10年前はほぼガラケー | しあわせおっぱい→ねむのまちゃんねる

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しあわせおっぱいの鈴木みおです。

 

Fukushima50を家族で観ていた時に、次男坊(15歳)が一言。

「みんなパッカンなんだね~」

そうなんですよね!

あの時代、みんなガラケーでした。

あの時代って言っても、10年前なんですけれどもね( ´艸`)

私が今持っているのは、ガラケーに見えますが「ガラホ」と言います。

パッカンなのは、変わりませんが、中身がちょっと違います。

と言いつつ、こちらでインターネットを使うことはないので、基本はガラケーと変わりません( ´艸`)

 

たった10年の間に、スマホがぶわーーーっと広がって、今はこういうのを持っている人が「珍しい」時代になりました。

10年前の震災の時に、スマホ時代だったらどうなっていたのかしら?

変わらないのかな?

写真とか画像を送りやすくなっているから、家族にも写真や動画を送って、連絡を取り合っていたのかな?

10年前のあの日は、電話が通じなくて、災害伝言ダイヤルにメッセージを入れて、待っていました。

そのあとも、ポチポチとしながら、少しだけメールを送ったけど、この小さい電話に頼る割合はそんなに多くなかったかも。

だからこそ、なんかアナログなものを大切にしながら、目の前の小さな命を守ることに必死になって、日々を過ごしていたような気がします。

10年前のことを覚えていない次男坊(15歳)にとっては、大人がみんなスマホを触っていないという風景が、とても新鮮に感じたみたいです。

そんなことも学べたFukushima50でした。