つい最近のことです。
ふと気づいたことがありました。
今更という感じもあります。
確かにすでに理解していることではありました。
しかしなぜか明確に認識できていなかったのです。
頭では分かっているけれど実感が弱かった印象です。
これは目的に関するものです。
一般的に手段の目的化という側面は語られることも少なくないでし
意識が目の前のことだけに合ってしまう状態です。
そして元々の目的を忘れがちになったりもします。
例えば幸せのためにお金を稼ごうという出発点だったのにお金を稼
この観点は慣れ親しんだものなのかもしれません。
世の常という雰囲気はあります。
多くの人が少なくとも知識としては知っていそうです。
しかしこれと似たようなことでぼんやりしていたものがありました
何度となく目の当たりにしているけれどはっきりとらえていなかっ
それは結果の目的化です。
ここでいう結果とは目的を目指していく過程や目的に到達した時点
価値提供そのものを目的として活動した結果お金が得られるという
お金を得るために価値提供をするというようにひっくり返ります。
つまり目的の手段化とも解釈できます。
力試しのために資格試験を受けるつもりでいたのに合格することが
不思議なものです。
人間の意識は目的からスライドしてしまいやすいのでしょうか。
一見すると抽象よりも具象に移行しやすい気はします。
でもお金を目的としている場合においても手段や結果にフォーカス
しかもその先が比較すると抽象概念であるかのようなこともあり得
手段としてマインドを整えるというようなケースです。
いつしかお金のことを忘れがちになることもあります。
結果として自己有用感が得られることもあるでしょう。
そうなって認めてもらうことがメインになってお金を忘れがちにな
ということで目的という位置に意識をフィックスしておくのは難し
トレーニングされていないとなぜかそこに留まらせておきにくいの
だから目的という言葉自体にリアリティが少ない人も意外に多い可
ところが目的に心持ちをフィックスできると効果的である感じもし
本当に得たいものや理想などは目的に置いた方が実現しやすいイメ
こうやって見つめてみると本音とつながっていないと目的はズレや
腑に落ちていないと意味をなさないとも考えられます。
前後に当たる手段や結果はそうでなくとも位置付けられるわけです
だとしたら目的は主体的に掘り起こして発見する必要もありそうで
要するに自分とつながる場のような概念です。
生きる目的はその代表格でしょう。
その観点において生きることは手段であり結果でもあります。
こういって観念的であっても整理が進むのは意味がありそうです。
谷 孝祐
2023.5.4