「俺の幸せを邪魔したお前だけは許さない!」
憎悪と怒りを抱き何度も何度もあいつを刺し,殴り,痛めつけた。気づけば奴は冷たくなっていた。
やってしまった。数週間前から交際していた彼女と別れてからというもの気が気じゃなかったのかもしれない。彼女と裏で連絡を取り合い自分と別れるように唆したあいつを許せなかった。でもこんなことになるとは思わなかった。あいつの無残な姿と真っ赤に染まった地面を見て真っ先に思った。俺,このままだと捕まる。一生檻の中なんか嫌だ,なんとかして逃げないと。
行動に移すことにした。まずはこれをどうにかしないと,そう思い奴の骸を抱えた時だった。
「きゃー,人殺し!誰かー!」
裏路地を通りかかった通行人に見られてしまった。気が動転していたのか,落ちていた太い木の枝で通行人を殴り服や僅かな現金を奪い取った。もう逃げるしかない,できるだけ遠くに逃げよう。走った。どれだけ走ったかわからないが気づけばあたりは明るくなっていて見知らぬ土地だった。これからどうしようかと近くにあった公園のベンチに座り考えていた。所持金はたったの3千円。身を隠すにも宿には泊まれない。途方に暮れかけたその時,目の前のマップに日雇い労働者を受け入れる施設があることに気づいた。早速行くことにした。身分を偽りなんとか日給7500円の土木作業にありつけた。そして10500円となった所持金でビジネスホテルに泊まることにした。貸し出された部屋に入り,体を洗い,身なりを整え部屋でコーヒーを飲みながらテレビをつけた。そこに写っていたのは自分だった。もう足がついていた。そりゃそうか,通行人に顔見られたし,凶器も置いたままだったもんな。
もうこうなったら無人島にでも行くか。無人島に行けばなんとかなるかもしれない。でも金がない。また日雇いで稼ぐか。2週間ほど日雇いで働き宿泊費食費差し引いて六万ほど貯まった。これで無人島に行ける。そう思った。でも甘かった。フェリーに乗るために近くのバス停でバスを待っていた時に警官4人ほどが近づいてきた。どうやら通報があったようだ。抵抗することなく、逃亡劇は終わった。
そして6ヶ月ほどして裁判の判決が出た。
判決は主文後回しだった。全てを察した。この社会で生きていくこともヒトとして生きていくこともできない。自分に明るい未来はない。最初からこういう運命だったのかもしれない。でも受け入れることができない自分がいた。塀の中ですることもなくぼんやりと日々が流れていった。それは死へのカウントダウンでもあった。ある日突然面会者が現れた。どういうわけか刑務官たちは彼を見ると畏れ慄き何も言えない様子だった。
「やあ,君と会えて嬉しいよ。実はね、私,君を助けようと思ってさ。いい話があるんだけどどう?」初老の見知らぬ男性はこちらを見て微笑んでいる。困惑した。どうして自分なんかを助けようというのだ?。
「混乱してるようだね,無理もない。でも落ち着いて聞いてね。実は君を今の戸籍から抹殺しようと思うんだ。」
「え?それはどういうことですか?」
「法は君を生かすことを許さなかった。だから法に従って今の君を殺す。そして新しい君に生まれ変わるんだ。戸籍上君は死んだことになる。でも新しい戸籍を私が授ける。」
「本当ですか?じゃあ俺は生きていてもいいんですか?」
社会からも追放された自分にまだこの人はチャンスをくれるっていうのか。信じられない。
「ああ,構わない。だがその代わり私を手伝って欲しい。この国を裏で動かす計画をね。」
「?。あなたは一体?」
「誰だっていいだろ。君には関係のないことだ。それよりどうだね,この話」
なんだって構わない,こんな自分を助けてくれるんだったら。地獄で仏とはまさにこのことだな。ラッキーだぜ。
「勿論お引き受けします。」
その言葉を聞くと初老の男性はニヤリと怪しい笑みを浮かべた。
「よろしい,では君は今日から田村と名乗り給え。」
「でも,どうして俺なんかに?」
「今ちょうど人手が足りなくてね。ちょうど君みたいな社会から抹殺された存在を探してたんだよ。君はこの法に縛られた社会が息苦しいと思わんかね?」
「ええ,勿論です。法は万人に平等だとよく言われますが,所詮は上層部の人間が勝手に作った代物。そんなものあてにできませんよ。」
「そうか。やはり私の目に狂いはなかったか。私達とともに裏からこの目障りな社会と法を消し去ろうではないか!」
このおっさんぶっ飛んでんな、とりあえず助けてもらえるならまあいいか。乗ってやるよその話。
「ええ、この国に秩序なんぞ要らないです。喜んでお手伝いします。」
「ははははは,面白くなりそうだ。」
こうして諸悪の根源が世に解き放たれた。これが後の田村(Rの黙示録参照)である