「アメリカ・ファースト」は何をもたらすか | シバ犬日記

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先日アメリカで行われた共和党全国大会で、ドナルド・トランプが大統領候補として正式に指名を受けた。
今さら言うまでもないが、メディアは当初トランプを視聴率要員のコメディアンとして扱っていたし、ほとんどの人間が泡沫候補として認識していた。しかし予備選が進み、他の主要候補が次々と脱落していくにつれコメンテーターや知識人のトーンが変わっていったのを覚えている。
ここ最近、度が過ぎる過激発言による失態で、ややヒラリーに追い風が吹いているように感じるが、まだまだ11月まで何が起こるかわからない。

我々がどれだけトランプに嫌悪感を抱こうと、最終的にはアメリカの民主主義の結果を受け入れるしか無い。日本としては、彼が本当に大統領になったケースを想定し、トランプが率いるアメリカとの付き合い方を考えていかなければならない。




トランプによって加速する「孤立主義」

共和党大会でトランプが声高に発言した象徴的なキーワードが、「アメリカ・ファースト」アメリカ第一主義である。
経済を立て直し、低下した国力を取り戻すために、これまで世界の警察として行ってきた国際問題への関与を縮小させるといった外交方針である。まさに世界大戦前のアメリカの伝統外交であった「孤立主義」を匂わせる。
ただ、この方針は何もトランプが言い出した事ではない。アフガニスタン、イラクで傷を負ったアメリカの世論がそれを望み、そしてオバマを選んだ。オバマは世論の望み通りイラクから兵を撤退させ、シリアなどの紛争介入にも極めて消極的だった。そのオバマの後継者であるヒラリーも、この大きな流れを変える事はおそらく、ないだろう。

しかし、トランプはこの流れを急激に加速させる危険性をもっている。彼自身の意思による政策はもちろんだが、トランプが必要以上に煽っている国民感情がコントロール不能になる恐れがあるからだ。
国内の経済格差による低所得者の不満を、同盟国へと差し向けてガス抜きをするなんていう事を続ければ、結果的に地域におけるアメリカの抑止力を低下させてしまう。アメリカ国民による「東シナ海不介入」の大規模デモなんていうようなゾっとする光景が目に浮かんでくる。

特に深刻な影響を受けるのはNATO諸国、特にバルトの国々やポーランドなど、ロシアの周辺国だろう。プーチンは現実に、オバマ時代の不介入政策によって生じた「力の空白」を見逃さず、ウクライナへの軍事介入をやってのけた。現状よりも、アメリカがもう一歩後退するようなそぶりを見せれば、ロシアはさらに勢力圏を拡大させようとするだろう。

アメリカの孤立主義によって喜ぶ国は中国とロシアくらいではなかろうか。

































戦間期をいま一度振り返る

歴史を振り返ると、1918年に終結した第一次世界大戦後の時代、超大国となったアメリカは孤立主義のドアを開けたり閉めたりしているような状態だったが、1929年に世界恐慌が巻き起こると、そのドアを固く閉ざしてしまった。
ご存知の通り、10年後には第二次世界大戦が勃発する。

この大戦を防げなかった理由のひとつとして、「ミュンヘン会談」におけるイギリス外交の弱腰がよくやり玉にあげられる。イギリスが領土を要求するドイツに対し「力」でもって牽制するのではなく譲歩をしてしまった事で、ヒトラーの野望に歯止めがきかなくなってしまったからだ。

しかしこの時代、ドイツを封じ込める「力」を持っていたのはイギリスではなくアメリカだったはずだ。
イギリスにはかつての大英帝国の面影は無く、もはやドイツ軍と渡り合える力を有していなかったのだ。ドイツの侵攻を恐れ、ミュンヘン会談の裏でスピットファイア戦闘機を死にもの狂いで製造していたというのが現状だ。
だからこそ、首相チェンバレンはドイツとソ連をぶつけ、互いに消耗させるというトリッキーな外交戦でもって対抗するしかなかったのである。この構想はすぐにうち砕かれる事になるのだが…。

そして当時のアメリカという国には、自分たちは世界最大の「力」の持ち主であり、国際秩序を安定させうる資格を有している、という自覚がまだ芽生えていなかったのではないだろうか。
「アメリカ・ファースト」をかかげ、危なっかしいヨーロッパとはなるべく距離をとることで、自分たちの平和と安定を維持しようと考えたのである。
しかしその結果生じた「力の空白」によって、ヨーロッパではファシズムの勢力が拡大し、中国大陸においても日本軍の膨張が加速していった。結果的に、アメリカはヨーロッパとアジア太平洋の戦線でそのツケを払わされる事になり、40万人もの戦死者を出し多大なコストをし払う事になるのである。

アメリカには、この過去の歴史をいま一度振り返ってほしい。




同盟国日本のこれから

もしトランプが大統領になった場合、不介入政策のさらなる拡大や、同盟国への不満を必要以上に煽るような行為は、地域に生じる不安定要素を増大させるリスクがあるという事を認識させる必要があるだろう。

しかし、ここで日本が目をそらしてはいけないのは、アメリカが相対的に国力を低下させている現実と、アメリカ国民が国際問題への介入に嫌気がさしているという、そのリアルな感情である。
繰り返しになるが、ヒラリーが大統領になろうがアメリカが向かう大きな意味での方向性は変わらないだろうし、同盟国へなんらかの負担を求めてくる可能性もある。

日本は日米同盟によって国防の半分をアメリカにアウトソーシングしているのが現状で、今後も長期的に続くであろう東シナ海での脅威に対応するには、日米の連携なしには難しいだろう。
そんな中で、同盟相手国の感情を無視し、自国のリスク増大の不満だけをぶちまけるようなスタンスを続けるのは、もはや限界にきているのではないだろうか。アメリカの国民感情を逆なでする事は、それこそ同盟関係を危機にさらす恐れがある。

これからの日本の安全保障を考える上で、アメリカとの同盟関係をどのような形で維持していくべきか、もしくはアメリカに頼らない方法を模索するべきなのか、何らかの変化を迫られる場面が出てくるはずだ。
いずれ、昨年の安保法制成立を上回る騒乱がやって来るだろう。
その時にそなえ、国際情勢と日本の安全保障体制の現実に正面から向き合い、ごまかしの建前論ではなく、現実を直視した議論を深めていくことが必要だ。






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