当然のことですがカービングターンが自己一致に寄与するとは考え
いうならば検定に合格するためのスキル程度の理解だったわけです
一般的にそれは滑りを綺麗に魅せるためのものです。
もちろん自己一致度を高めるためのものではありません。
結果的に刺激されるだけのことです。
ただ個人的にはそれが分かっていれば昔からもっと真剣に取り組ん
基礎スキーのインストラクターがそれを教えてくれるはずもありま
正直なところ個人的にスキーは楽しみながら体を鍛えられるツール
演奏者と似たような性質がそこにあることを認識しつつもスキーで
カッコ良いと思われたい欲求もほとんどないわけです。
ちなみに基礎スキーの大会は演技と解釈されるようです。
つまり観客に対するパフォーマンスです。
今さら理解したことですが検定もその前段のようなものです。
そのための基本の型が身についているかどうか評価されるわけです
ちなみに音楽については本番が好きだったからこそ必然的に聴衆を
練習が嫌いなわけではありませんが目的となる具体的な演奏機会は
それがあるからこそ急がば回れで基礎基本の徹底が愚直にできたと
いうならば基本の型を身につけることに興味が持てたわけです。
加えて曲の個人練習はあまり好きではなくいい加減なものでした。
本番が練習の通りいくことは珍しく出たとこ勝負の音を使ったコミ
様々な相互作用によって一期一会の何かが生じることに喜びがあっ
予定調和しないことに労力を割くのは無駄でありどうなっても対応
だから基礎練習が個人練習時間の9割以上を占めていました。
高度なレベルにはそれなしではいけないという感覚と愚直なトレー
振り返ればスキーで魅せることができても音楽ほどのものにならな
その決定的な違いは合わせる相手のいないことかもしれません。
音楽に投影するなら無伴奏のソロ発表会です。
良くも悪くも完全に自分だけの場です。
個としての力が試されるわけです。
自分にとってそこへのチャレンジは承認欲求不足の感じがしていま
要するにやる気が起きてこないのです。
自己承認さえ進めば必要ないことのように見えていました。
逆にそれは自己完結で楽しめる部分が大きいことも意味します。
だから音楽とスキーは自分の中で真逆の意味合いを持っていたので
ただ今回の気づきで視点が一変しました。
無伴奏ソロの性質を持つパフォーマンスは自己一致度を表現する機
どことなくこの視野の広がりは自分の中で音楽とスキーを統合する
ひとまずこれを受け取って定着させていくことにします。
谷 孝祐
2023.2.4