不意打ちの解決したハーモニー | 3年前のしこうの楽しみ

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初日の公演を終えました。
予感通りだったというのでしょうか。
とはいえ想定外に観光客も立ち寄ってくれた雰囲気でした。
 

ともかく良い滑り出しができたと言えるでしょう。
リハーサルからみるみるうちに響きが合うようになっていきました
教会のその場と共鳴する度合いが上がっていったのかもしれません
 

もしかしたら過去生的な何かがつながった団員もいたのだと推測します。
日本にいる時よりもうまく開放されていくような印象でした。
結果的に自己一致感が高まって歌えた人もいたと推測されました。
 

それにしても本場のオルガンとの合わせは別格でした。
やはりコンサートホールのそれとは意味合いが異なります。
まさにそれも一致感というのかもしれません。
 

その場に存在している年数が圧倒的に違うわけです。
いうならば空間における重鎮であることは確かでしょう。
その伴奏で歌えることは幸せなことだと思われます。
 

ここからの潜在的な感性の深まりは確固たるものになりそうです。
やはり流れに乗っているからこそ起きている受け取りだと感じます
そこからのアカペラなので雰囲気を残したままになったのかもしれません。
 

この合唱団では今まであり得なかったくらいにハーモニーが決まるポイントがありました。
それがあちこちに散見されて驚いたものです。
バスにプロのサポートが入っているので尚更でもありました。
 

顕在的に分かっていなくてもこういう体験がその後の音楽的成長を後押しするものです。
もちろん録音をまだ聞いていないので実際のところどうだったのかは不明です。
しかしステージに見立てた教会の最奥の空間内から溢れ出ていく倍音が印象的でした。
 

ともかく良かったわけです。
もちろんそれを意図して指揮をしたところはあります。
ただこちらの脳内と実際の音の重なりがここまでハマることはなかなか体験しにくいものです。
 

もちろんプロの指揮者であれば日常なのかもしれませんが個人的には珍しいわけです。
特に記憶に残るのは不意打ちのように決まらない和音がはまって解決してしまったところです。
つまり曲が終わる雰囲気が出たのです。
 

でも実際はもう少し続くのでした。
ということで指揮を間違えてしまいました。
止めてしまったのです。
 

何だかうまく乗せられてしまったかのような気分でした。
喜んでいる見えない存在がそれを意図したのでしょうか。
暗譜不十分という観念的な反省はあるにせよ振り返るとそこに意味があったような気もします。
 

サポートが入り込む隙だったのかもしれません。
確かに思い返せばその後から一体感が増していった印象はあります
評価としては事故でしかありませんが演奏にはそういうこともあるものでしょう。
 

さてこれから2公演目です。
さらに広い比較的新しい教会です。
建築的な形状が初日とは異なるので音響的にも違うのは確実です。
 

楽しみながらそれを味わいたいものです。

谷 孝祐
2023.6.16