晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

 

12月2日(土)の第76回浦江塾では
昭和6(1931)年12月に
地元(現在の福島区鷺洲)に生まれ
今もお住まいの
内藤眞治さんによる「戦中戦後の浦江界隈」の
お話が聴けました。

話された内容によって標題を

「戦時中の浦江界隈」に変えました。
早速、明くる日、現地の確認に
ご一緒しました。

まずは、浦江塾での配付資料を載せます。

 

第76回浦江塾配付資料(2017年12月2日)
テーマ 「戦時中の浦江界隈」 
福島区歴史研究会会員 内藤眞治
(1)どぶ川について
 私が小学校の頃、自転車がほしく、母にねだって、
 家の近くの自転車店に行き、中古の自転車を買ってもらった。
 戦時中なので新車が無かった時代です。
 まず自転車で行きたい所は、近くに有るどぶ川の出先は、
 どこかを確かめるために、出かけました。
 福島駅から浄正橋通りを経る(今の「なにわ筋」)、
 大淀の方向に行くと郵便局の前で川は
 行き止まりになっていました。
 川の通りには、柳の木が数メートル置きにありました。
 また、どぶ川の下流には、
 野田駅前(阪神電車)を通って、
 現在の区役所前を通り、
 此花区に行き大川(中津川?)に流れていました。
 途中には現在の福島コミュニティ前及び
 野田阪神前の自転車置き場に
 川の水にゴミがたまっているのを取り除く
 下水処理場がありました。
 その後、どぶ川を埋めることになり、
 トロッコで土を運んでいた頃、
 工事の休日の日に友だちと
 トロッコに乗って遊んだことがありました。
 中国との戦争は日本が優勢でしたが、
 アメリカとの大戦は月日が経つにつれ、
 きびしくなりました。
(2)アメリカの艦載機について
 戦時中、小学生は疎開することになり、
 親戚がある場合は、奈良、岡山、和歌山、四国他に
 疎開しました。
 私は中学生だったので、地元にとどまり、
 町内会の行事に加わりました。
 その頃、アメリカの飛行機B29型が
 大阪市内が爆撃により
 焼け野原になってしまったのを見ました。
 福島区は大型機B29型の爆撃は無く、
 後日になってアメリカの空母(航空機を搭載した空母)が
 おそらく大阪湾から侵入してきたと思いました。
 艦載機による爆撃により、
 学校からの帰りに爆撃に遭い、
 草むらに隠れて助かったこともありました。
 終戦2日前、自宅にいた時、
 艦載機の音がしたので、表に出ますと、
 急降下して、私に目がけて攻撃してきたので、
 慌てて家に入り、
 その後、どこを攻撃したか調べに行きました。
 爆撃の場所は、
 国鉄の高架に列車が停まっていて、
 艦載機が列車目がけて爆撃したため、
 列車はそのまま停まったのでした。
 現在も高架に弾丸の跡が残っています。
 撮影した写真があります。

 

次回から、内藤さんの話の
現在の場所をブログアップします。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員 田野 登

 

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