花束みたいな恋をした/いつかこの映画を思い出してきっと… | そーす太郎の映画感想文

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しれっとネタバレしたりするんで気をつけてください。




花束みたいな恋をした

いつかこの映画を思い出してきっと…
監督:土井裕泰さん
脚本:坂本裕二さん
出演:有村架純さん、菅田将暉さん、他


観る映画が全然ない中楽しみにしていた「花束みたいな恋をした」が公開に。1月は「新感染半島」を元旦に観て以来ですから、約1ヶ月ぶりの映画館でした。コロナ禍の田舎の映画館にしてはけっこう人が入ってました。

てなわけで、「花束みたいな恋をした」素晴らしかったです。ものすごく大好きな一本になりました。



この映画を観ながら、同じく坂元裕二脚本である「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」の最終回の録画を何度も観ていた元カノの横顔を思い出したりしたりしました。思い返せば坂元裕二の脚本作品とともに20代を生きてきたなと。最終回の高良健吾の言葉に微妙な表情をする音ちゃんに「そうじゃないよね、ちがうよね、音ちゃん」と言っていた元カノは最近結婚したらしい。

高3で観た「Mother」で衝撃を受け、そこからはどの作品も忘れがたく好き。リアルタイムで色々重なりまくった「いつ恋」が私の坂元裕二ベストですが、それに匹敵するくらい今回の「花束みたいな恋をした」にもグッときてしまいました。

私、恐らくほぼほぼ「花束」の主人公2人と同世代で(彼らが1つか2つ下?)、しかも観ながらものすごく恥ずかしくなったけど摂取してるカルチャーがいろいろ重なりすぎてて、もう私は東京にはいないけど、あの時あの2人と同じ東京にいて、なんというか自分の過去の思い出と切り離して見ることはほぼ不可能な内容で。色んな意味でもう勘弁してくれ〜という瞬間が何度かありました。たくさんの固有名詞が出てきますが、その装飾と積み重ねがかなり良くて、カルチャーへの距離感の変化と2人の心の変化の関係がおもしろかったし、20代前半に同じ趣味を持って付き合った2人の描写としてあれはものすごくリアリティがありました(ウッッ……)。



様々な自分の記憶と一体化するような映画でしたが、個人的にグサリと来たのは引っ越しの日に菅田将暉が言う「目標は現状維持です」という言葉。同じセリフを私も言ったことがあって、3日くらいものすごく彼女が不機嫌になったのを思い出しました。あのセリフが出た時点でなんとも言えない気持ちになると同時に、この関係は長く続かないんだろうなとなんとなく察しました。

20代前半で働き始めたくらいの若者っていちばん不安定だし、ともかく余裕がない。麦と絹で進むスピードも違う。中盤から仕事に追い込まれて大好きだったカルチャーを摂取できなくなり、余裕がなくなっていく様、そこから出てくる2人の距離感の違い、あれはほんとによくあるよなぁと心に沁みました。

坂元さんのファンとしては、やはりセリフが心地いいなと。普段なら気になるモノローグの多さもむしろプラスに働き、辛くはありますが、もう戻ってこないかつてあった幸せだった時間を思い起こさせる語りでした。個人的に坂元脚本の「〜ですか?」「はい。〜です。」と言ったような「です。」を主体としたセリフのリズムがものすごく好きで。まだ付き合ってはない敬語で喋る相手だけど、明らかに「です」のグルーヴが心地いい。この2人、リズムが合うんだろうなと感じさせる予感の描写が今回もたまらなくよかったです。

坂元裕二作品すべてに共通して言えることですが、ポイントは「他者性」だと思っています。あれが同じ、好きなものが同じ、そんなもはや同一人物なのでは?というところから始まった2人がだんだん時間を経てお互いの「他者性」に気づいていく。もちろん元々他者同士なんですが、中盤で突如突きつけられる「そうだった、他者だった」という感じは坂元作品どの作品にも通じるスリリングさだと思います。家族であれ、恋人であれ、友達であれ、突き詰めれば「他者」。他者であることから、つらい思いもするし、追い込まれるし、絶望もする。でも、人間は1人では生きていけない。その「他者」を理解し、関わり合い、寄り添うことで、ある種の幸福は生まれるし、忘れがたい思い出も生まれる。コミュニケーションの難しさ、やっかいさ、ツラさを描きつつも、ギリギリのところで、それでもコミュニケーションというものを信じている人間を信じている、その優しい視線があるんですよね。そんなコミュニケーションへのツンデレ感こそ、私の考える坂元裕二の魅力だと今作を観て改めて思いました。

2015年から2020年という時代をリアルに生活レベルで切り取った1本としても、恋愛映画としても、自分の過去をほじくりかえされる心のアルバム的作品としても、なんだか忘れがたい1本になりました。素晴らしい作品で心にそっとしまっておきたい。いつかこの映画を思い出してきっと泣いてしまうでしょう。