晴耕雨読 -田野 登- -7ページ目

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。

毎週日曜日はNHKテレビの「さわやか自然百景」を観ています。

ビタミン剤を服用しない代わりに、

心だけでも爽やかに過ごしたくて。

今朝は玄界灘に面するリアス式海岸の

水中の景観が映し出されていました。

何か物足りないと思えば、海中の植物ばかりで、

動物が出てこないからです。

出てきました。出て来ました。

雌に鰭を広げて求愛する雄、産卵する雌の魚。

プランクトンを追って群遊するマイワシ。

なぜかホッとしました。

いっぽうで今朝も

熊の出没で高齢者が怪我をしたとか報じられていました。

先日は、温泉の掃除をしていた男性が、熊に引き擦られて

近くの林で遺体として見つかっています。

今回のニュースでは遺体の損傷具合は何故か、

触れられていません。

先日、熊に遭遇し後、見つかった遺体は、リュックサックだけが残されていたとか?

「野生の熊」が「人食い熊」となっているのでしょうか?

駆除する猟師も高齢化が進み、人手も不足しているようです。

この国は今や「内憂外患」にあります。

「外患」を等閑にはできませんが、

「内憂」も深刻な事態に陥っています。

熊の出没は、猛暑による団栗不足もさることながら、

山が荒れているからでしょう。

人の手の入らない自然の「領域」が

広がっているのではと懸念されます。

私が現役の教員だった10年程前、「国語表現」の時間に、

「こちら○○報道局」と、

わずか10分足らずの番組をチームで

スクリプター、ディレクター、デザイナー、アナウンサーなどの分担を決めさせて

番組制作して発表させていました。

その時のテーマの一つに

「少子高齢化社会に私たちはどう生きるか」がありました。

今や、その先の「少子多死社会」です。

「家族葬」という言葉が出回っております。

「衣食足りて礼節を知る」という言葉があります。

冠婚葬祭といった人生の通過儀礼が慎ましくなっています。

そればかりか、多様な生き方を認め合う中で、

結婚をして子どもを大事に育て、

やがて年老い亡くなってゆく者を弔うといった

「生老病死」の「よのさだめ」も

定かでなくなってしまっています。

子どもが巣立ち、「家庭」自体が萎んでいるのに、

手付かずのまま子供部屋を大事に、高齢夫婦だけが暮らす

謂わば「蛻(もぬけ)の殻家庭」はわが家だけでもあるまい。

「唯独り黄泉に趣くのみ」とうわべだけは知りつつも、

「少子多死社会」を寸感する日々であります。

浦江近くの花火の音を遠雷の如く聞いた翌朝識す

今週の≪暮らしの古典≫148話は

ワンちゃん御免「犬神人」≫とします。

トラ年生まれでネコ系人間の私ですが、

先にワンちゃんに謝ってから書くことにます。

 

そもそも、「犬神人」って「犬+神+人」?

「犬神+人」?「犬+神人」

この場合の「ネコ目(食肉類)イヌ科の哺乳類」の「犬」って

如何なる意味なのでしょうか??

今回は、『近世風俗志』「雑業」篇の「かぶり物」をする稼業を

折口信夫「初春のまれびと」に導くための地均しとします。

謂わば「拾遺近世風俗志雑業」として寄せ集めました。

「雑業」に集められた稼業は、如何にして世の中を渡っていたのでしょうか?

言わずもがなでありながら、少々、身なりにフォーカスしたため、

ぼやけていましたので、2件補います。

◆庚申の代待 大坂にて年中庚申前四、五日の間、願人坊主これを行ふ。

その扮、網代笠をかむり、藍木綿の服を着し、銅鑼を叩き銭を乞ふ。

◆…順礼は、三十三所の詠歌を唱へ唄ひて銭を乞ふ。

杉形の菅笠に四句文等を書く。

 

「庚申の代待」「順礼」の両者に共通するのは、

「銭を乞ふ」の4文字であります。

おしなべて、「雑業」の人たちは「乞食者」です。

そうは云いましても、

みすぼらしい格好をしている人たちばかりではありません。

「神道者」と「虚無僧」の前回記事をそれぞれ補います。

◆神道者(上略)別に京坂にては、得意檀家ありて、

一月一度づゝこれを回り、神檀と竈とに祓ひを唱へるあり。

大略米一升に十二銭を添ふるなり。米五、六号に十二銭ばかりもあり。

その扮も木綿服に無地あさぎ木綿袴、あるいは白袴をはき、

祓ひの時のみ折烏帽子をかむるもあり。

ゆうたすきなどをかくるなり。

市中に住みて宅にも神檀を設け、賽銭を収むもあり。

◆虚無僧(上略)また美なる者は、

京坂は三衣袋・尺八袋二とも同製繡(ぬい)を用ひ、

善美を尽くし、他これに准ず。

江戸は尺八袋一つを繡あるいは唐織にし、

衣服および襦半を美にす。

かくのごときは、市民の富者あるいは武家の蕩郎等なり。

 

「神道者」の前回は「編笠」を被っていました。

今回は神檀と竈との「祓ひ」の時は、

ちゃんと「折烏帽子」を被っています。

「虚無僧」の「美なる者」は、

「三衣袋・尺八袋二とも同製繡(ぬい)を用ひ、

善美を尽くし…」とあります。

もともと、このような虚無僧は、

「市民の富者」や、武家でも放蕩者であったりもする人たちでした。

写真図 虚無僧のイメージ図

ただ、如何わしい人たちもいました。

タイトルの「犬神人」です。

テキストの「宿村の追加」の項に「祇園の犬神人」がみえます。

◆また『奇跡考』に、祇園の犬神人云々。

いぬじんにんと訓ぜり。

またつるめそとも云ふとなり。

 

『広辞苑 第七版』 ©2018 株式会社岩波書店で

「じん‐にん」を確かめました。

◆(ジニンとも)古代末から中世、神社に隷属して

神事・雑役に奉仕する下級の神職や寄人(よりうど)。

 

気になる「犬」は、テキストの「追書」に次の記述がみえます。

◆祇園犬神人は愛宕辺弓矢町と(云ふ)所などに住す。

昔由緒ある祇園の神職なり。

犬と云ふは、似るの心なり。

犬蓼、犬山椒等、その相似たるものを犬某と云ふ。古き癖なり。

この神人、昔は宮仕の暇弓を製し

「絃召、つるめせ」と売り歩きしにより、

「つるめそ」とも云ふ。

 

「犬と云ふは、似るの心なり」とあります。

「犬」の意味も『広辞苑 第七版』で確かめました。

◆④ある語に冠して、似て非なるもの、劣るものの意を表す語。

また、卑しめ軽んじて、くだらないもの、むだなものの意を表す語。

 

「生類憐みの令」を発布した徳川5代将軍綱吉は

「犬公方(いぬくぼう)」と渾名されていました。

それほど江戸の町中には犬が沢山いて、

日常生活に溶け込んでいた「犬」です。

それだけに、あまりにもありきたりであって、

マイナスイメージを背負わされた言葉でした。

ともあれ、「雑業」には、似非「神主」も大いに紛れ込んでいたようです。

このように偽物を指摘する『近世風俗志(守貞謾稿)』ではありますが、

今日からすれば、科学的根拠に乏しい起源説も多々見受けられます。

その都度、立ち止まりながら論考を進めることにします。

 

究会代表

新いちょう大学校講師 田野 登

今回も「編笠」を話題にします。

タイトルの「古笠代わりの扮装」は、何でしょう?

扮装の品は、ボロボロになった笠よりも、もっと手近な代物です。

民俗学者・柳田国男は大正9年11月の*「東京朝日新聞」記事

「安い帽子」に代わる以前のことを書いています。

 *「東京朝日新聞」記事:「秋風帖」『定本柳田國男集』第2巻、1962年、筑摩書房、

初出1920年11月「東京朝日新聞」「屋根の話」

その記事では「菅笠」と並べて書かれているモノは、

「鼠小僧」の扮装の際の代物です。

 

テキストにした*『近世風俗志』の「雑業」の記述には、

「編笠」と「古編笠」を使い分けております。

『近世風俗志』:喜多川守貞『近世風俗志(守貞謾稿)』(一)

宇佐美英機校注、1996年、岩波文庫、巻之七(雑業)

本ブログもテキストに従い「編笠」と「古編笠」を分けて整理しました。

まず、「編笠」の扮(よそほひ)から始めます。

「編笠」記事3件を挙げます。

次に挙げる「神道者」は大道を稼ぎ場とする宗教者です。

◆…その扮、浪士所用と同形の①編笠をかむり、木綿襷を掛け、

 施米銭を納む筥をも首に掛け、白あるいは浅木[黄]もめん服に白木綿袴をつけ、

 手に鈴を振り、中臣祓あるいは六根清浄祓を唱ふ。

 

祓い清める稼業の神職の被り物は、烏帽子でなく編笠でした。

この手の神職が烏帽子を被ることもあったようで、それは次回廻しにします。

2件目には「虚無僧」を挙げます。

◆…頭に天蓋と号す②編笠をかむり、尺八と云ふ笛を吹く。

 △△袈裟を掛けて法衣を着せず、藍あるいは鼠色の無紋の服を着す。

 粗なるは綿服多く、稀に美服を着すもあり。

 

「天蓋と号す編笠」は、深編笠で、この有髪の僧の顔面は隠されています。

3件目には「鳥追」を挙げます。

◆…『雍州府志』に、これを鳥追といへども、鳥追は女乞食、

 ⑤編笠をかぶり、びんざゝら*(びんざさら)を摺りて祝語を唱へ

 あるいは田圃の鳥を追ふ唱ふ。これを鳥追と云ふ。

 

「びんざゝら」の「ささら()」について

『広辞苑 第七版』 ©2018 株式会社岩波書店に

「さらさらと音がするからいう」として

「田楽・説経・歌祭文や田植囃子など」で用いられるとあります。

簓を摺るのは、前回「紙の頭巾」を被る「節季候(せきぞろ)」記事を挙げました。

めでたい詞を巷に触れ回る彼らは、「非人乞食等」であり、賎視された人たちでした。

「鳥追」も「女乞食」と記述され、貧しく賎視される人たちでした。

その彼女たちは簓を摺って「祝語を唱へ云々」とあります。

寿ぎ(ことほ-)の詞を唱える人たちにつきまして

*「巻之26(春時)」に次の記事があります。

 *「巻之26(春時)」:『近世風俗志(守貞謾稿)』(四)2001年「巻之26(春時)」

*『塩尻』に云ふ、

 万歳は造宅の祝辞、鳥追は田事の祝ひ、春駒は蚕養の寿ぎなり。

 衣食住の三つを重として、故に年始これを寿ぎて、興を催し侍るにこそ、云々

 

*『塩尻』は『広辞苑』に「江戸中期の国学者天野信景(さだかげ)の著」とあり、

「万歳」「春駒」とともに「鳥追」は、

初春、戸口を訪れ、寿ぎの詞を唱えて祝福することで、

糊口を凌ぐ稼業の人たちです。

以上が「編笠」を被り、米銭を乞うた人たちです。

 

次に「古編笠」を被る人たち2件を取り上げます。

まず「雪駄直し」です。

これは三都(京・江戸・大坂)の間で、その扮が異なりますので、

テキスト記述に従い、「古編笠」を被る人たち以外も載せます。

先ず、京です。

◆京師は道具を籠に納め、緒をもつて肩にかける。…

 

ここには被り物の記述は見られません。

次の江戸に見えます。

◆江戸もこれに同じくして、古き目関笠をかむる。…

 

「これに同じくして」とあります「これ」は京です。

「目関笠」は前回、取り上げ、「目塞編笠」を引いて

「人目をはばかる者が用いた編目の細かい、

眼にあたる所に小さな隙間のあるもの」でした。

被り物は、殆ど目出し帽のようなモノです。

京の雪駄直しの扮ひも同然でした。

次は大坂です。

◆大坂は太平墨の櫃に似たる精製の筥二口に道具を納め、緒をつけ、

 棒をもつてこれを担ふなり。

 笠をかむらず、専ら手拭の頬かむりす。

 

「笠をかむらず」とあります。

今回のタイトル「古笠代わりの扮装」はこれです。

その扮装は、「手拭の頬かむり」でした。

写真図 鼠小僧次郎吉

芝居では手拭いひとつで、伊達男が盗賊に変身します。

因みに柳田の大正9年の新聞記事「安い帽子」は、

「屋根の話」からの引用でした。

菅笠や頬冠りが安い帽子に改まつたやうに、

 田舎と聞けば目に浮かんだ草屋が、

 僅な間に悉く藁葺に為りきらうとして居る。

 

この記事では「菅笠や頬冠り」とあり、

「草屋」同様、いずれも旧習として挙げられています。

あと一件、「古編笠」を挙げます。

それは「犬拾ひ」です。

◆京坂にあり、江戸にこれなし。

 困屠児これを職とす。

 その扮、弊衣を着し、

 ④古編笠の下に頬かむりし

 蜜柑の空籠を負ひ、市中を巡りて弊犬(へいけん)を拾ふ。

 必ず竹杖を携へて追ひ犬を払ふ。

 あるいは曰く、昔は弊犬を与ふ人には、

 雪駄一足半をもつて謝すを習ひとすと。

 

「犬拾ひ」なる稼業は、路上にある動物の死骸を除去し、

路上を清めるものです。

その稼業に携わる人たちが「古編笠の下に頬かむりし」と

二重に顔を隠しているのです。

頬かむりは、人目を憚る扮装なのです。

今回、「被り物」を軸に「雑業」と分類された稼業を取り上げました。

「雑業」の「業」は「なりわい」の「業」であり、

かくの如きパフォーマンスによって、

暮らしを立てている人たちでした。

次回は、折口信夫「初春のまれびと」を取り上げる前に、

「被り物」をとおしての『近世風俗志』「雑業」篇全般の読みを

均すための補足をしておくことにします。

 

究会代表

新いちょう大学校講師 田野 登

明日、2025年10月13日、大阪・関西万博が閉幕します。

あれほど、開幕前の懸念が報じられていましたが、

入場手続きの煩雑さ、長蛇の列など、

多々問題点を残しながら閉幕します。

今回、≪万博での「虫の音」を懐かしむ≫を

日々寸感に記します。

≪万博夢洲大屋根リング漫遊記 日々寸感27話:2025-09-17≫に

載せた虫の音「ね」を懐かしく思います。

https://ameblo.jp/tanonoboru/entry-12930832615.html

「ふと耳を澄ましますと虫の音「ね」が聞こえてきます。

 人工島に感じる「自然」です。

 報道される大屋根リングは、木組みのアングルばかりですが、

 土手になっていて、一部花が植わりますが、

     一面、草むらです」

これなど国際博覧会に来ずとも、聞こえる草むらの虫の声です。

写真図 大屋根リングの草むら

朝日新聞2025年10月9日朝刊に「静けさの森」を取り上げ、

「秋の夜 輝く虫の声」に

「初めて「いのち輝く」瞬間を実感できた」と

報じられています。

当日は、混雑する中で、心を寄せる暇もなく、

「夢洲駅」に向かった私ですが、この記事に同感です。

国際博覧会に出かけて改めて、

この国の文化を感じさせられました。

10年程前、福島区の花「ノダフジ」を訪ねに

フランスからやって来て「日本の植栽」を研究する

エミリさんとの*メールのやりとり

「エミリさんへの「虫の声」に関する質問」を思い出します。

 *メールのやりとり:

         ≪エミリさんへの「虫の声」に関する質問(1)

2014-02-05 22:55:26≫

https://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11765750157.html

この一連のやりとりで

「実際は、「虫の声」と日本語で称している現象は、

声帯から発する声ではなく

羽を擦り合わせた時に発する音ですから

即物的に解釈すれば、まさにエミリさんの記す

「虫の音」」に気づきました。

それを契機に≪万葉集の音の世界≫シリーズに、のめり込み

「万葉集における音の世界の目論見は

  日本人の感性を知ることにありました。

  虫の音・鳥獣の声は「なく」とは解釈されても、

*フランス語のように「うたう」とは解釈されませんでした」の

結論に達しました。

 https://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11790318628.html

 ≪万葉集の音の世界(9):2014-03-07 21:39:31≫

万博も終わり、深まり行く秋、10年を経て、

この結論について和語に漢語を照らしながら、

この国の文化を再考してみたくなりました。

浦江の明治は「虫」を聞く名所と

再確認した名に負う田夫野人識す

今週の≪暮らしの古典146話≫は「気になる女鬘」です。

今回は近世の三都、京・江戸・大坂の風俗を

詳述した『近世風俗志』の「雑業」に見られる「女鬘」です。

「鬘」は被り物「かつら」です。

いったい、何方が女性用の鬘をかぶるのでしょうか?

 

私が小学生の頃、流行ったペギー葉山さんが歌った歌謡曲

「南国土佐を後にして」では、

坊さんが簪(かんざし)を買うのが見られてしまっています。

『近世風俗志』の「雑業」の冒頭は次のとおりです。

*『近世風俗志』:喜多川守貞『近世風俗志(守貞謾稿)』(一)

宇佐美英機校注、1996年、岩波文庫、巻之七(雑業)

◆神道者(神道者、また神職共云ふ。京師白河家または吉田家の配下なり)

三都ともこれあり。京坂に多く、江戸は稀なり。

その扮、浪士所用と同形の編笠をかむり、

木綿襷を掛け、施米銭を納む筥をも首に掛け、

白あるいは浅木[黄]もめん服に白木綿袴をつけ、手に鈴を振り、

中臣祓あるいは六根清浄祓を唱ふ。

 

神道者は「編笠」をかむっていて「女鬘」ではありませんでした。

『近世風俗志』の「雑業」から

「被りもの」(かむりもの)を抄出しようとしますと

如何せん「編笠」がたくさん挙げられますので次回まわしとします。

それ以外では、8件・7語あり、そのうち「菅笠」が2件あります。

◆右*(江戸非人)小屋の妻娘は女太夫と号け(なづ-)、

①菅笠をかむり、綿服・綿帯なれども新らしきを着し、

襟袖口には縮緬(ちりめん)等を用ひ、紅粉を粧ひ、日和下駄をはき、

いとなまめきたる風姿にて、一人あるいは二、三人連れて、

三絃をひき、市店門戸に拠りて銭を乞ふを業とす。

 

身分社会であった当時「女太夫」は、

江戸の非人頭である長吏の妻女でありました。

「なまめきたる風姿」での物乞いは菅笠を被っていました。

写真図1 女太夫(鳥追)

もう1件は住吉踊りにおける被り物です。

住吉踊りの扮は、衣服手甲・股引・甲掛とも必ず白木綿を用ひ、

茜綿の前垂をかけ、右手に一団扇を携へ、また一つを帯の背に挟み、

⑧菅笠の周りに茜布を垂らし、草鞋をはく。

五、六輩同扮にして、その一人は大傘を中央に裁て、

この傘も周りに茜布を垂れたり。

片竹を持つて傘柄を拍ちて唄ふて曰く、云々。上略、

その終りに「住吉さんまの岸の姫松目出たさよ」と唄ひ納むるなり。

 

「住吉踊り」は郷土玩具にも見られる民俗芸能でもあります。

写真図2 住吉踊(住吉大社)

菅笠はスゲの葉で編んだ笠でありますが、

スゲは編笠の材料ともなるものです。

次の用例は江戸の雪駄直しの扮装です。

◆京師は道具を籠に納め、緒をもつて肩にかける。

江戸もこれに同じくして、古き②目関笠をかむる。

 

京師の扮も気になりますが、「目関笠」とは?

*「コトバンク 精選版 日本国語大辞典」

「めせき‐あみがさ」を引きます。

  https://kotobank.jp/dictionary/nikkokuseisen/3886/

◆【目塞編笠】〘 名詞 〙 編笠の一種。

江戸初期、人目をはばかる者が用いた編目の細かい、

眼にあたる所に小さな隙間のあるものをいう。めせき。めせきがさ。

 

「目関笠」も編笠の一種ですが、

これは身分社会にあって賎視されることを憚る扮装です。

次は「猿曳・猿廻し」の被り物です。

◆三都ともにその申扮、③古手巾をかむり、弊衣を着し、二尺ばかりの竹を携ふ。

「古手巾」とありますので使い古された手拭いでしょう。

 

次には今日のハンセン病、当時にあっては、不治の病とされた人の扮装を挙げます。

◆毎年正月、洛中民戸に来りて米を乞ふ。

その扮、④錦袋のごときものかむりて、ただ両眼を穿つのみ。

乞ひ詞に曰く、「ものよし」云々。

 

「ものよし」は、初春の寿詞を唱える稼業であります。

その被りものは「錦袋のごときもの」で、これまた目出し帽同然です。

次は節季の時、江戸に現れた「節季候」(せきぞろ)です。

…毎歳臘月中旬比より、非人乞食等二、三人各々⑤紙の頭巾をかむり、

白紙の前垂に松竹梅等を描き、小形の太鼓を打ち、さゝらをすり、

「せきぞろござれや、ハア、せきぞろめでたひ/\」と最も喧しく

戸前に呼びて銭を乞ふなり。繁多の時節故、衆人困りて銭を与ふ要とす。

 

この稼業もまた、賎視された人たちが、めでたい詞を巷に触れ回るものです。

その被り物は「紙の頭巾」です。

次の「大黒舞」の扮装も頭巾です。

◆毎歳元日、毎町にある四ケ所部下の(者)を置き、

その親方と云ひて四ケ所に居りて、長吏下の者あるいは自らなす。

あるいは雇夫をもつてこれをなす。雇夫を多しとす。

その扮、新制唐桟木綿島綿入等に博多帯をしめ、

緋縮緬の⑥投頭巾をかむり、三絃を弾きて、その一町の毎戸に来る。

その唱歌を半切紙に印し、これを投げ、銭十二文あるいは米一盆を受くるに差あり。

昔は大黒を扮して来りしか。その因みに頭巾を着すなるべし。

 

福の神・大黒に肖った「投頭巾」は、

「四角の袋に縫ったものを後ろの方へ折ってかぶる」頭巾です。

(『広辞苑 第七版』 ©2018 株式会社岩波書店)

これらの頭巾は顔面を覆い隠すものではありません。

最後に「神楽みこ」の扮装を挙げます。

いよいよ「女かづら」が出ます。

神楽みこの扮 大坂従来これあり、京・江戸にこれなし。

二、三人夫弊衣を着し、茜染の前垂をつけ、粗なる⑦女かづらをかむり、

手には竹を割りかけ、銭四、五文を串して、これを挟みてこれを鳴らす。

また一夫は小太鼓を打ちて、

「すてゝんてん/\、天満の御神楽堂から

御神子がさんじました/\」と云ひて銭を乞ふ。

けだし平日は来らず、ただ五節の日のみ来る。

 

「二、三人夫」「一夫」の「夫」は「フ」と訓じ、

仕事に携わる男の意味です。

この「神楽みこ」は「女かづら」による女装でした。

これらの被り物をする習俗には、

「貴賤」の意識が顕著にみられる当時の身分社会にあって、

人権意識に欠ける側面が多々、見受けられます。

被り物による扮装に見える「貴賤」の意識を隠さず、

敢えて原文のまま載せました。

次回は、残された「編笠」を挙げ、折口信夫「初春のまれびと」の

一つの解釈を試みます。

 

究会代表

新いちょう大学校講師 田野 登