歯科矯正を通じて受け取ったものに意識を向けていて、同時並行的に思い出されたことがありました。
それは、忘れ去られていた自分の価値観です。
厳密には今は顕在意識化されることのなくなった思想です。
しかし、重要かつ今も潜在的に影響を与えていると考えられます。
それが特に意識化されたのは、中学生から大学生くらいの期間ではなかったかと記憶しています。
今になって思い返せば、戦略的かつ打算的に人生というものをとらえていたという感じがします。
これは良い意味でも悪い意味でもありませんが、この考え方をシェアしておく意味を今更ながらに感じたので書くことにしました。
その価値観はありきたりですが、健康第一というものです。
しかし、この言葉に内在している意味が一般的なものと異なるのかもしれません。
この発想が明確に始まったのは、今思い返せば中学3年生の公民の授業で生存権という概念やWHOの存在意義を学んでからでした。
それ以来、健康で文化的な生活を営む権利を行使することは、自分にとって重要な目的となっていたのでした。
人間もしくは自分が幸せに生きていくためにはこれが欠かせないものだと感じていたのでした。
そこにお金のトラウマも絡んでか、心身共に健康維持にお金をあまりかけないで済む状態になることが、人生における経済効率を高めることだと考えていました。
自分自身という資本を維持するための費用が低減できるのであれば、先行投資できる枠も広がって、望む人生を生きやすくなるという発想だったわけです。
当時は、老後になって医療費に追われるのではなく好きなことをして自由に暮らせるようになるというのが重要な目標でした。
よくよく考えれば、この視点は自分の生き方を作ってくる上で、揺らぐことなく一貫してきたように思います。
まだわかりませんが、これが二冊目の着想にどこかでつながりそうに感じたのでした。
谷 孝祐
2015.2.17 21:22