気になる寺院火災3つのリンクに、さらにもうひとつ加わってしまった…。

 

↓12.12投稿

ここで、とりあげた琵琶湖周辺一帯。

① 4.18 常永寺(神戸市) 火災

      …真宗大谷派・阿弥陀如来一佛を本尊・親鸞を宗祖

 

② 7.08 欣浄寺 (伊勢市) 火災

      …浄土宗・法然

↓7.9投稿

厭離山欣浄寺

徳川家康公の旗印と同じやねぇ真顔
 
「厭離穢土欣求浄土」(おんりえどごんぐじょうど)
「穢れた国土を離れ、極楽浄土を求める」

 

③ 10.28 塗部神社(あま市)火災 雑草やかれ草などで不審火

 …漆を扱う部族の神社

 

祭神:

  • 三見宿禰…火明命から5代目。漆部(漆器具の製作を行った人々)の祖神。
  • 木花咲耶姫命
  • 八大明神…稲荷神社・賀茂神社・春日神社・住吉神社・祇園神社・貴船神社・平野神社・松尾神社の祭神の総称

 

 

この3か所を通る円が気になって書いた投稿だったのだけれど、

その円周程近くの神社にて、再び火災が起きてしまう滝汗

 

④ 12.14 午前8時50分ごろ、劔神社にて、社務所火災。

 

この劔神社もまた、由緒ある神社だ。

 

御祭神

素盞嗚大神(すさのおのおおかみ)

氣比大神 (けひのおおかみ)

忍熊王    (おしくまのみこ)

鎮座地である越前町織田は、織田信長公の祖先の故郷です。越前町織田荘の荘官として、また越前国二の宮劔神社の神官として神社に仕えてきた由緒ある家柄でした。
応永年間(1394〜1427)、神官の子に常昌という立派な人物がいましたが、時の越前の守護斯波氏にその才能を見出され、家臣として取り立てられて、尾張の国に派遣されました。苗字は故郷の地名をとって織田を名乗るようになりました。
織田氏は尾張で次第に勢力を伸ばし、守護代を勤めるまでになりました。信長公の時には尾張一円を掌握し、更に日本全国に雄飛するまでになりました。
信長公は戦国の乱世にあっても、劔神社を氏神として深く尊崇し、武運を祈ると共に、多くの神領を寄進し社殿を造立するなど、劔神社の保護と治安に尽くしています。
天正十年(1582)、信長公は本能寺の変であえない最期を遂げ、天下統一の夢は消えましたが、織田の人々は信長公の功績と威徳を偲び、御霊を境内の小松建勲神社に合祀しました。
ちなみに織田氏の家紋は「織田木瓜紋(五つ木瓜紋)」ですが、当社の神紋も同じ紋章であり、昔から深いつながりがあることを示しています。

 

4か所で囲まれた場のエネルギーがなんだかねぇ…ゾワッと落ち着かないんです滝汗

 

何かが蠢くエネルギーは、だけとは限らない

にもご用心

大地のエネルギーカミの働き