晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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 『大阪春秋』2017年秋号は
「大塩の乱180年」を特集しています。
拾い読みしてみました。

写真図1 『大阪春秋』2017年秋号表紙

まずは大塩事件研究会会長・藪田貫先生と講談師・旭堂南海師との対談
「大塩平八郎とは何者か 歴史と講談から探る」から。
大塩はなぜ決起したのかの問題についての
講談では、鴻池に金を出させようとするが断られる、
蔵書を売って金を工面するが焼け石に水…
真相は、これほど分かりやすい道筋ではなかったらしい。
なるほど講談ではデフォルメされるのですネ。

 

松永友和「大塩事件前夜の社会情況
 ─天保期の大坂とその周辺地域を中心に─」は、
難波村や天王寺村といった町続在領からの参加者が
大塩を核とした政治性の強い集団と
大坂打ちこわし勢力と結合しなかったことを指摘しています。
近郊農村の住民は飢えていなっかったの?

 

森田康夫「大塩中斎と陽明学」は、
大塩は私利私欲にまみれた幕藩体制的秩序に対して
公正無私な大宇宙の秩序=太虚の哲学で
庶民の救済をはかろうとした……。
大塩は、孔子や孟子の思想を
天保の世に具現化しようとして果たせなかったんや。

 

福島理子「大坂をうたう大塩平八郎 ─『洗心洞詩文』から─」は、

大坂近郊の水辺をうたって、
結構あまり熟さない表現を用いたり、
日本的な表現「和習」がみられるとの指摘。
なるほど東アジアの政治家は、
みな漢詩を嗜みますネ。
その真価や如何?

 

岩城卓二「大塩の乱と能勢騒動で武功をあげた武士
  ─水野正大夫の人生─」では、
 大塩の乱を鎮圧した武士の出世をとりあげ、
武力が支える公儀「御威光」という近世社会の本質が
垣間見えると述べています。
まるで「忖度」が罷り通る
現代社会と変わらないじゃありませんか。

 

深谷克己「大塩の檄文」は、
天保飢饉以後の大坂・京都をふくむ摂河泉播住民の
政治意識を反映したものと捉え、
とりわけ儒家が大事とした
「連れ合いを失った男女の老人、子のない親、
親のない子、要するに身寄りのない者、
つまりは窮民…」への憐憫の欠如を
告発したものと読み解いています。
私利私欲に走り
伝家の宝刀を抜いての解散総選挙で
自らの「失職」に血眼になる御仁方にも
問い直したいものです。

 

山村奨「大塩に半生を捧げた男
 ─石崎東国と近代日本における大塩の乱─」は、
明治・大正・昭和期における
大塩イメージの変化をたどるものですが、
大正7(1918)年の「米騒動」を取り上げ、
人々が格差是正の救済案として期待したのは、
社会主義や共産主義だった。
それに対して石崎は、
「外国の思想」を「輸入」しなくとも、
「貧困にあえぐ人々を救済し、
本気で世の中を変えようとした
日本人の教え」として大塩の思想をあげたのが、
石崎であったと筆者は述べています。

ボクが興味をおぼえましたのは
むしろ、大塩の思想を是とする人たちと
社会主義や共産主義を標榜する人たちが
重ね合わされる糊代の部分です。

 

内田正雄「大塩事件研究会のあゆみ」
久保在久「酒井一先生と大塩事件研究会
 三〇年を超えるお付き合い ─生涯の恩人」まで
読み進めますと、
大塩事件研究会の方々の
「蜂起にかかわった無告の民衆」への思いと
近代日本における社会運動とは、
切り離せない問題だと気づかせられます。

 

あらためて「大塩平八郎中斎の生涯」を
今日の歴史研究者による「総論」として再読し、
今後の大塩研究の基点とすることを
再確認したくなりました。

記念講演会が10月29日(日)
大阪市立中央図書館で開催されます。
写真図2 記念講演会チラシ

問い合わせは
大阪市立中央図書館利用サービス担当 06-6539ー3302
大塩事件研究会(内田) 06-6877-2590
(株)新風書房 06-6768-4600

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員 田野 登

 

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