能力を生かすエッセンス290 | 3年前のしこうの楽しみ

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影響を与えていることへの認識は持てたでしょうか。
一般的にこれはなかなか心理的抵抗のあることなのかもしれません
自己否定があればそれだけ受け入れ難いものだと推測します。
 

場合によっては強いイニシアチブを取っていても影響を大して与えていないと認識していたりもします。
しかし客観的事実として影響を与えないことの方が難しいわけです
生きている以上は不可能なことです。
 

誰かとたいして関わらないとしてもそうです。
通常の現代的な生活をしているのであれば食事をするのにも他者に支えられていることでしょう。
一見するとこれは影響とは無関係に思えるかもしれません。
 

でもそれは生産者や流通に支えられつつ逆にそれを微力ながら維持しています。
これは相互に影響を与え合っていると解釈できます。
ネットで買い物をするにしても選択という形で微々たるものかもしれませんが社会に影響を与えています。
 

山の中に籠って自給自足をしていたとしても地球環境との相互作用があります。
当然ながら会社などの社会集団に属していればなおさらです。
この観点からするとそもそも個という概念自体が幻想のようでもあります。
 

自分一人で生きているという感覚はまさにエゴの作用と想像できます。
それは閉じた意識状態です。
単に幻想であるだけでなく受け取らない立ち位置とも言えます。
 

もちろんこれは悪影響をシャットアウトできるかのようでもあります。
いうならば自分を守るための手段です。
安心安全が得られるかのようです。
 

でも同時に存在するはずの作用を否定することにもなります。
しかもそれがなくなるわけでもありません。
確かに減じさせることはできるでしょうが0にはならないわけです
 

概ね2割減程度が限界だと想像します。
しかもそのために自らのエネルギーを費やすことになります。
かなりのロスです。
 

無理な努力をしているようなものです。
同時に能力も抑圧することにもなります。
力を発揮することは自ずとどこかに作用することを意味します。
 

これは影響を何かに与えるものと理解できます。
結局のところ非効率なエネルギー状態になるわけです。
要するに自分の内部で相殺が起きています。
 

疲れやすくもなるかもしれません。
おそらくネガティブな事象も起きやすくなるでしょう。
そういったところには滞りも生じやすいわけです。
 

ということで自分の影響を認めない自己否定パラダイムから脱したいものです。
まずはそのためにこのデメリットを腑に落とすところからかもしれません。
当然ながらこれは能力肯定のベクトルにもなります。

谷 孝祐
2023.7.16