30回と長く続いた連載を中断し、新しい論題へ入ることにします。そこで何が問題なのであるかというところから入るのが論文の基本であるので、そこから出発しよと思うのですが、それがまた難しいのであります。なぜなら、音楽を新しい事業領域へ向かうようにしようとする試論を立てようとするうえ、では、既存の音楽ではいけないのか?という対立する意見と戦わないといけないからであります。これは私にとって非常に、そして立場的につらいものがありますが、ここを何とか切り抜けてゆかなければならないので、先ず今後、大きな批判がくることを覚悟のうえで論じてゆこうと思います。

 

近年、音楽はエンターテイメントの事業領域として発展してきました。音楽を細分化すると様々な学問領域から成り立っていることがわかるのですが、その中でも「楽しい」部分だけを抜き出してエンターテイメントとして発展してきたのが戦後、それも高度成長期以降から現在に至る音楽業界の成長と発展の歴史ではなかろうかと思っております。そしての戦略と戦術は見事に功を奏し、音楽業界は世界的に見ても過去最高の市場の拡大を見せたのではないかと予測しております。それは素晴らしいことであると私は思っております。

 

実際にこれまでの私の論文を読み返していただいてもお分かりになるかと思いますが、音楽をエンターテイメントとして捉え、そのエンターテイメント市場にどのようにして参入してゆけばよいのか、そしてそこへの参入後、どのようにして持続してゆくのかについての方法論を論じてきました。ところが時代はある日、それも突然として変わりまして、エンターテイメントとしての音楽のみではとても音楽は音楽としての立場を維持できない状況となり、事業領域の転換を迫られる状況となっております。エンターテイメントで多くの人が犠牲になったのであれば本末転倒であり、しかしながら、音は無意識であるため人間にはなくてはならない存在であり、いわんや「音楽」となると無意識への探求と翻訳することが可能となりますから、音楽を止めることは不可能であります。ではどうするかというと、事業領域の変更、経営学用語でいうところの事業ドメインの変更ということになります。

 

音楽の事業を継続しながら、エンターテイメント性を確保し、さらに事業領域を大きく変更するとなるとかなりの困難が予測されます。しかしながら、音楽は様々な学問領域を総合している学問であるとみることもでき、ここを活用することにより音楽を新たなる産業へと導くことができ、それが結果的に日本経済へ貢献できるようになるのであれば、音楽による日本経済の発展を期待できるのではなかろうかと考えるに至っております。

 

では具体的にどのように音楽の事業領域を再設定させるかというと、それは教育への変更であります。こうすることにより教育の方法も大きく変わりますのでそこに大きな予算が分配されることなります。つまり、音楽の事業ドメインを変えるだけであらゆる事業分野に異変が生じ、それを根拠に予算が決定されていくのであれば、多くの産業や事業分野へ予算の分配がなされることになり、よってインフレの恐れも低くしながら、経済発展が可能となるのではなかろうかと思われます。例えば、何の大義名分もなく予算を作りそれを分配するのであれば、やはりインフレになる可能性は高くなるのではないでしょうか。なぜなら、お金を使う場所がなければ、お金は滞留し、その滞留分が物価として跳ね上がるのはむしろ当然のことであるかと思われます。よって、所得減なのにインフレになるという原理でありましょう。

 

例えば、音楽によって教育が大きく変わると具体的にどのように変わるかを予測してみますと、音楽教室は学習塾へと変化するでしょう。ライブハウスは誰でも参加できる専門職大学のようになり、それが連合体として組織されるとオックスフォード大学のようになるかもしれません。著作権の在り方も大きく変わり、とりわけ著作隣接権にかんする法律の改正が必要となり、よって、著作権を管理する企業は教育機関が大きな役割を果たすようになるでしょう。そうすると大学の仕事が増えるようになるのではないでしょうか。

 

もう少し詳細に考えてみると、ライブハウスが教育機関へと変化するとなると、これまでは防音設備や飲食用の設備の業者しかかかわりがなかったでしょうけど、そこに教科書の業者が関わることになるでしょうし、現代のIT化の進展を見ておりますと、教育におけるIT化がより進み、これまでかなりアナログであった音楽業界は本格的なデジタル化が進むのではなかろうかと考えられます。

 

このような予測をしてみますと、予測後の社会の変化を楽しむこともできるのですが、それよりもお金を使わなければならない社会へと変化することにより、所得は上がり、物価は下降するという状況を生み出すことが可能ではなかろうかと思われます。これを継続して行うのであれば、費用逓減の法則が組み込まれ、楽に仕事をしながら所得は上がり、物価はさらに下がることにより国民の生活は向上してゆくという理想像を描くことが可能ではなかろうかと私は考えております。

 

今回は序論でありますのでここで筆をおきます。次回からは音楽への視座をどのように考えてゆくかの歴史的背景を述べてゆく予定です。

 

ご高覧、ありがとうございました。