猛暑です
介護に晴れ間なく
月曜日、母は何を思ったのか朝起きると「家に帰る」と言い出しました。良くあることですが手を変え品を変えても気がまぎれず、結局車に乗せてでかけることにしました。予想として2時間もあれば何とかなるだろうと職場に時間休をもらって動くことにしました。ついでに思い切って社協のケアマネに電話を入れました。ありがたいことに8時に電話が通じていつも通っているデイで対応してもらえるようになりなした。
前の週の木曜日から母はデイが無く、金曜日には近所の方にお金を借りに行っていました。相手も年寄りのことで一万円という大金は不安が募ったのでしょうし母の「お金なんか借りてないよ」という一言がいっそう不安にさせたのでしょう。私は手元にある1万円を返しに行ったのですが、相手さんは「私の貸したお金じゃない」と怒ってしまわれました。母がお金を借りに行ったことも今まで無いことなのですが、私にはなんとなく理解できるので、借りたものを返したまでのことでした。借りた五千円札一枚と千円札五枚は財布にたたんでありましたので、「借りたお金」をきちんと返すことはできました。そんなことも母には何も言わず、心の中で悲しい水溜りがどんどん大きくなっていました。それよりも何よりもその近所の方は他の方にデイでの母の様子を皮肉たっぷりに話しています。それもいいのですが母の全人格が否定されていくようで悲しくてなりませんでした。今まで律儀に生きてきたこの人がいったいあなたをどんな形で裏切ったのというのですか・・・私は大声で叫びたくてたまりませんでした。
そんなこんな・いろいろあっての月曜日です。このまま放って仕事に行くとどこかにいなくなってしまうだろうという不安が大きくなりました。叔母に頼もうと電話をしても忙しいからといわれ、仕方なくでかけることにしました。車に乗せて走っているうちに始めは気がつかなかった実家への道がわかり、いつも行っている「さくら」の道案内もしてくれました。途中で「さくらへいくよ」と言うと「今何時?」「9時前」って答えると、「そしたらもういかないかんねえ」とでかけてくれました。そのあとケアマネと今後のデイ利用やヘルパーさんの使い方など打ち合わせて仕事に出かけることができました。やはりデイを規則正しく使うことが大事なことで、今回は大好きなお買い物もあって楽しい日を過し、そしてなんとか日常を過せるようになっています。
雨が降って膝も痛いようです。歩けないことがいいことなのかどうなのか、今のところ行方不明にはなっておりませんがいつかそんな日がくるかも・・・と、不安がいっぱいです。今日も一人で留守番をしてくれましたが、明日はデイに行ってくれるかな。
母の誕生日
今日は母の誕生日。母は昭和6年6月9日、愛媛県周桑郡徳田村田滝という山で生まれました。77年前のこと、その地域はタバコの葉、蝋木の生産、柿、そして稲作、そう今頃は田植えの真っ最中だっただろうと思う。母は10人兄弟の4番目、3女として生まれました。父親は地域の世話役として日夜忙しい毎日を送り、母親は15歳で結婚し10人の子育てと農作業に精を出して暮らしていました。そんな両親が今も生きているように時々思い出すらしく、「ああ、ばあちゃんももうおらんのよねえ」などといっています。
今日はデイサービスには行かない日なので家で過ごしていました。隣の若奥さんと昼食を済ませ、私の帰りを待ってくれていました。私はスーパーで握り寿司を買い、甘いお酒とケーキを買い、急いで家に帰りました。妹から届いた花と、隣の若奥さんが持ってきてくれたカサブランカを飾り、ささやかな誕生日を祝いました。今はまだ昭和6年6月9日と自分の誕生日が言えますが、来年の6月9日がどのような形で迎えられるか、先のことはわかりませんが、今日も無事終えることができました。来年の誕生日もどうか自宅で迎えられますように。
