今生の印象的な体験10 | 3年前のしこうの楽しみ

3年前のしこうの楽しみ

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到着から面食らった感の否めなかったロシアでしたが、知人の迎えによってやっと安心することができました。
しかし、それも束の間の休息のようなものでした。
空港で軽い夕食を取ったあと、お世話になる引き払う予定の彼の自宅に向かいました。

なんとなく物騒な気のする地下鉄の車内に身を置きつつ、あたりを警戒しながらの移動でした。
まるでタイムトリップしたかのようで、日本と同じ地球上であると思えませんでした。
この間に注意すべきことのレクチャーを受けました。

それは約1時間半くらいの緊張感のある移動ではなかったかと記憶しています。
モスクワの中心からみて空港とは反対側のノヴォギレーヴォという終点に到着しました。
そこから乗り合いのタクシーとも言えるような夜遅いのに満員のバンに少し揺られて、日本で言うところの団地のようなところに着きました。

しかし日本のものとは規模が全く違いました。
なんとも言えぬ共産主義の画一的な世界が雪に覆われた寒々しい夜中の風景に浮かび上がっていました。
そして今まで体験したことのない世界に対する怖れとともに細やかな冒険心のようなものも感じました。

日本の常識が通じないことはどう見ても明らかでした。
凍てつくような空気感の深夜の集合住宅が並ぶ中を、最後の注意点である英語は話さない方が良いというレクチャーを聞きながら歩きました。
ロシア人が嫌っている中国人と間違われてしまい、襲われるリスクがあるとのことでした。

ここでの滞在について安心して過ごせるようには微塵も思えませんでした。
そして、やっと家に到着しました。
すでにゆうに日付は変わっているほどの遅い時間でした。

薄暗く、十分とは言えないセントラルヒーティングの部屋は、ここから数日の生活が室内でも着込む必要があることを感じさせるのには十分でした。
今思い返せば、ここまで不安を感じた日は人生で後にも先にもないように思います。
そして、このように回想を進めていくと当時は認識していなかったけれどたくさんのことを感じていたことが推測されます。

その時は顕在意識では平気なつもりでしたが、きっと不安の限界を超えていたのでしょう。
少しではあるものの、今でもその不安を思い返すことで追体験できることから、完全に感じ切れているとは言い難いことは明らかです。
呼び起こしてクリアリングを進めていこうと思います。

谷 孝祐
2015.9.18 19:16