「核なき世界」への理想と現実 | シバ犬日記

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今年の夏はオリンピック一色だったが、この時期は改めて戦争や核兵器というものに対して向き合う機会になる。

さる5月27日、オバマ大統領が広島を訪問してスピーチを行ったのは記憶に新しい。
日米双方の歴史認識問題や、国際社会の現実とのギャップなど意見は様々だと思う。が、個人的にはアメリカの現職大統領が広島の地を訪れ、「核なき世界」への思いを語ったことに対して率直に感動を覚えた。
この訪問が日米間だけではなく、人類にとっても意味のある一歩になる事を願う次第である。

そんなオバマ訪問の興奮覚めやらぬ中、2つの象徴的なニュースがメデイアに取り上げられていた。
1つは目は、現在オバマが検討している「核兵器の先制不使用」政策に対して、安倍総理(当人は否定しているが)が反対の意向を伝えたというニュース。もう1つは、国連の核軍縮部会が進めている「核兵器禁止条約」交渉開始の決議に対して、日本が棄権を表明したというニュースだ。(※韓国やNATOも日本と同様の立場を取っている。)

一部のメディアからは、唯一の被爆国である日本の立場としてダブルスタンダードである、と批判的に報道されていた。

しかしこの問題を考えるにあたって、改めて核をめぐる世界の現状を認識しておく必要があると思う。







東アジアを取り巻く核の現状

日本周辺における核保有国は、ロシア、中国、北朝鮮、そして各地に展開する同盟国アメリカである。
続けて、核戦略を担う主な兵器は「大陸間弾道ミサイル(以下 ICBM)」「戦略爆撃機」「戦略ミサイル原子力潜水艦(以下 戦略原潜)」の3つがある。
これらは「核戦力の三本柱(トライアド)」と呼ばれており、中でも戦略原潜は潜航する海域によっては探知が不可能になるため、最強の核戦力と言われている。
米・ロ・中の三大国はトライアドを全て保有しているが、彼らの核戦力が全て拮抗しているわけではない。


●アメリカ × ロシア
アメリカとロシアにおける核戦力の関係は「相互確証破壊」と呼ばれる状態にある。
冷戦期にアメリカ×ソ連が核戦力を均衡させる事によって成立したもので、どちらかが先制核攻撃を加えれば、確実に相手からも同等以上の報復核攻撃を受け、結果的には双方の国が壊滅してしまうというロジックである。これによって双方ともに核の先制攻撃が不可能になり、これまで米ソが戦争になる事はなかった。


●アメリカ × 中国
中国に関して、保有しているICBMはアメリカ本土まで届くものは数が乏しく、その性能にも疑問が残る。肝心の戦略原潜は、搭載する弾道ミサイル(以下SLBM)の射程を考えれば中国近海から太平洋に出なければアメリカを攻撃できない。現状は水深の浅い南西諸島ラインに封じ込められているため、日米の対潜水艦能力を考えれば容易に探知されてしまうだろう。
逆に、アメリカは全ての核戦力で中国を攻撃できる体制にあるので、双方の核戦力バランスはアメリカが優位に立っている。

そんな中、現在中国が進めている南沙諸島の実行支配だが、これは戦略原潜の拠点化が目的の1つだと言われている。水深の深い南シナ海の制海権を獲得し、日米の探知をかいくぐってバシー海峡を通り抜ける。太平洋に出てしまえば探知は不可能になってしまうので、SLBMでアメリカ本土を核攻撃する事が可能になるのである。
中国はアメリカとの核戦力差を少しづつ埋めていき、将来的にはアメリカ×ロシアと同様「相互確証破壊」の関係を目指しているのではないだろうか。






●アメリカ × 北朝鮮
いうまでもなく、アメリカは北朝鮮を核戦力で圧倒している。が、北朝鮮は着々と核実験や弾道ミサイル実験をくり返しながら、確実にその精度を高めてきている。数日前にはSLBMの発射実験がメディアを賑わせていた。今後彼らが戦略原潜とSLBMを完成させ、太平洋に原潜を進出させる事が可能になった場合、アメリカにとっても見過ごせない脅威になるだろう。


●核を持たない国々
核兵器を持たない日本や韓国は、いわゆるアメリカの「核の傘」に入ることで抑止力を得てきた。
さらにその抑止力を補完する形で、弾道ミサイル防衛(以下 BMD)システムをアメリカと共同運用している。複数のレーダー網を構築し、イージス艦による「SM-3」やパトリオット「PAC-3」、さらにTHAADと呼ばれるミサイルシステムによって弾道ミサイルを迎撃するシステムだ。
しかし、現状の技術ではイージス艦一隻の全能力を集中し、1発の弾道ミサイルを補足・迎撃できるというレベルだ。
例えば、10発の弾道ミサイルに1発だけ核弾頭を混ぜるという戦術で攻撃された場合、核攻撃を防ぐ事は極めて困難になる。
現状、BMDは有効な「抑止力」にはなりえないので、やはり日本や韓国は「核の傘」に依存せざるを得ない。

ここで、先ほどのアメリカとロシアの関係に戻すと、この2国間では「相互確証破壊」が成立している。そうなると、仮にロシアが日本を核攻撃した場合、アメリカがロシアに対して本当に核による報復攻撃をするのか?という”疑念"が生じてくる。日本のために報復攻撃をすれば次にアメリカが報復攻撃を受け、最終的に米・ロの双方が壊滅してしまうからだ。
つまりアメリカと「相互確証破壊」が成立した国に対しては、このような”疑念"により「核の傘」は抑止力を低下させてしまう。
中国や北朝鮮は日に日に核戦力を向上させているが、彼らがアメリカとの核戦力の差を埋めていくほど、日本を守る「核の傘」は弱体化していくのである。

国家間の核戦略においては、何よりも心理戦が大きな意味をもっており、相手に与える恐怖のレベルが抑止力を左右する。
この現実の中、日本はこれまで、国際社会における”急速"な核廃絶の動きに対して常にブレーキをかけてきた。
「核の傘」への影響を恐れるがあまりに…。




理想と現実の両輪で

冒頭に述べた1つ目のニュース「核兵器の先制不使用」について。この方針をアメリカが打ち出す事により、アメリカが北朝鮮に与えている核の恐怖が弱まり、彼らの行動がエスカレートする可能性がある。2つ目の「核兵器禁止条約」。これは急速な核の制限によって、国家間の核戦力のバランスが崩れてしまうリスクがある。
核をめぐる国家間の現実を考えると、急速な核廃絶の動きは、逆に核による危機を誘発してしまう恐れがあるのだ。

核なき世界への歩みは、理想と現実の両輪でゆっくりと前進していくべきだと思う。
国家間の核戦力のバランスが崩れない様に保ちながら、段階的に、着実にその数を減らしていく。その中で、核使用を制限するための新たな制度づくりを緩やかに構築していくべきではないか。それらを進めるには、国際社会全体の安定が必要不可欠になってくるため、相当な年月がかかると思うが…。
それでも、いつの日にか各国の核弾頭保有数を数10発程度にまでは減らせると信じている。


だがその先、核兵器を“ゼロ”にするという最後の答えは未だに誰も持ち合わせていない。それは恐らく、人類が自らに対して抱く「恐怖」というものを克服しなければ実現しないのだろう。
本当にそんな事が可能なんだろうか…?



「核を保有する国々は、勇気を持って恐怖の論理から逃れ、核兵器なき世界を追求しなければならない。私が生きている間にこの目的は達成できないかもしれない。しかし、その可能性を追い求めていきたい。」

オバマが広島で語ったこの言葉を、改めて考えさせられた夏だった。









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