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原人論 迷執を斥く第一前半

原人論 終南山草堂寺沙門宗密述 18:08

迷執を斥く第一 儒道を習ふ者(再掲、内容区分)
(儒道)儒道二教説く、人畜等の類、皆な是れ虚無大道の生成養育なりと。
(仏)謂へらく道法とは、自然は元氣を生じ、元氣は天地を生じ、天地は萬物を生ず。故に愚智貴賎貧

富苦樂、皆な天を禀け、時命に由る。故に死後天地に却歸し、其の虚無に復る。

(儒道)然れども外教の宗旨、但だ依身立行に在りて、究竟身の元由に在らず。萬物を説く所、象外を

論ぜず。
大道を指して本と爲すと雖も而れども明順逆起滅染淨の因縁を備へず。故に習ふ者は是れ權な

るを知らずして、之に執して了と爲す。
(宗密)今略擧して之を詰す。

(儒道)言ふ所の萬物皆な虚無大道に從ひて生くる者なり。大道は即ち是れ生死賢愚の本、

吉凶禍福の基なり。
(儒道批判)基本は既に其れ常存なれば、則ち禍亂凶愚除くべからざるなり。福慶賢善益すべからざる

なり。〔そうであるなら〕何ぞ老莊の教を用ひんや。
(儒道)又た道は虎狼を育み桀紂を胎し、顏冉を夭し夷齊を禍ひす。
(儒道批判)〔そうなら道を〕何ぞ尊と名くるや。
(儒道)又た言ふ、萬物皆な是れ自然の生化にして因縁に非ざる者なり、則ち一切は因縁處無く、悉く

應に生化すべしと。
(仏)謂へらく石は應に草を生じ、草或ひは人を生じ、人は畜等を生ずべし。
(儒道)又た應に生に前後無く、起に早晩無し。


神仙は丹藥を藉(ふ)まず、太平は賢良を藉まず、仁義は教習を藉まず。


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序 後半

外相 ひ資けて共に群庶を利し、萬行を策勤して因果始終を明かし

萬法を推究して生起本末を彰らかにす。皆聖意あると雖も而も實有り權有り。

二教は唯だ權なり、佛は權實を兼ぬ。

萬行を策し懲惡勸善して同じく治に歸すは則ち三教皆な遵行すべし。

萬法を推し窮理盡性して本源に至るは則ち佛教の方爲決了。

然るに今に當りて學士各々一宗に執す。師佛に就く者も仍(な)ほ實義に迷ふ。

故に天地人 の物において之を原ねて源に至る。余今還りて内外の教理に依りて萬法を推窮せむ。

淺より初めて深に至り、權教を習ふ者において滯を斥し通じ令めて其の本を極む。後に了教に依りて展轉生起の義を顯示す。

偏を會して圓にして末に至ら令む。末は即ち天地人 の物なり。文に四篇有り。名は原人なり。