真鍋昌賢『浪花節』の世界を読む(2) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。

 

真鍋昌賢著『浪花節 流動する語り芸-演者と聴衆の近代』
(2017年3月15日発行、せりか書房)を
読んでの感想の続きを記します。

 

構成は以下のとおりでした。
目次
序章 問題提起と方法意識 6
第一章 衝撃/違和の受容史

  -桃中軒雲右衛門の来阪口演を事例として 34
第二章 〈声〉のカタチ

  -二代目吉田奈良丸の義士伝はいかにして流通したか 59 
第三章 「新作」を量産する浪花節

  -寿々木米若と「佐渡情話」の誕生 83
第四章 総力戦下の浪曲師

  -横断する米若の口演空間 123
第五章 愛国浪曲をめぐる葛藤

  -ポピュラーな「語り物」を分析するための視点 154
第六章 繰り返される「情話」

  -戦時下/占領下の連続性と非連続性 186 
第七章 戦時下に響く「七つの声」

  -二代目天中軒雲中の演じ方について 224
終 章 演者論の可能性 258
あとがき 267

 

前回は《序章 問題提起と方法意識》をとりあげました。
副題に掲げられる「近代」が
「国民国家」という
抽象的な概念で上滑りさせるのではなく、
生身の「なりわいを成り立たせている芸人」の位相をとおして
解析される「近代」でありました。

 

ボクの興味は、
そういった「近代」に肉薄しようとする
真鍋氏の高邁な方法意識にあると記しました。

 

各論の紹介に入ります。
《第一章 衝撃/違和の受容史》は、
明治40(1907)年大阪での口演をとりあげています。
大阪の「平民」にとっての
演者による「武士道鼓吹」の受容をとおして、
階層・ジェンダーの両面から
浪花節の聴衆が重層化する過程を示すものです。
「武士道鼓吹」とは、演者と聴衆にとっての近代は
前近代思潮のリメイクでもあったようです。

 

《第二章 〈声〉のカタチ》では、
1910年代(明治43~大正8年)において、
二代目吉田奈良丸の義士伝の語る「声」が
活字本、あるいはレコードというメディアによって
流布されてゆく様相を記述しています。

 

レコードとは、
演者がその場にいなくても、
「声」だけが聞こえてくる
当時にあっては、不思議な道具であったのでしょう。
次の記述があります。
◇初期のレコードとは、
 レコードの向こう側に演者の身体が存在し、
 その身体によって、
 全体性・連続性・一回性が一体となり
 つなぎとめられているという
 想像力をベースにしていた。
 いわば、レコードは、
 部分性・断続性・反復性のもとに、
 肉声の再現を提供した。

 

身体による「全体性」は

想像力をベースにして、
レコードは「部分性」のもとに
「肉声の再現を提供した」とあります。
浪花節を語るのには、数十分を要します。
初期のレコードは、それだけの長時間に
応えられませんでした。
当時にあっては
断片的にしか聴かせることができなかったのです。

 

そういった時代、
メディアの近代化は、
印刷技術を発達にも見られ、
速記本を普及させました。
浪花節の「声」の全体性を演出するには、
実演の速記本が実現していました。
このようにメディアの発達によって、
肉声が複製されて流布するのが
近代でもあります。

 

《第二章 〈声〉のカタチ》は、
複製された声をあつかう立場からの
メディア文化史を明らかにする
好個の記述でもあると思います。

 

次回は、新曲のネタ話を
紹介します。
前近代と近代の連接を考えます。

 

究会代表 田野 登