた時の。

(゜□゜)ってやつです、本当に。笑





髪の毛とお腹に気を使い始めるお年頃。





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こんにちは。
2014年10月26日で24歳になりました、太郎です。

ブログのタイトルも直さなきゃいけません。



「年をとった実感が今までで一番ない誕生日だった」

誕生日のコメントやメッセージなどで「ブログ書いてください」「ブログ続けてね」と20人くらいの方に言っていただき、最近書いていなかったので「すいません。笑」となりました。

忙しくて書いていなかったというよりは、書いている場合か、今、ということで別のことに使う時間を優先させていた、という感じです。その気になれば別に書く時間くらいはさっとつくれるものですからね。

ブロガーではないので、本業優先で自分のため、社員のため、読んでくださる方のことも想いながら続けていこうと。

たくさんのお祝いをいただいて、何より恵まれていることを強く感じます。

本当にありがとうございます。

しかし、恵まれていることは強く感じるものの、なんかあまり節目感を感じず。

多分、年齢意識が僕の中にあんまりないのでしょうね、今。

結構毎年感傷的に振り返っていたりしたのですが、今年はなんか先のことしか見ていない、未来のことしか見ていない、強く前を見据えている自分しかいなくて。

23が24になったからなんだ、くらいに想っています。笑

やることは、変わらず前に進むこと。今以上に前に進むこと。皆を引っ張っていくこと。

何かが変わることもないですし。

前に進めば進むほど、おいていかなきゃいけない人もいるし、別々の道に分かれることもあるし、誰かと袂を分かつ必要があるときもでてきます。

でも、僕にできること、やるべきことは変わることのない確固たる信念と、柔軟に変えていくべき環境作り、組織作りを続けることだけだと想います。

だから変えられない、変わっちゃいけない、何かを節目に変えなきゃいけないほど毎日をぼーっと過ごしていない。

若者でも、哲学者でもなく、実業家として、経営者として、道を極めていく。

でも、そんな中24年間生きてきて、どう考えても一番素敵で感動するお祝いをしてもらったことや、会社のメンバーの成長を目の当たりにしていることなんかは自慢しながら歩きたいほどのことだったりもするのですけどね。笑





日々、周りの全てが僕の元気の源泉で。

日々、周りの全てが僕の学びの源泉で。

日々、周りの全てが僕の幸せの源泉で。





とどのつまりは月並みな感謝の言葉や、当たり前の感覚以上のものは多分ないような人間ではありますが、引き続き邁進していきたいと想っております。

結果でお返ししないと、期待には応えられないし。

あと11月からブログ書いていこうと想っています、10月は専念月。笑





今後とも神原太郎、リトルクラウド共々よろしくお願い申し上げます。





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こんにちは。
10月20日はちょっと感慨深い日になりました、太郎です。

孫正義さんの講演音源に挟んでプレイリストに入れてる『Napa』が少し胸に響いた。



「はかどる」


昨日は一日中コンテンツと向き合って、とにかくどう「出るもの」をよくしていくかとひたすら向き合っていました。

営業、って僕、語弊を恐れず言えばすごく簡単だと想うんです。

だって、相手にも自分にも絶対によくなるということだけを考えて話をすれば、たまにすれ違いはあれど、絶対にそれが前提にあれば正解に近いことは結構わかります。

でもユーザーがいるもの、視聴者がいるもの、とかある一定の不特定多数を相手にしたものって、僕は結構難しいな、と改めて考えています。

プロから学ぶことが多すぎて、なんだかなんだか、ですが、できないことをできるようにしていくことも、いつだって僕らの人生の中にはよくあることですから、ちょっと最初は本当に死ぬほどやりこんでみようかな、と想っています。

ただ、今日から一泊二日だけれど関西出張にまた来ておりまして。

やらなきゃいけないことがたくさんある、というのは別にいつも通りのことなので、なんとも想っていないけれど、去年のこの時期と比べるとなんだかそのやらなきゃいけない内容が著しいスピードで変わってきたことに改めて感じていたり。

去年の今の時期もなんだか大変だったな、とか。笑

家いらないような感じで働く中で、土曜日に2時間だけ家に戻って荷物詰め替えて。

もうすぐ今の家出ようと想っているのですが(書類が手をつけられていないけど)、もっと仕事に注ぎ込めるように生活環境を徹底していこう、と、あと食生活も。笑

帰りは節約して夜行で帰ったら一旦家に戻ってから打ち合わせ行こうと想います。笑




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こんにちは。
朝5時起きの方が気持ちいいなぁと想います、太郎です。

効率よく仕事する施策を自分のなかで推進させています。




「意味あんのかな、という純粋な」

めっきりFacebookでお祝いコメントを書かなくなりました。

僕、Facebookって好きです、すごいな、って想います、本当に、こうやって一度会った人から普段からお付き合いさせていただいている方までつながっていて近況を確認できたり。

今までじゃ考えられないようなツールだなとも想います、一度会った人がちゃんと僕のことを覚えてくれていたりするのも。

でも、そのせいで薄い付き合いとかも増えたのかなーとも考えていて、僕がとことんその温床になったな、と自分で感じたのは誕生日コメントでした。

去年は1年間続けてみたのです、多少付き合い薄かろうがとりあえず全員に送ってみる、とにかく一人一人にコメントを書きました。

あんまり覚えていない人もいたし、ああ、会いたいなぁと思い出す人もいて。

でもね、じゃあその結果なんだ、と言ったら僕は年に1回思い出してもらえることなんかより、その人のコメント返しの労力を増やしてしまうだけの事の方が大きいような気もしていて。

定型ばったおめでとうに嬉しさはあるのかなぁ、と。

今年は途中からほんっとうに気まぐれでたまに書くような感じになって、やめてしまいました。

なんだかね、こうやってITが発達して浮き彫りになるの、ってアナログな関係性の尊さだったりするのだと想うのです。



手紙書くことって大事だな、とか。

会って話すのって大事だな、とか。



本当に大切な人には、Facebookで誕生日コメント書くんじゃなくて、会って言いますものね。

なんだかそういう関係性がこの先もっともっと増えればいいな、と想います、本当に。

でも、そうじゃない関係性も、なんだか思い出したように連絡して会いたくなるような人が、たくさん増えればいいな、と想います。




一方、逆にアナログじゃない方がいいこともあるんだな、ってことも仕事していて想う訳です。




そんな僕も来週の土曜で24歳です(それで思い立って書いてみた)。笑

孫さんが日本で起業した歳と同じ、歳月が過ぎていくというのは怖いことですね。

若い若いよく言われますが、当人全然若いつもりもなく、焦らず急いでいこうと想います。

Facebookコメントでの定型ばったおめでとうはありがたいですが要らないので、心の片隅で祝っていただければ嬉しいです。





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