BREAKTHROUGH !(夏詩の旅人 ~ ZERO) | Tanaka-KOZOのブログ

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 1986年4月
僕は大学の近くにある喫茶店、“がらん堂”へギタリストのカズといた。

がらん堂は、ウチの学生たちがよく利用する純喫茶だ。
純喫茶とは、内装が昭和レトロ風な喫茶店の事で、本格的な珈琲を飲ませてくれる。

ここでは日替わりで、サービス珈琲というものがあり、キリマンジャロやコロンビアなど、普段は高くて注文できない珈琲が、ブレンドと同じ値段で飲めるのが良い。



「あれ?、お前、タバコ変えたのか?」
目の前のソファに掛けるカズが、タバコを吸う僕に言う。

「ああ…、メンソールに変えた…」

「メンソール~!?」
カズが訝し気に言う。

「キャメルは、ずっと吸ってると喉が痛くなるんだ。俺にはこっちの方が合ってるみたいだ…」

「お前、知ってっか?、メンソール吸うとインポになるんだぞ(笑)」

「そりゃ噂だろ?、俺はギンギンだぜ…(笑)」
僕はそう言うと、サービス珈琲で注文したブルーマウンテンを口にする。

「ははは…、将来後悔するぞ…、俺の忠告を聞かなかった事を…」

「そうなったら報告するよ…(笑)、ところで何だよ?、ハナシってのは…?」

「俺たちのバンドのベーシストが決まった!」
カズはそう言うとニヤリと笑う。

「ほんとか!?、どこで見つけたんだよ?」

「同じバイト先にいたんだよ、ベースやってる人が…。この前、新しく“スクリーン&GOO”のバイトに入って来た白川さんって人だ…(笑)」

大泉学園の駅前にある、レンタルビデオ屋でバイトをしているカズが、笑顔でそう言った。



「そうかぁ…。じゃあ、後はドラムスだけだな…?」

「そう言う事…(笑)、今度、お前にも会わせるから、週末俺んちに来てくれ」

「分かった、開けとくよ…」
僕はそう言うと、笑みを浮かべるのであった。



 同日の渋谷
バイト先のダイニング“D”へ彼が現れる。

「おはよう…」
彼がそう言って、フロアに入った。



「あ…、こーさん、おはよう」
すると、バイトスタッフのカワベが、困った表情で彼に言う。

カワベは、愛知から東京に出て来たG短大生であった。
当時のカワベは、華奢で妖艶な雰囲気の女性で、髪型はワンレングス。
見た目は、女優の池波志乃を若くした様な感じで、少し色っぽさを醸し出していた。

カワベは、中央線沿線の安アパートを借りていると言っていた。
彼女は劇団員でもあり、常に金欠で困っている様だった。

数年後、同じバイトスタッフのチヒロの送別会の時、隣にいたカワベがこんな話を彼にしていた。
本当は、舞台に立つ俳優ではなく、自分は演劇の脚本家になりたいのだとカワベは言っていた。

あれから数十年が経ち、夢を諦めずに頑張り続けたカワベは、売れっ子の脚本家として成功する。

NHKの連続TV小説や、民放ゴールデンでのドラマの脚本を手掛ける様になり、脚本家の功績を称える某賞も受賞するまでになるのであった。

少し話が逸れてしまったが、そろそろ話を元に戻そう。

「どうした?」
困り顔のカワベに、彼が訊く。

「面接の人が来ちゃってるのに、ドカチンが居ないの…!、どうしよう…?」
※ドカチンとは、店長のあだ名である。

「あのヤロウ…、人手が足りないって、いつもほざいてたくせに…」
「分かった…、任せとけ!、俺が面接やってやるよ」

「え!、そんな勝手な事して大丈夫?」

「構わねぇって…、あのハゲが居ねぇのが悪いんだから…(笑)、じゃあ、面接するから、どこに居るんだ?」

「あそこ…、奥の団体席に座ってもらってる…」

「よし!、じゃあ、ちょっくら面接して来るわ♪」
彼はそう言うと、応募者が座る団体席へと歩いて行った。



「へぇ…、君は役者を目指して、熊本から上京して来たんだ…」
面接官の彼が言う。

応募者の顔は今にして思えば、漫画スラムダンクに出て来た、一之倉というキャラに似ていたと思う。



「はい…、なので昼間は俳優養成所に通っていますので、アルバイトは夜のシフトでお願いしたいんですが…」
ちょっと、なまりのあるトーンで、応募者が言った。

「構わないよ。丁度、夜シフトが人手不足だったから…」
「じゃあ、採用ということで、明日からヨロシク♪」

「宜しくお願いします」
応募者はそう言うと頭を下げた。



「どうだった?」
面接を終えて戻って来た彼に、カワベが訊く。

「終わったぜ…(笑)」

「大丈夫だった?」

「全然…、問題なしだ(笑)、明日から来るってよ…」

「そう…、良かった」

「なんか、役者目指して熊本から出て来たみたいだぜ…。カワベサンと同じだな…?」

「え!?、そうなの?」

「ああ…、そう言ってた…。名前は白木マコト…、19歳だってさ…」

「ふ~ん…」
カワベがそう言うと、店長のドカチンが、ちょうど店に戻って来た。



「おう、ドカチン。面接あるの忘れてたろ?(笑)」
彼がバックヤードに入って来た店長に言う。

「あ!、マズイ!、ワシ、すっかり忘れてたッ!」
※ドカチンは自分の事を、“ワシ”という。

「安心しな…、代わりに面接やっといたからよ…(笑)」

「え!?」と、ドカチン。

「人手不足で困ってたんだろ?、採用しといたから…。明日から、この店に来るからさ…(笑)」

「オタク、なかなか気が回るじゃないの?(笑)」

「まぁな…(笑)」

「助かったわよ。感謝するわ…♪」
※ドカチンは、ゲイじゃないが、オネエ言葉を使う。

「礼には及ばねぇよ…(笑)」



「ところで、明日から来るコは、カワイコチャンだったんでしょうね!?(笑)」

「はぁ?、男だぜ…。俺はそういう趣味が無いから、分からんよ…」

「えッ!?、オタク、男を採用したのッ!?」

「ああ…」
頷く彼。

「何、勝手に面接なんかしちゃってンのよぉぉッ!」

「はぁい?」

「何で、男なんか採用しちゃったのよぉッ!?」

「だって、人が足りないんだろぉ~!?」

「もお、男はイラナイのよぉッ!、ワシは、カワイコチャンたちとだけ、仕事がしたいのよぉッ!」

「なんだよぉ!?、さっきまで感謝してたくせによ…ッ!」

「まったく、勝手な事して…ッ、これ以上、この店に男は増やしたくなかったのに…ッ」
ドカチンが、不満をブツブツ言う。

「こンのヤロウ~~…ッ!」
ドカチンに腹が立った彼がそう言うと、隣のカワベが「まぁまぁ…」と、苦笑いして、その場を収めるのであった。


 週末
暦は5月になった。

彼は、石神井公園に住むカズの家に来ていた。
地下にあるカズの部屋に入ると、そこには新メンバーが既に来ていた。

「こちちらがベースの白川さんだ(笑)」
彼が部屋に入ると、早々にカズが笑顔で新メンバーを紹介する。

「よろしく…」
温和で物腰柔らかい白川が、彼に笑顔で会釈する。

「こちらこそ…」
そう言って彼も会釈した。

白川はスポーツ刈りで、がっしりした色白の男であった。
身長は、カズと同じくらいの170cmそこそこで、大学3年生。
年齢は、一浪した彼の1つ上だった。

21歳の白川は落ち着きがあり、彼らよりも大人であった。
あまり出しゃばらず、一歩下がって見守るタイプだ。
そういった性格は、ベーシストとして向いており、楽曲のボトムをしっかり支えてくれる。

プレイスタイルは、ツーフィンガーで、プレジョンベースを愛用しているので、重低音のビートを期待させてくれた。



※プレジョンベースは、ジャズベースよりもネックが太く、重い音が出せる。

彼らはしばらくすると、コンビニで買い出しをして来た缶ビールや、缶チューハイを飲みながら、音楽談議に花を咲かせる。

人当たりの良い白川は、とても話しやすく、すぐに彼とも打ち解ける事が出来るのだった。

「ところでよ…。早速なんだけど、今度スタジオ入るからな。荻窪のスタジオ、もう抑えといたからよ」
カズが言う。

「え!?、そんなイキナリにか…?」と彼。

「ああ…、せっかくGWに入ったんだから勿体ないじゃんか…」
「それと、ドラムも呼んであるからよ」(カズ)



「ドラム決まったのか!?」と彼が言う。

「ああ…、高校時代の軽音の後輩に頼んだ。今、高校2年だ」
「そいつは俺が高3の時に1年だったけど、超うめぇぞ!(笑)」

「一緒にバンド組んでたんだけど、ラウドとか、44(マグナム)のドラムとか完璧に叩けるんだぜ(笑)」

カズがそう言って得意げに言った。

「そうなんだぁ…?、よく俺たちと組む気になってくれたな…」

「今、そいつが組んでるバンドの楽曲が大人し過ぎてツマラナイんだと…」
「だから上井は、ずっと俺とまたバンド組みたくて、しょっちゅう電話連絡が来てたんだ(笑)」(カズ)

「カミイ…?」



「ああ…、そいつ(ドラム)の名前だ」(カズ)

「ふぅ~ん…」と、彼。

しかし、この上井が脱退したバンドは皮肉な事に、それから数年後、誰もが知る超有名バンドとして大ブレイクをする。

もしこの時、上井がバンドを抜けていなければ、彼はプロドラマーとしてデビューする事が出来たのである。
人生とは、ホントに何があるか分からないのだと、つくづく思う次第である。


 「じゃあ、バンドのメンバーも揃ったという事で…、改めてバンドのリーダーを決めようじゃないか!」
しばらくすると、カズが彼らにそう言った。

「そりゃ勿論、カズだろ…?、異論は無いよ」
カズの経験や実績からして当然だと、彼がそう言う。

※当時のカズは、高校生の頃からギターの上手いやつがいると、地元で噂になっていたくらいだった。

「いや…、リーダーはお前だ…」
しかしカズは、彼にそう言う。

「え!?、俺が…?、無理だろ?、素人なんだし…」

「いや、リーダーは、お前しかいない。ねぇ?、白川さん!」
カズが白川に、そう言って同意を求めると、白川も頷いた。

「よろしく頼むぜ…(笑)」
笑顔でカズが彼に言う。

「んん~…?、わ…、分ったよ…」
彼は、変だな?と思いつつも、リーダーになる事を承諾したのであった。


 数日後、荻窪のスタジオW
この日は、現地集合だった。

彼がスタジオに到着すると、既にカズや白川も到着していた。

「おう!、おつかれ…」
彼はそう言うと、周りを見渡した。
それは、ドラムの上井が、誰だか分らなかったからだ。

誰だか分からない?とは、一体どういう事なのか…?

それは、この時、スタジオの待機スペースには、数名の若者が、何故かそこに居たからだ。
しかも全員が、カズと世間話を交わしており、知り合いみたいな感じだったのだ。



「おい…、誰なんだ…?」
彼はカズに、男性3人、女性4人の存在を訊く。

「おお…、こいつらは、俺の高校時代の軽音楽部の後輩たちだよ(笑)」

「はあ!?」

「こいつらは、俺のフアンでな…」
「俺が今日、ここで練習すると言ったら、俺のギタープレイを観に来たいと言ったからOKしたんだ(笑)」

「なぬ~~~ッ!?」
「お前、ナニ考えてんだよ!?、俺は今日、生まれて初めて生演奏をバックにして歌うんだぞ!」

「まぁ、そういう事だからヨロシク…(笑)」
「それから、ここの受付済ませとけよ…。あとスタジオの機材の設定もな…、お前がリーダーなんだから…(笑)」

カズはそう言うと、予約したスタジオの中に入って行った。



(ナルホド…、そういう事か…?)
彼はそう思うと、カズの思惑に察しがつくのだった。

カズは自分以外の誰かに、煩わしい手続きや準備を押し付けたかっただけで、彼をリーダーに任命したのだ。

そして、自分だけが後輩の前で、良いカッコをしたいが為、彼の都合など無視し、むしろ単なる引き立て役にしようと考えていたのだ。

※この当時のカズは、まだ高校を卒業したばかりのせいか?、こういった子供っぽいところが、まだ残っていた。

(ったく…、しょうがねぇな…)
彼はそう思うと、スタジオの受付に向かうのだった。

彼が受付を済ませ予約した部屋に入ると、早々にセッティングを完了したカズが、ギターを大音量で鳴らしていた。

ドラムの方もセッティングが済んで、ドラムを軽く叩きながら感覚を確かめている様だ。

(あれが上井か…?)
ドラムに着いた男を見た彼は、ろくに紹介もされなされないまま、その高校生が上井なんだと思うのだった。

一方、ベースの白川はチューニングの最中であった。
彼はマイクスタンドから伸びたマイクのシールドを、どこに差して良いのか分からず戸惑う。
また、イコライジングもどうすれば良いのか分からなかった。

「おい、カズ!、俺、スタジオ初めてだからよく分かんねぇよ」

彼がそう言うが、カズはそれを無視して、気持ちよさそうにギターを弾き続ける。
それをカズの取り巻きたちが、興味津々に見つめていた。

「センパイ!、DREAM FANTASYやりましょう♪」
彼がセッティングで戸惑ってると、ドラムの上井が笑顔でカズに言う。
※DREAM FANTASYとは、ヘビメタの曲でラウドネスのナンバーだ。



カン、カン、カン、カン…

ドラムがカウントを取る。

ダダダダダダダダダダダダダダダダ……ッ!

ドラムとギターがユニゾンで曲が始まった。

スッタン!、スッタン!、スッタン!、スッタン!、スッタン!、スッタン!…ッ!

ドラムの2ビートに合わせ、カズがギターリフを弾く、取り巻きはそれを見て大喜びとなる。

Dream Fantasy

ベースの白川は、この曲を知らないので、セッションに参加できずに手持ち無沙汰の状態だ。
彼はそれを尻目に、マイクのセッティングを自力で懸命に行う。

「お~い!、まだかよぉ~?」
DREAM FANTASYの演奏を終えたカズが、彼に訊く。

「今、終わったとこだ…」
やっとセッティングを終えた彼が、カズにそう返す。

「そうか!、じゃあ、44(マグナム)やろうぜ♪、お前、歌えよぉ!(笑)」と、カズが言う。

「おい!、今日はオリジナルの音合わせだろ!」
彼がムッとしてカズに言う。

「良いから、良いからぁ♪、お前、44知ってるよなぁ?」

「知ってるけど、歌えるワケねぇだろ!?」

「大丈夫♪、大丈夫♪、じゃあ、ボイトレ兼ねてやるぞ!」



そう言ってムチャ振りするカズは、44マグナムのI'M ON FIREをいきなり弾き出した。
それに合わせて上井もドラムを叩き出す。

I'M ON FIRE

「えッ!?」
彼がそう言うと、カズは「歌え!、歌え!」と言いながら、ギターリフを弾く。
カズの取り巻きたちが、彼を期待の眼差しで見つめる。

こうして彼は、カズに押し切られて44マグナムの曲を歌うハメとなった。
しかしそれは、酷い有様であった。



生まれて初めて人前で歌う曲が、ヘビメタのハイトーンボイスの曲なのだから、当たり前である。
結局、この日はオリジナルを1曲もやる事なくスタジオ練習が終わった。

一体、何のためのスタジオ練習だったのだろうか…?
そして、もっと悲惨だったのは、ベースの白川は、この日、何も出来ずにスタジオ代だけ払わされたのだった。


 翌週
彼らは再び、荻窪のスタジオWで、練習に入った。

しかし、その時も前回同様、オリジナル曲を1回もやらずに、ヘビメタ曲だけで練習は終わった。

 その晩、カズの自宅
高校生の上井以外のメンバーがそこに居た。



「おい、お前、いい加減にしろよ!、あれじゃ練習に入る意味ねぇだろぉッ!」
彼がカズに怒りをぶつける。

しかしカズは、ムッとした顔をするだけで、何も言い返さない。
恐らくカズの気持ちとしては、中々前に進まないバンド活動に、欲求不満が溜まっていたのだろう。

「次のスタジオは、絶対オリジナル曲の練習だからな!」
彼は、黙っているカズにそう言うのであった。

 そして3回目の荻窪W。
相変わらずカズは、スタジオに後輩を呼んでいた。

しかし、そんな事は大した事ではない。
問題は、ベースの白川が、急用を理由に練習に出れないと、昨夜、電話連絡が掛かって来た事だった。



(マズイな…、このまま白川さん、辞めちゃうんじゃないだろうな…)

練習前の待機スペースで、彼はそんな不安を覚えるのだが、カズは相変わらず、呑気に後輩と談笑していた。

「おお…、上井!、ジュンは今日も来ないのかぁ~?」(カズ)

「櫻井は、最近、塾に通ってるんですよ」(上井)

「塾~?、なんで…?」(カズ)

「あいつ大学行くみたいですよ。頭良いから…」(上井)

「ふぅ~ん…」(カズ)


 それから間もなく時間になり、予約した部屋に彼らは入った。

「お~い!、まだかぁ~?」
早々にセッティングを済ませたカズが彼に訊く。

「もうちょっと待ってくれ…」

そう言って、ジャズコアンプにベースを繋ぐ彼。
今日の練習は白川がいない為、彼がベースを弾きながら歌う事になっていた。


「よし、OK!…、もう良いぞ…」
そして彼がそう言うと、練習が開始された。

この日は、何が何でもオリジナルの練習だけという約束だったので、カズも上井も仕方なくその様に演奏した。
しかし、ベースを弾きながら歌う彼は、益々持って冴えない歌唱となる。

ヘビメタ曲の様に勢いがないから、カズの取り巻きたちは退屈そうであった。
加えて彼のヘロヘロなベース演奏が、カズや上井のストレスとなっているのが分かった。


 その夜カズの自宅で、スタジオ練習の時に録音した音源を彼は聴いていた。
カズの自室にあるステレオから流れて来た自分の歌声に、彼はガッカリする。

ここで、彼は学習した。
宅録での歌い方と、スタジオ練習での歌い方、更に言うと、カラオケでの歌い方…、これらは全て別物だと…。

宅録で上手く録れる様な歌い方や、カラオケで上手く聴こえる様な歌い方だと、スタジオの生音源ではドヘタな歌唱に録音されてしまうのだ。

また、楽器を弾きながらの歌唱も難しい。
演奏に気を取られながらの歌唱だと、更に歌は酷い状態となる。

楽器が完璧に弾けるのであれば、大した問題ではないのだが、ベースを満足に弾けない彼では、歌唱の足を引っ張るだけだった。



「う~ん…」
タバコを咥えてる彼が、そう言って頭を抱える。
その時、上の階からカズの部屋へインターホンが入る。

※カズの自室にはインターホンが着いており、食事の時や外線電話が掛かって来た時に、母親がそれで知らせるのだ。

『カズーーッ!、電話だよぉ~!』
インターホンから、カズの母親の声。

「誰~!?」
インターホンに向かって訊くカズ。

『上井くんだよ~~!』(カズの母)

「分かったぁ~!、今いく~~!」
カズはインターホンにそう言うと彼に言った。

「ちょっと、上に行ってるから…」(カズ)

「分かった…」と彼。

カズが1Fへと向かう。

(上井から電話か…、何だろ…?)
彼は、そう思いながらタバコの煙を吐いたのだった。

 それから20分後…、カズが地下の自室へ戻って来た。

「どうだった…?」
彼がそう、カズに訊く。

「上井辞めたぞ…」
カズが平然と彼に言う。

「え!?」
驚く彼

「あいつ、やっぱ(ヘヴィ)メタルがやりたいんだとよ…」
「今日の練習が、退屈で退屈で耐えられなかったんだってさ…」

「そうか…、悪い事しちゃったな…」

「それであいつ、『センパイ!、僕とヘビメタバンド組みましょうよ♪』て、言ってきたよ…、でも断った…(苦笑)」

「良いのか…?」



「ああ…、俺は大学に入ったら、何か新しい事にチャレンジしたかったから…」
「だから上井には、『じゃあ、お前とは、また機会があったらバンド組もう!』って、言っといた」

「そうか…、じゃあまたドラムを探さなきゃな…」

「そうだな…」

こうして、少しだけ前進できたバンド活動が、また止まってしまうのであった。


 そして暦が6月になった。
彼は、高校時代からの友人であるギタリストの児島リキと久しぶりに会う事となった。

リキとは高3の時、大学受験用の予備校で出会った。
リキの顔は、ちょうどこの頃デビューしたばかりの宮原学というロックミュージシャンによく似ていた。(※髪型も)



リキの家は農家で大きな蔵があり、大学入学前の春休み中は、ドラムも叩けたリキとその蔵の中でセッションをやったりした。

久しぶりに会う事になったのは、リキと同じ高校に通っていた友人の弟が、国分寺のモルガーナでライブを行うという事で誘われたのだ。



彼は以前リキから、その友人の弟バンドがレコーディングしたテープを聴かされた事があった。

当時、高校1年だったバンドの演奏であったが、楽曲の完成度や、演奏能力が非常に高く、まるでプロの様だと感心したものであった。



ボーカルやサウンドが、ストリートスライダーズを彷彿させる様な、そのバンドの演奏を、彼はナマで観てみたいと以前から思っていたのだ。

ライブが始まると、リキの友人の弟バンドは、とても高校生とは思えないステージングを魅せてくれた。
ブレイクのタイミングや、演奏中のキメポーズなど、相当場数を踏んで来ているんだと感じさせた。

観客は、同級生と思わしき男女が30名ほど集まって来ており、全員総立ちでステージ前に出て来て大盛り上がりであった。

「すげぇなぁ…、ギターもベースも、ドラムもみんな上手ぇなぁ…」と、彼がステージを眺めて言う。
リキの友人は弟が褒められて、ちょっと優越感に浸った様な笑顔をする。

そのバンドは、ボーカルが独特のダミ声で、個性的かつ、クールでカッコ良かった。そしてビジュアルも、ストリートスライダーズ風だった。
また他のメンバーも全員イケメンで、ジャニーズの男闘呼組の様な感じであった。



(すげぇなぁ…、これがホントに16の高校生かよ…!?、こいつらマジでプロになれるな…)

彼がそう思いながらステージを見ていると、ライブが最後の1曲となった。
するとステージのボーカルが、オーディエンスに向けて最後のMCを始める。

「今日はよぉ…、エックスのトシキさんが来てっからぁよぉ…、最後はみんなで盛り上がるぜぇ!」
ボーカルがそう言うと、オーディエンスが、どっと沸いた。

「え!?、なんでエックスの…!?」
それを聞いた彼が思う。

※この当時、エックスはまだプロデビュー前であったが、インディーズ界隈では既に有名であった。

しかも、たけしの元気が出るTVというバラエティ番組のコーナー、早朝ヘビメタに出ていた事で、エックスの認知度は一気に加速して行ったのであった。

弟のバンドとの関係性は知らないが、なぜかエックスのトシキが、この日、1人でモルガーナまで観に来ていたのだ。

ラストの曲が始まった。
そして、ボーカルの呼びかけで、トシキがステージへ一緒に上がった。

(あれが、エックスのトシキか…)と、彼。

ステージに上がったトシキは、小柄でダボッとした服装で現われたから、ずんぐりした体形に見えた。

トシキはウイスキーの瓶を手に、ラッパ飲みすると、それを目の前でタテノリしてるオーディエンスへ向けて、ブッ、ブッ、と、連続で霧吹きする。



見るからにクレイジーな、その行動は、現在のトシキが過去の自分を語る時の状況、そのままだった。

彼が当時見たトシキは、現在のような美しいビジュアル系な雰囲気などまったくなく、どちらかというと真逆の、ガサツで清潔感のない感じに見えたのであった。

 そしてライブが終わると、彼とリキは、居酒屋 村八で飲んでいた。

「リキさ…、俺、今バンドを始めたんだよ」
生中を手にした彼が、目の前に座る児島リキに言う。

「そうなんだ…?、良かったなバンド始められて…」
同じく中ジョッキを手にしたリキが言った。

「それがさ…、ボーカルなんだよ俺が…」

「え~!?、ははは…ッ!、冗談だろ?、お前が歌うなんて聞いた事ないぞ(笑)」

「それがマジなんだよ…」



「ベースはどうすんだよ?、俺がKEY(楽器店)まで一緒について行って買った高い(値段)やつ!?」

「参ったよ…、ローンだけが残ってる…」
「リキはどうなんだ?、今、バンド組んでンのか?」

「俺は今、青学の軽音サークルのバンドに入ってるよ、ギターで…」

「え?、だってお前、青学じゃねぇじゃん!?」

「サテライトメンバーってぇの…?、岳(ガク)が青学だから誘われた」

※岳は、彼とリキの予備校時代の友人で、帰国子女。ベーシストであり、プログレバンド「ラッシュ」のフアン



「サテライトって、何だそりゃ?」

「大学の学祭行って、どこの大学も女の子が多いと思わなかったか?」
「あれは皆、その大学の近くにある、短大や専門のコたちだよ」
「4大には、ほとんど男しかいないから、どこの大学も、外部の女の子をサークルで募集するんだよ」

「そうなんだぁ…?」
※当時は4大に進学する女性は、ほとんど居なかったので、そうでした。

「青学の連中はレベル高けぇぞ~♪」
リキが笑顔で言う。

「それって、カワイイコが多いって意味か?」

「いや…、確かにカワイイコが多いけど、今、俺が言ったのは、そういう意味じゃない。プロ並みのレベルって意味だ」

「プロ並み…?」

「ボーカルが女の子で、弓緒(ユミオ)って、いうんだけど、そんじょそこらのプロも裸足で逃げ出す実力者よ!」

「すげぇなぁ…、何を演奏(や)ってるんだい?、リキたちのバンドは?」


ユーリズミックス

「ユーリズミックスを演奏(や)ってるよ」

「じゃあ、そのコ、アニー・レノックスを歌えるって事か!?」

「まったく同じに歌える…」

「そりゃあスゲェワケだ…」

「今度、大学(青学)まで観に来るか?、練習(風景)…?」

「ああ…、行くよ。ぜひ観てみたい。ガクにも会いたいしな…」

「そうか…、じゃあ待ってるよ」

「それとリキ…、ちょっと頼みがあンだけど…」

「何だよ?、急に…」

「リキはドラムも叩けるだろ?、俺のバンドさ、ドラム抜けちゃったんだよ」
「だから、俺のバンドも手伝ってくれない?、ドラムスとして…」

「ドラムかぁ…。よし、いいぜ!」

「ほんとか!?(笑)」

「ああ…」
リキはそう言って笑顔で頷いた。

実はリキは以前から、バンドでドラムをやってみたかったのだ。
しかし、リキのドラムはギターほど得意ではなかった。

だから彼がボーカルをする程度のバンドなら、ドラムを引き受けても問題ないと、この時は思ったらしい。



 それから数日後、彼はギタリストのカズと共に、青学の軽音サークルに訪れていた。

リキに案内されて、3人が軽音サークルの部室に入った。
すると、予備校以来の再会をしたガクが、彼に近づきがっしりと握手した。

「こーくん!、久しぶりだな!」(ガク)

「久しぶり…(笑)」

笑顔の彼も、ガクがいつもやってくるハワイアンスタイルの握手で握り返した。
※腕相撲みたいな形の握手がハワイアンスタイル

「紹介するよ…。彼女がボーカルのユミオだ」
そう言って、スラッとした長身の女性を彼らにリキが紹介する。



「ユミオよ。よろしくね」

ストレートロングヘアをなびかせたユミオが彼とカズにそう言う。
彼女の長い髪は、なびく度に、良い香りがした。

「よろしく…」
彼はそう言いながら思う。

(へぇ…、結構美人じゃないか…。)
そう思いながら、彼はユミオに悟られない様に平静を保った。

「よよよ…、よろしく…ッ」
一方、カズは緊張しているのか?、セリフを咬んでしまう。

「こちらはドラムのクミ。バンドのバンマスだから、あだ名は“クミ長”…(笑)」
今度は、大人しそうなタイプで、メガネを掛けた女性を、ユミオが紹介する。



「よろしく…、リーダーの山口です」
メガネの女性が、ニコッと笑って、そう言った。

「よろしく…」と、彼。

「ガクはもう知ってるのよね?」
「このコは、シンセ(サイザー)担当の藤枝」

ユミオは、そう言って、小柄でウェーブの掛かったショートワンレンの女性を紹介する。

「で、このコたちは、コーラス担当…」
ユミオが横一列に並ぶ3人の女性の事を言う。

「右から、蕪元…、野間…、高田…よ」
ユミオがそう言うと、カズが彼に小声で耳打ちする。

「オンナばっかで良いな…(笑)」

「そうだな…」
悟られない様、正面を向きながら、応える彼。

「さぁみんなぁ!、練習の続き始めるよぉ!」
そう言って、メンバーたちの方へ振り返ったユミオが言った。
そしてバンドメンバーたちは、各々の持ち場へと戻り始める。



その時、コーラスで紹介された、ちょっと派手めでワンレンの蕪元というコが、こちらを振り返りニコッと微笑んだ。



「おい…!、お前、今見たか…?」
カズが正面を向きつつ、隣の彼に小声で言う。

「ん?、何を…?」
彼も正面を向きながら応える。

「見たろ?、あのワンレン…、今、俺のコト見て微笑んだよなぁ…?」
「ありゃ間違いない!、あのオンナ、絶対俺に気があるな…ッ!」
カズが強張りながら、小声で嬉しそうに言う。

「かぁ~…、お前、ホント、オメデタイよな…?」
それを聞いた彼が呆れ顔で言う。

「俺を見てただろぉぉ…ッ!」(カズ)

「見てねぇよ!…、まったく、自意識過剰も大概にしろよ…」

「ゼッタイ、見てたって!」(カズ)

「お前を見てたんじゃねぇよ…」

「あン…?」(カズ)



「俺だ…(笑)」
そう言ってニヤッと笑う彼。

「はああーーッ!?、お前の方こそ自意識過剰だろうがぁッ!」(カズ)

「お前に言われたかぁねぇよ!、いい加減、現実を知れ!」

「お前こそ、現実を知れ!、このばかッ!」(カズ)



「馬鹿にバカ呼ばわりされたくねぇなぁ!、このバカバカッ!」

「何だとぉぉ!、このバカバカバカッ!」(カズ)

「何ィィ…ッ!、このバカバカバカバカッ!」

「てめ~~~ッ!、この、バカバカバ…ッ!」(カズ)



「バカバカバカバカバカ…ッ!(笑)」

「あ~!、お前ッ!、俺がまだ、バカと言ってる途中だろぉお!」(カズ)

「バカバカバカバカバカ…ッ!(笑)」

「許さんッ!、バカバカバカ…、ええとぉ…?、何回やり返すか、分からなくなちゃったじゃねぇかぁぁ~~!」(カズ)

「バカバカバカバカバカ…ッ!(笑)」

「きぃ~~~~ッ!、てめぇズルイぞぉ!、このバカバカバカバカバカ……」(カズ)



「児島(リキ)くん…、あの2人は何をモメてるの…?」
ユミオがリキに振り返り訊くが、リキは「さぁ…?」と、首を傾げるのであった。



 その日の練習後、彼は青学の連中と宮益坂の居酒屋「天狗」で飲んでいた。

「どうだった?、俺たちのバンドは?」
ギターのリキが、彼に訊く。

「凄かったよ…、驚いた」
「でも、リキもギターが相当上達したんだな…?」
彼が言う。

「そりゃあさ…、こんだけのメンバーと組んでると、否が応でも練習せざる得ない状況になるからな…(笑)」
リキはそう言うと微笑んだ。

(そうか…、バンドってのは、上手いやつと組むと上達が早いんだな…)
リキの言葉を聞いた彼は、そう思うのだった。

「しかし、お前ら良いよな…、女の子ばっかに囲まれてバンド出来て…(笑)」
彼は、正面に座るリキと、ベースのガクに笑いながら言う。

「みんなカワイイコばっかだろ?(笑)」
ガクが、いたずらな笑みを浮かべて言う。

「そうだな…、やっぱ青学なんだな…(笑)」
彼はそう言うと、隣のカズに話し掛けた。

「俺らもバンドにオンナ…、あれ?、居ねぇ…?」
すると座敷の隣に居たはずのカズの姿が消えていた。

キョロキョロと辺りを見回す彼。
すると後方の女性陣が固まっている席にカズを見つけた。



「あンのヤロウ…、カノジョいるくせに…」
カズを見つけた彼が言う。

※カズにはヨリコという、高1から付き合っているカノジョがいた

カズは、シンセ担当の藤枝と肩を組んで、赤い顔をして楽しそうに酒を飲んでいる。

「ははは…、面白いやつだな?、完全にデキあがっちゃってるじゃん♪」
それを見たリキが笑う。

「なぁリキよ…、ドラムの件、ホント頼んだぜ…」
そして彼が再び、リキへドラムのヘルプの件を確認した。

「ああ…、分ってる。大丈夫だ(笑)」
リキはそう言うと微笑んだ。



 翌週になった。

彼らは、先日の天狗での飲み会の時に決まったBBQパーティーを、この日、清瀬市の柳瀬川でやっていた。
互いのバンドの親交を深めるのが目的のBBQパーティーである。

場所を柳瀬川にしたのは、都心から近いBBQスポットであり、駐車場が無料だったからだ。
※現在は、有料となっている。

彼が呼んだ参加メンバーは、カズとベースの白川、そして、カズが以前在籍していた八木原がボーカルのバンドから、キーボードのナカジー、ドラムのヒロカズ、そして、バンドとは関係ないが、大学の同級生、大山テルが参加。

そして、リキやガクのいる青学の軽音サークルのバンドメンバー全員でBBQは行われた。

「いやぁ…、こーくん、BBQ呼んでくれてありがとう…。すごく楽しいよ♪」
ベースの白川が彼に笑顔で言う。

「これから、月イチでBBQやるからさ…、今後ともヨロシク!(笑)」
彼も笑顔で白川に言うが、その言葉を聞いた白川は神妙な顔をするのだった。

「どうした?、白川サン…?」

「いや…、実はさ…、こんな時に言うのもなんだけど…、俺、バンド辞めたいと思ってるんだ」

「え!?」
それを聞いたカズが驚く。

「ホントごめん…、俺さ、ヘビメタとか興味無くて…」

「俺たちのバンドは、ヘビメタじゃないぜ…」
彼が言う。

「でも、スタジオ入ると、いつもヘビメタの曲しかやらないし…、せっかくオリジナルのベースパートを考えて来ても、全然それが活かされないし…」

「もう、どうやってもバンドに残るのはダメなのかい?」と、彼。

「うん…、ホントごめん…。あと俺、早くライブやりたいんだ」

「そうか…、分かった…」

「ごめん…」
白川が申し訳なさそうに言う。

「おい、おい!、勝手に話し進めンなよ!」
そこへカズが割って入って彼に言う。

「仕方ないだろ…、本人がもう辞めたいって言ってンのに、無理やり繋ぎ止められねぇだろ…」
彼がカズに言うと、横の白川がカズに「ごめん…」と言うのだった。

「白川サン…、早くライブやりたいんだったら、今日、連れて来てるナカジーのバンドが、ベース居なくて募集してるからどうだい?(笑)」



彼は、八木原がボーカルのバンドが、ベース不在で現在ライブが止まっているのを思い出し、白川に紹介した。

「え!?」と白川。

「そのバンドはヘビメタじゃなくて、BOOWYをコピーしてるんだ」
「今日連れて来てる、あいつらの(ナカジーとヒロカズ)のバンドだよ。良かったら紹介するぜ♪」

彼がそう言うと、白川は「ぜひ頼むよ!」と言う。
それを聞いた彼は、ナカジーらを呼ぶ。

「お~い!、ナカジー!、ヒロカズー!、ちょっと来てくれぇぇ~~!」

「なんだよ?、どうした?」
呼ばれて現れたナカジーが、彼に訊く。

「お前らベース見つかンなくて、困ってたろ?(笑)」

「ああ…」
ナカジーとヒロカズがそう言って頷く。

「白川さんだ…。俺のバンドを辞めて、新しいバンドを探してるベーシストだ♪」
「リズムを重視した重い音を出す。お前らのバンドにピッタリだと思わないか?」

彼がそう言うが、ナカジーとヒロカズは状況を把握できないでいる。

「お前らのバンドに紹介する。白川サンは、俺らとはモメたワケじゃないが、音楽の方向性が違くてな…。別のサウンドを求めている」

彼がそう言うと、ナカジーは「良いのか!?」と、聞き返す。

「構わないよ…(笑)、さあ…、俺がいたらやりづれぇだろ?、あっちで打合せして来いよ…」

「分かった…。ありがとう、こーくん!」
ナカジーはそう言うと、白川とその場を離れるのだった。



「お前は、何を考えてンだ…?」
去り行く、白川たちを眺めながら、カズが隣の彼に言う。

「仕方ない…、本人がもう辞めるって決めちまったんだ。誰にも止められないよ…」
彼はそう言うと、続けてカズに言った。

「それとな…、白川サンが脱退する原因は、お前のスタジオ練習での行いだという事、分かってンだろうな…?」

「俺が…?」(カズ)

「当たり前だろ…、あんな事してちゃ、いつまで経ってもバンドメンバーなんか揃わねぇ…」
「お前、年内に初ライブやりたいんだろ?、だったら、今後はああいった行動は慎む事だ…」
彼にそう言われたカズは、その言葉を素直に受け入れた。

「分かったよ…」(カズ)

「これでまた、ベーシスト探さなきゃな…?」

「ああ…」
カズがそう言って頷くと、BBQ台に固まっている女性陣が、こちらに向かって声を掛けて来た。

「ほら、そこぉ~!、何やってんの~!?、早く来ないと肉なくなっちゃうよぉ~!」
この前カズと、居酒屋天狗で肩を組んでいた藤枝だった。

「ヒィィィーーーーーーーッ!、今、行くぅ~~~~ッ!」
カズはそう言うと上機嫌になって、藤枝の方へと走って行った。




翌日
彼のバイト先、渋谷ダイニング“D”

「おはよう…」
出勤して来た彼がバイト仲間にそう言うと、ドカチン(店長)と話している新人の白木マコトに気が付く。

「ん?」
何を話しているんだろう?と、彼が思う。

「こーさん、おはよ♪」
そこへ、同僚のヤマギシあゆみが彼の側に来た。

「うす…」
そして、金髪ソフトモヒカンのタカも来る。

「あれ、何ハナシてンだ…?」
白木マコトの方を指しながら、彼が2人に訊いた。



「なんか白木さん、バイト辞めるみたい…」(ヤマギシ)

「え?、そうなんだぁ…、真面目なやつだったのに、ずいぶん早ぇなぁ…」

「役者の仕事でオファーが来たみたいっスよ…」
タカがボソッと言う。

「ええ!、そうなんだぁ!?、そりゃあ本業を優先しなくちゃなぁ…」

「でも、ドカチンは辞めるの止めてるみたい…」(ヤマギシ)

「何でさ…?、あいつオトコはイラナイんだろう?」



「今、白木に辞められちゃうと、自分が替わりに出勤しなくちゃならないからじゃないスか…?」(タカ)

「そうか…、ドカチンの休みが減っちゃうからか…」

「そういうこと…」(ヤマギシ)

「白木は役者になる為に上京して来たんだから、チャンスが来たらスグ辞めるんだって、始めっから分かってる事じゃねぇか…」
「どうせドカチンなんて仕事が休みでも、家でエロビデオ観てるだけだろ…!」

「きゃはは…!、そうなの?、こーさん?」(ヤマギシ)

「おう…、なんかアイツ、アニメのエロビデオに凝ってるらしいぜ…」

「アニメのエロ…?、そんなのあるンすか?」(タカ)

「うん…、なんか、“くりぃむレモン”ってアニメがあって、その主人公の亜美ちゃんが好きだって、この前、ニタニタしながら俺に言ってた」



「うわ!、キモッ!、それ、2次元オタクってこと!?」(ヤマギシ)

「だから俺らの事、“オタク”って呼ぶんだぁ…」(タカ)

「とにかく、何とかしてやンねぇとな…」
彼はそう言うと、ドカチンと白木の方へ進んで行った。


「よう!、白木!…、良かったな。仕事決まったンだってな…?(笑)」
白木とドカチンに割って入る彼。

「あ…!、おはようございます…。そうなんですけど、店長が今辞められるのは困るっていうんで…」
白木が困り顔で言う。

「良いよ、良いよ別に…、だってお前は、役者になる為に東京へ出て来たんだから…」
「バイトの事は心配すんな…。こっちで何とかするからさ…(笑)」

「ホントですか!?」
晴れやかな顔になる白木。

「ああ…、構わん…。元気でな…(笑)」

「ちょっとオタクッ!、なに勝手な事、言ってんのよッ!」
店長である自分を無視して、一方的に話を進める彼に、ドカチンがオネェ言葉で言う。

「これから色々と大変な事もあると思うが、自分で決めた道だ…」
「だから平気だろ?、頑張れよ…白木!(笑)」

「はい!、お世話になりました!(笑)」(白木)

「だから何で、そっちで決めちゃうのよッ!?、店長はワシでしょッ!?」(ドカチン)

「白木さん、頑張ってね♪」
そこへ、ヤマギシあゆみも入って来て言った。

「ありがとう!(笑)」(白木)

「ちょっと!、店長はワシッ!」(ドカチン)

「有名になったら、サインくれよな…」
タカもニヤリと言う。

「勿論だよ!」(白木)

「じゃあな…(笑)」と彼。

「はい、お世話になりました!」
そう言ってお辞儀をする白木。



「なんで、そっちに挨拶しちゃってんのよッ!?」(ドカチン)

「じゃあね~♪」(ヤマギシ)

「はい、皆さんもお元気で…!」(白木)

「だから店長は、ワシ…ッ!」
真っ赤な顔でドカチンが言うが、こうして白木は店を後にするのであった。



「行っちゃったね…?」
店を出る白木の背中を見つめるヤマギシが彼に言う。

「ああ…」
そう言って白木を見送る彼。

「まったく、オタクたち…!、ワシの休みが減っちゃうじゃないのよッ!」(ドカチン)

「ドカチン…、でもな、これで白木が売れたら、ドラマで共演したセクシーな女優とか、この店に連れて来るかもしれねぇぞ…(笑)」
彼がニヤリと言う。

「うほぉッ!?」(反応するドカチン)



「黒木香とか、豊丸とか…(笑)」

「こーさん、それAVっすよ!(笑)」(タカ)

「うほほほほぉぉーーーーーーーッ!」
真っ赤な顔で興奮するドカチン。

「やべ…ッ!、ゲーハーセンサーが作動したッ!、タカ、ヤマギシ!、取り押えるんだ!」

※解説しよう。ゲーハーセンサーとは、頭頂部が薄い若ハゲのドカチンが、発情する時に起こる発作である。



「うほほほほぉぉーーーーーーーッ!」
身体を大きく揺らすドカチンを見た客は、恐怖で仰け反って見つめる。

「こーさんも手伝ってよぉッ!」
タカと一緒に、ドカチンを押さえているヤマギシが言う。
しかし、そんな状況とは裏腹に、彼は物思いにふけていた。



(人それぞれの道を行くか…)
(ベースの白川サンも辞めちゃったし…、これでまた振り出しに逆戻り…)

(なかなか前に進まねぇなぁ…、俺のバンドも…)

白木の出て行った店の入口を見つめる彼の後ろでは、必死にドカチンを押さえるタカとヤマギシの姿があるのだった。

… To Be Continued.