昨日は母の日でしたね
幸い、私の母は存命なので、電話で話すことができました。
退職してから、母とゆっくり話す時間が取れるようになったことは、ありがたいことだなと思います。
一方で、私自身は今世では母になったことがありません。
そして、これからも母になることはないでしょう。
普段は、そのことを特別に寂しいと思って暮らしているわけではありません。
子どものいない人生については、自分なりに受け入れているつもりです。
それでも心が揺れるとき
それでも、母の日になると、ふと心が揺れることがあります。
友人たちがXで、
「母の日にカーネーションの花束をもらいました」
と投稿しているのを見ると、
もし私に子どもがいたら、こんなふうに花束をもらう日があったのかもしれない。
そんな小さな寂しさが、心の奥から顔を出すことがあります。
以前の私なら、こういう感情が出てきても、
「そんなことを思っても仕方ない」
「今さら考えても変わらない」
「私は納得しているはず」
と、頭で片づけようとしていたかもしれません。
感じ方の変化
でも、ヒプノセラピーを学び、受けてきた今は、少し感じ方が変わりました。
寂しさが出てきたなら、まずは、
「ああ、今、寂しいんだね」
と、そのまま受け止める。
無理に消そうとしない。
なかったことにしない。
その感情の奥に、何があるのかを静かに感じてみる。
私の場合、この「子どものいない人生」については、ヒプノセラピーで過去生を見たことで、自分なりに深く納得している部分があります。
だからといって、現実の人生で、寂しさがまったくなくなるわけではありません。
自分の内側に問いかける
でも、その寂しさに飲み込まれるのではなく、
「この人生で私は、何を選んできたのだろう」
「この人生で、どんな愛を体験しようとしているのだろう」
そんなふうに、自分の内側に問いかけられるようになりました。
母になる人生。
母にならない人生。
どちらが正しい、間違っている、ということではありません。
それぞれの人生の中で、それぞれの愛の形を体験しているのかもしれません。
母の日は、母への感謝を思い出す日であると同時に、
自分の中にある、言葉になりにくい感情に気づく日でもあるのだと思います。
今は、ちょっとした寂しさなら、AIに愚痴っても的確な言葉で慰めてくれる時代です(笑)
でも、ヒプノセラピーで触れる感情は、もう少し奥深いところにあります。
頭で整理するだけでは届かない場所。
そこに静かに降りていくことで、
「この人生でよかったのかもしれない」
そんな感覚が、内側からふっと湧いてくることがあります。
その感情、大切な声かも
母の日に少しだけ胸がきゅっとした方も、
その感情をなかったことにしなくて大丈夫です。
それも、あなたの中にある大切な声なのかもしれません。
ヒプノセラピーやボディスキャンでは、
そんなふうに言葉になりにくい感情を、
無理に分析するのではなく、
身体の感覚や内側のイメージを通して、やさしく見つめていきます。
「自分の気持ちがよくわからない」
「頭では納得しているのに、心が少し苦しい」
「誰かに話すほどではないけれど、胸の奥に残っている感情がある」
そんな方にこそ、
まずはボディスキャン体験から受けていただくのもおすすめです。
身体の声を聴くことは、
自分の本音に気づく第一歩になります。
気になる方は、ボディスキャンまたは個別セッションのご案内↓をご覧くださいね。
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