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原人論1 後半

老莊周孔何の用ありてか教を立て軌則と為すか。
又皆な元氣從り生成すと言はば、則ち「クツ」たちまち之を生ずるの神未だ曾て習慮せず。
豈に嬰孩の便ち能く愛惡驕恣するを得んや。
若したちまち自然に便ち能く隨念し愛惡等すること有れば則ち五徳六藝悉く能く隨念に解すと言はば、
何をか待ちて因縁に學習して成ぜん。又た若し生には是れ氣を禀けてたちまち有りて、
死には是れ氣散じてたちまち;無ければ、則ち誰をか鬼神と為さんや。
且つ世に前生を鑒達し往事を追憶する有りて則ち生前より相續し、

氣を禀くるに非ずしてたちまち有るを知る。又た驗鬼神の靈知斷へず。
則ち知んぬ。死後に氣散ずること非ずしてたちまち無し。故に祭祀祷を求む。典藉に文有り。
況んや死して蘇る者の幽途の事を説くをや。或は死後妻子を感動し怨恩に讎報す、

今古皆な有らんや。外難じて曰はく、若し人死して鬼と為れば、
則ち古來の鬼巷路を填塞し合して見る者有るらん。如何が爾らず。答へて曰はく、
人死して六道たり。必ずは皆な鬼と為らず。鬼死して復た人と為る等。
豈に古來より鬼積もりて常存せんや。且つ天地の氣の本は無知なり。
人無知の氣を禀けて、安んぞたちまち起きて有知なるを得んや。草木も亦た皆な氣を禀く。
何ぞ知らざらんや。

又た貧富・貴賎・賢愚・善惡・吉凶・禍福皆な天命に由ると言はば、
則ち天の命を賦すに、奚ぞ貧多富少賎多貴少乃至、禍多福少有らん。苟しくも多少の分天に在るに、
天何ぞ不平ならんや。況んや行無くして貴、行を守りて賎、
:徳無くして富、徳有りて貧、逆(族)ににして吉、義(者)にして凶、仁にして夭、暴にして壽有り、
乃至有道者喪ひ、無道者興るをや。既に皆な天に由る。
天の不道を興して道を喪ふ、何ぞ有福善益謙に賞、禍淫害盈に罰有らんや。
又た既に禍亂反逆皆な天命に由れば、則ち聖人教を設け、
人を責めて天を責めず、物を罪して命を罪とせざるは是れ不當なり。
然れば則ち詩は亂政を刺し書は王道を讃じ、禮は安上を稱し、樂は移風を號す、
豈に是れ天の意い奉上し、造化の心に順はん。是れ專ら此教を知る者は、
未だ原人たる能はず。


PI, 3~5

3我々は言いたい(mightが不明確)、アウグスティヌスは意思疎通のシステムの描写をまさにしている(doseの訳はこれでいいか);ほとん ど、我々が言語と呼ぶ全てが、この〔意思疎通〕システムだとせんばかりにそして人は、疑問(theは前のものをさすのか)が起こる多くの場合において、次のことを言うべきである。「これ(?)は適切な描写か否か?」。その答えはこうである:「そうである、それは適切だ、しかしこの狭く制 限された領域(=意思疎通のシステム?)にとってであり、あなたが描写することを主張していたことの全体にとってではない。」


3-1それはあたかも誰かがこう言おうと思ったかのようである:「ゲームというものは、いくつかの規則に従って、面上で物体を動かすことにある...」(aboutがよく分からない)―そして我々はこう答えた:あなたはボードゲームについて考えているようだが、あるのは他のものだ。あなたは、それ(自分の定義)をそれら他のゲームにはっきり制限することで、自分の定義を正しくすることができる。

4そこにおいて文字が音、さらには強調と句読法の印も表すものであった、台本というものを想像してほしい(台本というものは音のパターンを描写するための言語として考えうる)。そこで、文字の音への一致が単純にあるかのように(simpleはsimplyの間違いか)、またそれら文字がその上異なる機能を完全には持っていないかのよ

うに、その台本を解釈している誰かを想像してほしい。アウグスティヌスの言語概念はこのような台本についての単純すぎる概念と同様である。

5もし我々が(1)における例を見るなら、我々はおそらく、どれだけ、ある語の意味についてのこの一般的考えが、明確な視野を不可能にする曖昧さ(もや)によって、言語の運用を取り巻いているかという暗示を手に入れるだろう。そこにおいて人が目的と語が機能することについての明確な見解を見渡せる原始的な類の専心、言語現象を研究をすることが、その霧(曖昧さ)を分散させる。
 子供は、話すことを学んでいる時、このような言語の原始的形式を使う。ここで言語を教えることは、説明ではなく、訓練である。
 


今頃気付いたが、1とはアウグスティヌスの言葉なんだね。2のLet us以下もその前に「次のものは我々の考えよりも」とあるので同様のようだ。

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