今日は
トルコ共和国建国の父であり初代大統領である
ムスタファ・ケマル・アタテュルクの命日。
1938年11月10日 午前9時5分
イスタンブールの
ドルマバフチェ宮殿内にて逝去。
アタテュルクが息を引き取った
9時5分(日本時間は15時5分)になると
トルコ全土でサイレンが響き渡り
国民たちは動きを止め、黙祷を捧げます。
トルコ生活を何年も経ると
外国人の私でさえ、これだけの情報を
空で言えるようになるのです。
毎年この日は特に
アタテュルクという人物の偉大さを
痛感します。
イスタンブールでも
活気溢れる朝の空気が一変し
サイレン・船の警笛・車のクラクションの音が
街中に響き渡ります。
歩いていた人は歩みを止め
運転していた人は車を止め
(さらには車外にまで出る)
深い敬意を込めて黙祷を捧げるのです。
トルコでは至るところに
彼の肖像画・銅像があります。
彼に敬意を表する言葉というものを
目/耳にする機会も非常に多く
アタテュルクという存在が
自然と生活の中に入り込んで来ます。
外出してアタテュルクを目にしない日はない!
彼の偉大さを存分に感じたトルコ生活を経て
本帰国直前に今更ながら
初めて訪れた、ドルマバフチェ宮殿。
「アタテュルクの部屋」で
トルコ国旗に包まれたベッドと
9時5分を指す時計を目にした瞬間
熱いものが込み上げて来ました。
さらに
後から入室してきたトルコ人女性の一言で
私の涙腺は崩壊。
「嗚呼、ATA’m(私のアタテュルク)・・・
今日の私たちがあるのは、あなたのおかげです。」
80年前、彼が人生の幕を閉じた
まさにその場所で捧げられた
いちトルコ国民の言葉が
その場に居合わせたいち外国人の心にも
深く沁み込んだのです。
アタ様!
トルコに魅了され、追い求め続けた私の日々も
あなたがいたからこそ。
・・・なのかも知れませんね。
東京までサイレンの音は聞こえて来ないけど
今年も時間になったら、黙祷を捧げようと思います。
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