お金の再紛失という刺激から | 3年前のしこうの楽しみ

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朝起きてふと気になったことがありました。
それはその2日前に受け取った現金の行方でした。
出先でイレギュラーに渡されたのですが帰宅してから目にしていないのを思い出したのでした。

出かける準備をしながら思い当たる場所を全て探しても見つかりません。
とはいえ出発しなければならないのでひとまず諦めることにしました。
どうやらまたお金が消えたのかもしれないとも感じました。

なくなったと決まったわけではないものの似たようなことが立て続けに起こっている可能性があるので車を運転しながらその前提で現象の意味を考えてみることにしました。
先週のお金の紛失からのメッセージもまだ明確にできていなかったのです。
そして金額が似たようなものだったので関連している気がしたわけです。

そんなわけでひとまず困らない範囲のお金があるはずの場所からなくなってしまう要因は何かという問いを立ててみました。
最初は守りを強める必要があるなどという一般的な固定観念が出てきました。
ただこれでは納得感がありません。

なので少し細分化する方向でこの金額に意味があるのではないかとフォーカスしていってみました。
すると感覚のズレがあることがわかりました。
自分の日常において通常であれば少額の支払いでしか現金は使わないことが影響を与えているのか紙幣とお金という概念のリンクが弱まっているようでした。

面白いもので自分の中ではカード決済でのサインや口座残高の変動のほうが圧倒的にお金の存在感があるのです。
客観的にみれば当然のことでその方が適切とも思えますが少し行きすぎている感じもしました。
ということで概念の投影であるツールによって実感度が変わらないように補正するという課題が見つかりました。

するとそのベクトルに十分に力がかかったのか異なる視点にジャンプしました。
お金がなくなるという現象について感覚的には反応がないものの固定観念的には良くないことと評価している自分がいることが知覚できたのです。
なのでこれをフラットにしておくことがもう一つの課題ということになりました。

ここまでくると今度は今回のお金の受け取り方に問題があったことに気づきました。
実際の支払いとは関係のないルール上は振込であるはずのタイミングで現金を受領してしまったのでした。
きっとこういう細かな部分まで適切さを意識する必要があるのでしょう。

本来の流れを淀ませる動きには注意するようにしていこうと思います。
最後にまとめとしてなのか前回からの課題だったお財布の使い方にも答えが出ました。
お金の流れをきれいに保つのであればいつも同じ金額を入れておくのではなく必要額を毎回判断して調整するのが良さそうだという結論です。

確かに定額を持つ裏側には支払い時に現金が足りない状況を避けるという意味合いがありました。
さらにその裏にはそれを起こしてはいけないという固定観念があるようでした。
とはいえ現代社会においてその場での手持ちが不足して問題になることもほぼないわけです。

これも手放してより自由にお金と付き合っていこうと思います。
最終的に得るべき気づきが明確になったからか今回のお金はどこかから出てくる気がしてきたのでした。

谷 孝祐
2016.4.9 11:19