感覚の理由とか感情の理由とか、わからないけど、説明はできないけど、案外人生に大きな影響を与えていたりする。
でも、わからないからこそ、重要であり決定的な影響を与えられるのかもしれない。
もし、全てが意識的に本人がわかる範囲で選択できるとしたら、人生を思い通りにコントロールできるだろう。
これは夢のような話かもしれないけど、悪夢とも考えられる。
もし本人が完全にコントロールしてしまったら、本人の価値観の外に出るのは難しく、人生はつまらないものになってしまうだろう。
それこそ生きる意味は何かという命題にすぐにぶつかってしまう。
わからないからこそ重要なことがわかるようになる、そんな余地が豊かさを生み出し、一見苦い体験も彩りを添えるように思う。
そんな彩りを楽しめる余裕が生きる輝きを生み出し、価値ある日常を作り出していくのではないだろうか。
2012.4.6 23:55 谷孝祐