残響音に包まれる静寂な教会 | 3年前のしこうの楽しみ

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2日目の公演を終えました。
連夜でのことです。
教会ではあるものの随分と異なる環境でした。
 

そもそもの建築的構造が違うのです。
その世界で考えると比較的新しい空間とも言えます。
だからなのでしょうか。
 

ホールに近い作りでした。
いうならば祭壇がステージになるようなイメージです。
そして反響板のようにそこが半円になっています。
 

当然ながらよく響きます。
音響的には魅力的なものです。
とはいえこれは歌う難易度が上がることを意味しました。
 

無意識的に声を張り上げたくなりやすい環境なのです。
よく響くということはそれだけ耳元で自分の声を把握しにくくなります。
要するに自らの声を確認することが難しいわけです。
 

もちろん発声が体得できていれば特に関係はないでしょう。
体感覚的にいつも通りができるわけです。
しかしそうでなければ注意していないと喉を潰しやすいと想像されます。
 

実際にリハーサルの最初はそうなりがちでした。
それは逆効果です。
当然ながら響きが出にくくなるわけです。
 

でも指摘されたら次第に修正されたのでやはり意識の問題は大きいのだといつもながらに感じました。
結果的に本番ではその特性を感覚的にとらえられた人も多かったのかもしれません。
綺麗なハーモニーがきまっている部分も多々ありました。
 

良いところがあったという評価ではなく良くなかったところがはっきりとらえられた印象でした。
これはある種のパラダイムシフトです。
うまくいっているのが普通という領域に入ったわけです。
 

歌っているとその体感は弱いものだと推測します。
実感できないままに前提が変わった雰囲気です。
指揮を振っていてもそれは同様であくまで予測による知覚です。
 

そんなわけで録音を聞くまでは分からない部分はあります。
ただそれは確固たる着実な成功だったと振り返ります。
曲の最後の残響音がそれを表していました。
 

事実はそこまでの長さではないはずですが8秒くらい余韻を味わえた気分でした。
ちなみにこの日がオルガンと合わせる最終日でした。
それに相応しい今までで最も曲の持つ空気感を表現できた様子でした。
 

おそらく記憶に残る体験になったと思います。

谷 孝祐
2023.6.17