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3年前のしこうの楽しみ

ブログの説明を入力します。

映写機モデルの幻想から出てみてのことです。
確かにそれは分かりやすくはありました。
ただそのズレ感を知覚しにくいものにしていました。
 

結局はそれを提示した誰かの投影とも解釈できます。
ひとまずマインドと現象が隣り合わせであるイメージに落ち着きました。
これを物理的に絵で表現することは難しくありません。
 

でもそうしてしまうと性質が変わってしまう部分もあるような雰囲気です。
ともかくこの認識の変化はマインドと現象の一体感につながりました。
言い換えると目の前の環境と自分の合致でもありそうです。
 

だからある種の自己一致でもあるわけです。
とはいえこれを知覚したのは自宅でのことでした。
ここは新たな感覚を得るためのポイントだったのかもしれません。
 

そもそも自己一致度の高いものを設計して建ててもらっています。
まさに自らマインドが生み出した現象なわけです。
なので当たり前の結果とも言えます。
 

一方でこれはその価値認識につながりました。
タイミングというのはそんなものなのでしょう。
違う場所とのギャップが大きく知覚されました。
 

以前の映写機モデル認識ではぼやかされていたのだと推測します。
ともかくその気づきの翌日に東京に移動しました。
今まではその大変さと共に良さも感じたものです。
 

どうであれメリットとデメリットは存在するわけです。
都会は雑然としている部分もある一方でアクティブでもあります。
一般的には刺激的と表現されるかもしれません。
 

いずれにせよ変化に対して活性していると解釈できそうです。
訪れるたびに空気感が違う印象です。
住んでいた頃はその中で一緒に揺らいでいたのか全く感じていないものでした。
 

とはいえ顕在的な理由はともかくいわゆる都会疲れは本質的にそこからくるのかもしれません。
そして今の自分には随分と合わない気分になりました。
もちろんそこに否定感もなければ嫌だということもありません。
 

単純に事実認識をしただけの感覚です。
現在の日常との落差を直視したようでした。
もしかしたら集合意識の影響も随分と受けにくくなったのかもしれません。
 

関係あるのか分かりませんが電磁波が気になる度合いも下がりました。
その対策をしないでよくなるわけではありませんが体感が違うのです。
ノイズが入り込みにくい状態になったのかもしれません。
 

マインドと目の前の現実との隙間が認識レベルで埋まったことの変化だと憶測します。
世界に対する色眼鏡が変わることで感じることが大きく違うことになったのは驚きです。

谷 孝祐
2023.2.3