なくした名刺入れの行き先 | 3年前のしこうの楽しみ

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金沢東署から電話がかかってきました。
こんなことは初めてです。
何かと思えば落し物の連絡でした。

先日なくした名刺入れが届いているというのです。
泊まったホテルに忘れてきたと思ってすぐに電話で問い合わせたものの、そこにはなかったので、すでに諦めていたものでした。
その時は鞄から一度も出す機会もなかったので、ホテル以外に置いてきた可能性はまずありません。

なので、どこかで鞄から落ちたとしか考えられないわけです。
ということで、失くなるべき運命だったくらいにしかとらえていませんでした。
そんなわけで全く見つかるという発想もありませんでした。

ひとまず別のものを代用して必要になったら新しいのを買おうと思っていたところでした。
そういう背景から少し拍子抜けしつつも、電話で状況の聞き取りを受け、書類のやり取りののちに郵送で送ってくれると伝えられました。
名刺入れで中には名刺が入っていたということもあり、持ち主であることの確認も簡易的だったのかもしれません。

こんなに簡単に自分の元に戻ってくるとは思ってもみませんでした。
今まで物がなくなるといえば海外のホテルで部屋に忘れてきた時ぐらいで、そうなると手元に戻ってくることはまずありません。
この件で、その感覚に慣れきっていることに気づきました。

なくした物は永久に戻ってこないという認識がいつも間にか作られていたということです。
確かにそうとらえていれば変な執着や期待も生まれないことは確かです。
しかしこれによって戻ってくる可能性を下げてしまっていたのかもしれません。

それを知らせるための事象だったのでしょうか。
そんなことを考えていて、この前の海外での最後のホテルで部屋に忘れていたサングラスを出発間際にスタッフが届けてくれたことを思い出しました。
その時は特に変わったこととは認識していませんでしたが、こんなことも初めてで今回の名刺入れの件との共通性を感じます。

だからといってそこまで重要なことのようにも思えませんが、物をなくした場合は戻ってくることも戻ってこないこともあるというように観念を書き換える必要があるのかもしれません。
ひとまずそうすることで、感覚をフラットにしようと思います。
それにしてもありきたりではありますが日本は驚くほどいい国だと実感したのでした。

谷 孝祐
2015.8.19 23:53