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3年前のしこうの楽しみ

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昨年のことです。
今更ながらですがふと思い出しました。
なので記しておくことにします。
 

その意味を受け取る必要があるのかもしれません。
ということで少し考察してみる気になりました。
それはある朝方のことです。
 

夢を見ていたのでしょうか。
特に何も印象には残っていませんでした。
ただ目が覚めるかどうかの狭間だったのだと推測されます。
 

突如として声が聞こえました。
これは天上天下唯我独尊という言葉でした。
まどろみながらも少し驚きました。
 

有名ですが釈迦が誕生した時に言ったとされるものです。
一般的には我より尊い者はいないという意味だととらえられているかと思います。
もちろん実際のところはわかりません。
 

とはいえ今回はこの言葉が与えられたような気がしたのです。
言葉の主がこちらにそういう在り方を求めていたのかもしれません
ともかく不思議な体験でした。
 

だからといって特に心理的反応があったわけでもありません。
ということで記憶のどこかに流れて放置されていたわけです。
何らかの刺激が入って再び浮かび上がってきた印象です。
 

もしくは潜在意識で解釈が進んだのかもしれません。
ふと結局のところ全ての存在がそれにあたるという感覚になりました。
大雑把にはみんながそれだけの神性を持っているという理解です。
 

そう考えると確かにそれに見合った自己肯定はできていないと感じました。
もちろん全ての人が唯一無二の存在で価値があるということは納得できます。
しかし自分に対してそこまでの承認があるかというと微妙です。
 

昔はかなり程遠かったので今は相当マシにはなりました。
若かりし頃は自分と同じ存在がいるというイメージだったのです。
でもそれは期待混じりのものでもありました。
 

つまりいて欲しいというニュアンスが含まれていたのです。
そこから拡大解釈でいるだろうという感覚にも傾いていました。
当然がら客観的事実として全く同じ存在がいるはずもありません。
 

まさに幻想です。
でもいつしか同じ人はいないだろうという事実は受け入れました。
ところがいないと断言できるところまではいっていません。
 

あと一歩足りていないわけです。
どうやらそれを暗示する課題としてこの言葉が与えられたようです
真摯に向き合ってみることにします。

谷 孝祐
2023.1.21