思い始めた時
ふとしたキッカケで
興味をもった
手相を学ぶために
いろんな手相家さんに会いに行って
セッションを体験をしてたりしていた
アノ時のボクは
まるで
台所にあるスポンジのように
何かをがむしゃらに
吸い込むように
そのジャンルに関しての
知識をたくさん学んでいたのを
思い出すけど
そのたくさんの人たちと
逢う度に
なんだか相手が
何も手相や専門的な話もしないのに
ボク自身の
キモチがゆるくなり
リラックスして
癒やされたり
時には
なんだか
縛り付けるような
息苦しさを感じるときが
あったことを気付きはじめる
では、
「専門的なことや
話すことが一緒なのに
自分の受け取る感覚
このちがいはなんだろうか?」と思ったりした
例えば目の前の人が
カラダもアタマも
緊張していて
しゃべりたいことも
ゴチャゴチャしていたら
アナタは
「なんとなく」
目の前の人
緊張感が
伝わってくるのかもしれません
緊張はしてなくとも
相手を
「~すべき」
「~だろう」
という
経験からのレッテルという
心のロープで
縛り付けたり
知識という武器で
査定し分析をし始めると
その多くの人はどんな感覚に
なるだろうか?
知識というのは
自分自身の栄養には
良薬かもしれない
もし、目の前に
助けを求めている人がいて
本当にできることが
あるとするなら
自分がどういう状態で
相手と接するのか?
ネコがヒーリング?!^^
ホント意味の寄り添い方は
コトバもいらない
知識もいらな
そういったことかなぁ~と
思いったりして
そういう部分を
大切にしていきたい
カワセタロウでした♫
それではまた~♪( ´▽`)
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