5/17(金) 北斎漫画と冨嶽三十六景 @MOA美術館 | そんな感じ。 since March 28, 2005

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2019年05月17日(金) 晴

 

今日、MOA美術館にやってきたお目当ては、特別展「北斎漫画と冨嶽三十六景」。

1月~3月に森アーツセンターギャラリーで開催されていた北斎展が盛況でとても込んでいるようだったので、ならばMOA美術館の北斎展に行けばいいな、と思っていたのでした。

 

 

『葛飾北斎(1760-1849)は、90歳で没するまでの約70 年間にわたり、狂歌絵本、読本、絵手本、錦絵、肉筆画など様々な分野で活躍しました。その画業は、在世当時からヨーロッパに伝わり、特に「北斎漫画」は、ヨーロッパでジャポニスムがおこるきっかけとなったともいわれています。
天保2年(1831)頃より西村永寿堂から刊行された「冨嶽三十六景」は、当時の富士信仰の盛行を背景に、斬新な構図や西洋から輸入された化学顔料ベロ藍による鮮やかな発色で人気を博しました。「冨嶽三十六景」の作品の中には、「北斎漫画」の人物ポーズや構図等を生かして描かれたと思われる箇所がいくつかみられます。
本展では、その関連性を考察しつつ「冨嶽三十六景」全46図を一挙公開します。』 (MOA美術館ウェップサイト 特別展の概要より)

 

展示室じ入っていきなり歌川広重の「東都洲崎朝景図 東都高輪夜景図」の掛け軸が展示されていて「なんで広重?」とちょっと戸惑ったけど、後の展示は北斎作品でしたよ。

 

展示されていた「北斎漫画」は個人像、「冨嶽三十六景」はMOA美術館所蔵でした。

 

鵜飼図 葛飾北斎 江戸時代19世紀初期 MOA美術館

 

川の流れの曲線と鵜匠の動きを表す体の曲線がリンクしていて構図の妙を感じます。

鵜匠が北斎特有の飄々とした表情しているから気づかなかったけど、解説文には『鵜飼の緊張した一瞬をとらえたもの』と書かれていたわ。

緊張してるんだ・・・。

円熟の動作だな。

よく見ると水中で鵜が二匹の魚を追っているのが見えます。

 

北斎漫画 十編 葛飾北斎 文政2年(1819) 

 

右のページは、4人の人を背負った「力持」、「猿引」「夢の浮橋」「手妻師」。

「夢の浮橋」って、なんか笑っちゃう。

そういえば小さいころ「飛行機」を親にやってもらってました。

上側の子供は「夢の浮橋」とは違って、下向きでしたけどね。

「手妻師」は古来より日本に伝わる日本独自の手品・奇術師のこと。

 

左のページの鼻の穴から唇に割り箸を刺しこんだり、鼻息で蝋燭を消そうとしたら、アホなことするのは普遍的な日本人の行為なんだなぁ~と感じ入りました(笑)。

 

源平合戦で窮地に立った義経が平氏の船を華麗に飛び移り難を逃れた技を「八艘飛(はっそうとび)」というらしいけど、この絵ではゴザかなにかを飛び越えているのかしらね。

 

なんともユーモラスで楽しい絵がたくさんあって、江戸の人は人生を楽しんでいたのねと思えるのだけど、西洋に渡った北斎漫画を見た西洋人たちは、「日本人ってアホが多いね~。」と思っていたのかしらん。

 

軍鶏図 葛飾北斎 江戸時代 19世紀初期

 

若冲の鶏に比べて地味だけど、上手いよね~。

軍鶏の羽毛の描写は狩野派風、竹の描写は四条派の筆法が用いられているそうです。

 

北斎漫画 三編 葛飾北斎 文化12年(1815) 個人蔵

米作りの風景や相撲の取組、三ツわりの法などを収録している。

 

『ここにて三寸のたかさに描かんときは、ここにて一寸也。

三ツわりの法、二ツを天とすべし、一ツを地となす。

 

かくのごとし割の筋に合わせて描くべし。』

 

解説のお蔭で読解できて助かったわ(笑)。

 

 

北斎は西洋画法を取り入れ、工夫を凝らしました。

「北斎漫画」三編では透視遠近法を、上下左右を三分割する「三ツワリの法」として紹介している。

この描き方は「富嶽三十六景」にも見られ、江戸日本橋の河岸に並ぶ左右の蔵が奥の橋に向かって遠小近大に描かれ、遠近感を表しています。

 

冨嶽三十六景 江戸日本橋 葛飾北斎 江戸時代 天保2年(1831)頃

 

なるほど、三つわり法をまんま用いていますね!

日本橋を渡る人々の頭だけを画面前方に持ってきている北斎のセンスが素晴らしい☆

 

(つづく)