ナイチンゲール
「歴史」という名の圧倒的暴力
監督:ジェニファー・ケントさん
出演:アシュリン・フランシオーシさん、サム・クラフリンさん、他
1番近い映画館でコロナウイルス患者が出て、映画館が急遽お休みに入ったりで、なんだかんだ丸々1ヶ月映画館で映画を観てませんでした…。そろそろ我慢も限界ということで久々に映画館へ。「ナイチンゲール」を観てきました。あの傑作ホラー「ババドック」を撮ったジェニファー・ケント監督最新作。
これがまぁほんとに凄まじい映画で、今年ベスト級の1本になりました。これはすごかった……!
ババドックも見てね!
![]() | ババドック 暗闇の魔物(字幕版) 400円 Amazon |
イギリス植民地時代のオーストラリアが舞台で、盗みとかで囚人になってたアイルランド人女性のクレアさんが主演ですね。
イギリス将校に囲われててオーストラリアに一緒に連れてこられて、奴隷のようになってまして。刑期を終えても釈放されることなく、レイプされたり雑用をさせられたりで、全然解放してくれないと。
そしてクレアの夫エイデンに我慢の限界がきて将校にブチ切れ。しかし将校逆上。仲間たちとともにクレアをレイプし、さらに彼女の目の前でエイデンと赤ちゃんを殺害。
そこからクレアは復讐の旅へ。先住民アボリジニのビリーに道案内を依頼して2人で将校を探しに行く…とまぁざっとこんなお話。
構造自体はオーストラリア版西部劇とでも言いましょうか、まぁ何度も見た映画の構造ではあるんだけど、もうとにかくひとつひとつのシーンの緊張感がすごいのと、なにより身も蓋もない植民地化という「歴史」というものの暴力性・残虐性を逃げずに描きそれを観客に叩きつけてくる姿勢にかなりグッときましたし、打ちのめされました。
噂に聞いていたんですが、この「ナイチンゲール」を映画祭で上映して観客が30人途中退席した、という話。こういうのって実際見てみるとけっこう誇張されてることって多くないですか?しかしですね、今回のこの途中退席続出というのにはほんとに納得しました。序盤のアレだと思うんだけど。
そこがあまりに悲惨でつら過ぎて、しかもそのシーンの描きこみと積み上げがめちゃくちゃうまいというのも相まって、久々に映画見ててつら過ぎて、悲しみと怒りで吐きそうになりました…。
あのシーンの演出はほんとにうまくて、特に「赤ちゃんの泣き声」というものが生み出すサスペンス性、その意味合いがクレア側と将校たち側の両者で違うっていうのがポイントだし、この場にいた全員の演技も相まって、ほんとにシーンとしてものすごく完成度の高いシーンなんだけど、もう二度と見たくない、ってくらい個人的にこの掴みは強烈でしたね…。
植民地化という不条理な暴力、原住民は見つかると撃たれるし、女性はレイプされるし、当時のイギリスの最悪っぷりをこれでもかと描きつつ、しかしこれは全世界で起こったことで、また今も決して昔のことでは済まされないことだよなと普遍性をまとった、まさに地獄を巡る旅の様相。
最初は報酬のためにやっていたビリーも、またビリーをどこか見下していたクレアも、旅を通じだんだんと心を通わせていき、大雑把な人種や性別だけで見ていた他人同士が、最終的にはきちんと名前で呼び合う関係性まで行く。この「名前」の使い方は両者ともにほんとにいい演出でした。「私はナイチンゲールでも娼婦でもない、クレアだ」「俺はボーイじゃない、ビリーだ」と。クレアとビリーがこの旅で果たした心の変化が、この映画における唯一の希望なのかもしれません。
要所要所でクレアが悪夢を見るシーンや精神的に追い込まれていくシーンは、さすが「ババドック」を撮った監督なだけあって非常に有効的にホラー演出が使われてたのも良かったですし。オーストラリアの広大な自然や風景が、とても詩的に描かれ、ビリーが何度も言う「精霊」の存在や、儀式など、彼らの持つ文化、これをクレアが共有していくというか受け入れていくというのもいい。あとラストショットの太陽と海、2人の姿はほんとに良かったな。
あらゆる地域で先住民が受けてきた身も蓋もない暴力と女性が受けてきた残虐な事態、これを逃げずにまざまざと見てる観客に突き付ける、「歴史」というものの圧倒的な暴力性をこれでもかと描いた本作、ほんとにいろんな感情になったし、圧倒されました。この映画すごいですよ!今年ベスト級の一本になりました。