試みの水平線(夏詩の旅人 ~ ZERO) | Tanaka-KOZOのブログ

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★ついにデビュー13周年!★2013年5月3日2ndアルバムリリース!★有線リクエストもOn Air中!



 1986年7月
僕は、ギタリストのカズと一緒に、大学の側にある喫茶店「がらん堂」にいた。

「いやぁ…、藤枝チャン…、かわいかったなぁ…(笑)」



カズはニヤニヤしながら、先日やった、青学軽音サークルとの2回目の、BBQ懇親会を思い出しながら言う。



「あのシンセサイザー担当の、(背が)小っちゃいコの事か…?」
タバコを咥え、火を点けた僕が言った。

「でも、野間も捨てがたいし…、高田もソソル…(笑)」(カズ)

「誰でも良いんだな…?(苦笑)」

「しょうがねぇじゃん!、だってあいつら皆、俺に色目使って寄って来るんだからよぉ…」(カズ) ←オメデタイやつ(笑)

「弓緒(ユミオ)や、蕪元はどうだ…?、クミ長(クミ)もいるぞ…(笑)」
僕がカズに、他の女の子の事も訊く。



「クミちゃんは、もうカレシいるじゃん…!」(カズ) ←自分も!



「それにユミオや蕪元は、俺にはちょっと派手だからな…、俺は、来るものは拒まずだけど、落とすのに時間が掛るオンナは、後回しなんだ(笑)」(カズ)

「へぇ…、良いねぇ…、楽しそうで…(笑)」
煙を吐いた僕が言った。
するとカズが、ニヤニヤしながら僕に言って来る。

「なぁ…、今度、神宮プール行かねぇか…?(笑)」(カズ)

「プール…?、なんだ?、泳ぎたいのか?」

「違ぇ~よ!、誰が、神宮プールで泳ぎになんか行くんだよぉ!、あそこで泳ぐ若者なんて、誰もいねぇよ!」(カズ)

「意味が分からん…?」



「ナンパだよ!、ナ・ン・パ…ッ!、神宮プールは、ナンパする為に行くとこなんだよぉ!」(カズ)

「ナンパなんか、プールじゃなくても出来るだろ…?」

「かぁ~…、分ってねぇなぁ…。あのな…、神宮プールは、オンナの方もナンパ待ちしてンのッ!」
「ハイレグのネェちゃんたちが、ナンパされるのを承知で、いっぱい集まって来てンだよぉ!」(カズ)

「互いに利害が一致した、暗黙のルールがあると…?」

「そうだよ!、だから、あそこで呑気に泳いでるやつなんて、いねぇのッ!」
「みんなあそこで、ひと夏の経験を済ませたいと願って、集まって来るんだよぉ!」(カズ)

「つまり、新島みたいなモンか…?」

「そうだよ!」(カズ)

※当時、僕より少し上の世代では、新島は童貞を捨てるワンダーアイランドであった(笑)

「お前、そんなコト言っちゃって良いの…?、ヨリコが、この物語みてたら大変だぞ…(笑)」
※ヨリコは、カズのカノジョで将来の妻。



「構わねぇよ…(笑)、だってこの物語は、1986年当時のハナシじゃねぇか…」
「たとえヨリコが、今回の物語を読んだとしても、書かれたのが2024年なんだから、もお時効だぜ…(笑)」(カズ)

「俺…、海の方が良いなぁ…、夏だし…」

「いいぜ海でも!、ただしナンパはするからな…!(笑)」(カズ)

「分かった…。で、どこの海にする?」



「茅ヶ崎海岸はどうだ…?、サザン(オールスターズ:勝手にシンドバッドが舞台)の…。若者多そうじゃん(笑)」(カズ)

※当時の名称は、まだサザンビーチではなく、Cのモニュメントも無かった。

「そうだな…、じゃあ茅ヶ崎にするか…」

「よし、決まりだ!、児島(リキ)くんも誘って、バンドメンバーで行こう!」(カズ)

「はぁ~あ…」
すると僕は、大きく溜息をついた。

「どうした?」と、カズが訊く。



「お前は良いよな…?、カノジョ居て…。高1の時から付き合ってンだっけ…?」
「俺なんか、お前と知り合ったせいで、いつもお前とツルんでるから、カノジョなんか作るヒマねぇよ…」

「何だ、何だ!?…、オンナの事なんかで、ウジウジ悩みやがって…ッ」
「てめぇみてぇなヤロウはなぁ…、ソープ行ってスッキリして来いッ!、ハナシはそれからだ!(笑)」(カズ)

「ははは…、知ってるよ…それ…(笑)」
カズを指して僕が笑う。

「ソープ行って来いッ!(笑)」
繰り返し、また言うカズ。

「“試みの地平線”だろ?、北方謙三の…?、いつも読んでるよ…(笑)」

※ホードボイルド作家、北方謙三がホットドックプレス誌で連載してた、伝説の人生相談コーナー。
その中で、北方謙三が、くよくよ悩む当時の若者へ言っていた名ゼリフ。



ネットの無い時代、あの頃の若者たちはホットドックか、ポパイ誌か、どちらかを必ず買って、若者たちのトレンドを収集していた。(笑)

「そっか…、だから、今回の題名は、“試みの水平線”なのか…?、しょーもね…(笑)」
僕は、そう言うと、灰が落ちそうなくらい垂れ下がったタバコの火を、そっと消した。



 そして週末になった。
彼は、カズたちと電車を使って、茅ヶ崎海岸までやって来た。

ザザ~~~ン…。

静かな茅ヶ崎海岸では、波音だけが大きく聴こえる。
時刻は午後4時になろうとしていた。

「全然、いねぇじゃん…。水着のネーチャンなんか…」

砂浜に敷いたシートに寝そべったカズが、烏帽子岩を見つめながら、がっかりした口調で、隣で寝そべるリキに言う。

「やっぱ、早すぎたんじゃなぇの…?」
宮原学にクリソツな、ドラムの児島リキが苦笑いで言った。


※宮原学(ロックミュージシャン)

「今度海に来るときは、8月だな…?」(カズ)

「そうだよ…。まだ7月になったばっかじゃん…、いるわけないよ…」(リキ)

「なんかさ…、ここまでわざわざやって来て、ただ海の家で、ラーメン食べに来ただけじゃねぇ…?」(カズ)

「言えてる…。俺はカレーだったけど…」(リキ)



「なぁリキくん…、さっき俺が食ったラーメン、ネギが玉ねぎだったよ。八王子ラーメンと一緒だな?」(カズ)

「カレーで使う玉ねぎを併用してるだけだよ…」(リキ)

「そっか…、俺、なんでだろ?ってずっと考えちゃったよ…」(カズ)

「そういえば、こーくん帰って来ないな…?」(リキ)

「最後の悪あがきか…?(笑)」
「誰もいねぇのに、『ちょっとナンパして来る…』とか言っちゃって…、バカだよな…?(笑)」

カズがそう言って含み笑いをすると、自分の頭上から彼の声がした。

「ふふふ…、バカはオメエだ…(笑)」

「あ…!、やっと戻って来た」
リキが身体を起こして、彼に振り返る。

「収穫なしだろ…?」(カズ)



「収穫アリだ…(笑)」
彼がニヤリと言う。

「嘘つけ!」(カズ)

「本当だ…。ナンパに成功した…」
笑顔で彼がそう言うと、リキは「お~♪」と、感嘆な声を上げる。

「じゃあ、そのネーチャンたちは、どこに居るんだよぉ!?」(カズ)

「もう帰った…」

「やっぱ逃げられたんじゃねぇか!」(カズ)

「帰り際を捕まえて、声を掛けたんだ…」

「帰り際…?」(リキ)

「そうだ…。海をたまたま観に来てた、OLのネーチャン2人組に声を掛けた…」

「OLのネーチャン…?」(リキ)

「お前らの常識だと、海では水着を着たネーチャンしか、ナンパの対象にならん様だな…?(笑)」



「えッ!?」(カズ)

「ここに泳ぎに来てなくても…、水着を着てないオンナなら、いっぱい居るんだよぉ!、アタマ使え、どあほッ!(笑)」

「ぐぅッ…!」
カズが無念の声を発する。

「で…、連絡先聞いたのか!?」
リキが喰いつく様に確認する。

「勿論だ…。来週に合コンを設定した…(笑)」

「どうせ、バックレられちゃうんじゃねぇの…?」(カズ)

「なら、お前は来るな…。悪いが彼女たちは、絶対にバックレない…」

「その、確たる根拠とは…ッ!?」(リキ)

「簡単だ…(笑)、双方の利害を一致させただけだ…」
「お前らに言っても理解できねぇと思うが、これはハーバード大学の授業で行ってる交渉術だ…(笑)」

「すげぇな、こーくん!(笑)」(リキ)

「ど…、どうやって利害を一致させたんだぁ…!?」(カズ)

「カズ…、お前、来週の土曜日は何があるか知ってるか…?」

「いや、知らん…」(カズ)



「毎年行ってる、隅田川の花火大会があるんだよぉ!」

「花火観ながら合コンって…ッ!?」(リキ)

「花火観るのは合コンの後だ…。その前に昼間から合コンして、ネーチャンたちとの人間関係を構築する…!(笑)」

「言ってる事は分かるけど…、一体どうやって、ネーチャンたちをバックレられねぇ様に呼び出すんだよぉ!?」(カズ)

「屋形船を予約して合コンする…。隅田川を優雅に周遊する。楽しそうだろぉ~?」
「普通、屋形船なんか若いコは乗った事ないだろ?、だから喰いついて来た…(笑)」

「屋形船なんて、高さそうじゃねぇか…?、俺らがオンナの分も払うのか…?」(カズ)

「安心しな…、合コンは割り勘だ…(笑)」

「だとしても高いだろ?」(リキ)

「居酒屋で飲むのと変わンねぇよ…(笑)」

「そんなバカな…!?、屋形船っていったら、豪勢な料理が出て来て…」(カズ)

「それがあるんだよ…(笑)、1人五千円で、飲み放題、食べ放題の屋形船が…(笑)」

「ほんとか!?」(カズ)

「料理を、もんじゃ焼きのコースにすれば、1人五千円で屋形船に乗れンだよ…、知らなかったろ…?(笑)」

「ああ…、知らなかった」(カズ)



「どうだ?、屋形船の体験を格安で出来て、その後に、夏の風物詩の隅田川花火大会が観れる!」
「オンナのコたちが求めるニーズと、合コンしたい俺らのニーズがマッチした!、これ即ち、双方の利害一致の、ハーバード流交渉術の完成だと思わねぇか!?(笑)」

「お前のスゲェとこは、そんな大そうな交渉術を、しょうもないモンに応用できるとこだと、常々思っていたよ…」(カズ)

「ふふ…、ホメ言葉として受け取っておこう…(笑)」

「ホメてねぇけどな…」(カズ)



「ん!?」
カズに振り向く彼。

「いや…、何でもない…ッ(笑)」(カズ)

「どうだ?、お前らが来るなら、3対3で設定してやるぞ合コンを…ッ!」

「行くよ!」(リキ)

「行く、行く!」(カズ)

「それじゃあ、お前ら、当日までに少しでもオトコを磨いておけよぉッ!」

「なんだそりゃ?」(カズ)

「バックレられない様になぁ…、彼女たちの期待値も調整しておいた…(笑)」

「期待値の調整…?」(リキ)

「俺より、もっともっと、カッコイイ男を連れて来ると、言っておいたんだよぉ!」

「ふ~ん…」(カズ)

「でもな…、実際、合コンってもんは、いつもそうやって設定するんだけど、当日になったら、幹事同士が1番イケてるんだよなぁ?(笑)」

「それは、幹事の男も女も、自分の引き立て役になるやつしか呼ばねぇからだ(笑)」
「今回もそういう事になると思うが、頼んだぜカズよ!、わはははは…ッ!」

彼はそう言うと、高笑いをした。

(このアホウが…!)
カズはそう思うが、合コンを外される危険がある為、その言葉をグッと飲みこむのであった。


 そして、隅田川花火大会の当日となった。
彼らは船着き場からほど近い、最寄り駅で待ち合わせをした。

「おい…、ネーチャンたちまだ来ねぇけど、大丈夫だろうな…?」
カズが、待ち合わせ時間になっても現れない女性陣に不安を抱き、彼に問い詰める。

「大丈夫だ。心配するな…(笑)」
彼は笑顔でカズに言う。

それは、この日まで念入りにフォロー電話を掛け続け、前日も参加の確認を取っている彼の、自信の表れであった。



「ゴメ~ン、待ったぁ~?」
やがて待ち合わせ時間より、20分ほど遅れて、本日の合コン相手の女子たちが、浴衣姿で現れた。

「いや、全然…。俺たちも今、着いたところだよ…(笑)」←嘘(笑)、緊張して、待ち合わせの1時間近く前から男性陣は到着していた(笑)
笑顔の彼が、合コン相手の女子3名に言う。

「そう、良かった…」
彼が声を掛けた女性が、笑顔で言う。

「おい…、なかなか上玉じゃねぇか…(笑)」
ニヤついたカズが、小声で彼に言う。
そしてリキは無言で笑顔になった。

「だろ…?」
彼はそう言って、ドヤ顔をする。

「じゃあ、行こうか?」
それから間もなく、彼は女性陣にそう言うと、屋形船の乗り場までエスコートをするのであった。



 屋形船が隅田川を走っている。
彼らが乗り込んだ屋形船には、他の客も居り、船内の座敷には総勢50名近くの人々が乗船していた。

「じゃあ自己紹介と行こうか?(笑)、こいつは、カズ…、こっちはリキ…(笑)」
船着き場から発進して、一息ついた頃、彼がそう言って互いのメンバーの自己紹介を始める。

「さぁ、今日はもんじゃ焼きの食べ放題に、酒飲み放題だ…!、遠慮なく、じゃんじゃんやってくれ♪」
互いの自己紹介が済むと、彼はそう言って、もんじゃ焼きを作り始めるのであった。

同じ頃、他の座敷客も、もんじゃ作りを始め出す。
しかし、ここから間もなく、誰もが予想し得なかったアクシデントが、発生するのであった。

「暑いね~…?」
各座布団の上に置いてあった、団扇を仰ぎながら合コン相手の女性が言う。

「そうだね…、暑いねぇ…」
そう女性に応えるカズも、額に汗をかきながら団扇をパタパタと小刻みに仰いでいた。



実は、この当時の屋形船には、冷房が完備されていなかったのだ。
全開に開いた窓枠の上に、小さな扇風機が回っているが、それだけでは暑いので、全ての乗船客たちは、座布団の上に置いてあった団扇を仰ぎ始めるのであった。

しかし、それは“焼け石に水”にしかならなかった。
全開の窓からは、外からの熱い風。
目の前の、もんじゃを焼く鉄板からは、熱気が跳ね返る。

船内全体が熱気をかき回してる状態となって、やがて誰もがぐったりとなり、会話はしなくなるのであった。



「何か、食べる…?」
汗だくの彼が女性に、もんじゃ焼きを作ろうか?と、訊く。

「やめて…、頼むから、鉄板に火を入れないで…」
弱々しい声で、女性が言った。

「何か飲む…?」

「暑くて具合悪いから無理…、なんか気持ち悪い…」

女性らは、完全にグロッキー状態となっていた。
そして、やがて誰もが、この灼熱地獄のクルージングが、早く終わって欲しいと、心の中で願う様になるのであった。



「はぁ~…、暑かったぁ…」
船着き場に戻り、屋形船を降りた彼が言った。

そして他のメンバーも、ゾロゾロと船から降りる。
しかし誰もが脱水症状に近い状態のせいなのか、一人として口をきく者はいなかったのであった。

「まだ花火始まるまで、だいぶ時間あるけど…、このあとどうする~?」
彼が、幹事の女性に訊く。

「ごめ~ん、こーくん…、ちょっと無理…、私たち具合悪いから…、先に帰らしてもらう…」
ぐったりした女性が、息絶え絶えに彼へ言った。

「そう…、じゃあ、また…」
彼はそう言って、帰って行く女性陣を見送った。

「おい…、ネーチャンたち帰っちゃったじゃねぇか…」
汗だくのカズが彼に言う。

「はぁはぁ…、どうすんだよ?、この後…?」(リキ)

「せっかく、ここまで来たんだから、花火だけは観て行くか…?」

「ええ~!、男同士だけでかよぉぉ~!?」(カズ)

「そうだ…」

「俺、もお帰りたい…」(リキ)

こうして彼らは、男3人で隅田川花火大会を観る事となった。


ドドンッ

ヒューーーーー…!

パラパラパラ……。

夜空に放たれた花火を眺める彼ら。



「虚しいな…?」
コンビニで買った缶ビールを手にしたカズが、空を見上げて言う。

「ああ…」と、彼。

「同感だ…」(リキ)

それぞれが缶ビールを手にして言う。

浅草界隈は、どこも混雑して店の中に入る事が出来なかった。
だから彼らは、コンビニで缶ビールを買ったのだ。

「もお、帰ろうぜ…」
カズが言う。

「そうだな…」
彼がそう言って、地下鉄の駅へ歩き出した。

「あ!」
地下鉄駅入口の階段に着いた彼が、そう声を上げた。

「これじゃ、帰れねぇじゃん…」
カズがそう言って見つめる入口は、地下へと続く階段から地上の舗道まで繋がった、大行列であった。

「電車に乗れないぜ…」
リキが言う。

「しかたねぇ…、上野まで歩こう…」
彼がそう言う。

「ええ~!、マジかよぉッ!?」(カズ)

「大丈夫だ…。20分くらい歩けば着く…。その方が早い…」

「げぇぇ…、やっぱ、あンとき帰ってれば良かった…」(リキ)

「さぁ、行こうぜ…」
彼がそう言うと、一同は混雑した雷門通りを上野駅方面へと歩き出すのであった。



 2日後
大学近くの喫茶店“がらん堂”

「いよいよ、今週末から夏休みになるな…?」
カズが目の前に座る彼に言う。

「俺、ベースのローンがあるから、午前中からバイトに入ろうと思ってるよ…」
タバコをくゆらせた彼が、カズにそう言った。

「俺もビデオ屋のバイト、朝から入るつもりだ」
「ところでよ。この前、作った新曲の歌詞、もう出来たか…?」(カズ)

「ああ…、出来てるよ…」
そう言って、キャンパスノートに書かれた歌詞のページを開いて渡す彼。

「どれどれ…、ほぉ…」
ノートを手に取ったカズが、感嘆して言う。

「どうした…?」
カズに訊く彼。

「いやさ…、いつもより出来が良いなと思ってさ…」(カズ)

「そうか…?」

「うん…、なんかリアリティを感じる…」(カズ)

「ちょっと落ち込んでたからな、それ書いてた時は…」

「落ち込む…?」(カズ)



「ほら、この前、合コンしたネーチャン…、俺、ぜったいイケルと思ってたんだけど…」
「あれ以来、連絡が取れないんだよ…」

「電話に出ないのか…?」(カズ)

「うん…、留守電に残しても掛って来ない…」

「ははは…、そりゃフラレたんだよ…(笑)」(カズ)

「やっぱ、そうだよな…?」

「あんな最悪な合コン、なかなか経験出来ねぇだろう?(笑)」
「お前なんか、もお、二度と会うもんか!って思ってるよ、きっと…(笑)」(カズ)

「かぁぁ~~、失敗したぁ~!」

「それで落ち込んでたのか…?(笑)」(カズ)

「ああ…、いろいろ考えてた…。何がいけなかったのかなぁ…って…」

「なんだ、なんだ?、うじうじ悩みやがって…、てめえみてぇなヤロウはなぁ…」(カズ)

「『ソープ行って来い!』だろ?…、もお分かったよ!、お前、そればっかじゃねぇか…(苦笑)」

「ははは…、でもさ…、おかげで良い曲になりそうだな…?、新曲…(笑)」(カズ)

「そうだな…」
彼がボソッと言うと、カズがニヤリとする。



(そうかぁ…、こいつはフラレると、良い歌詞を書くんだぁ…?)
カズはそう思いながら、良からぬ事を企むのであった。



 夏休みに入った。
彼は午前中から、渋谷にあるダイニング“D”でバイトをしていた。

バイトは夜の9時までなので、午後3時になると、少し遅めのランチ休憩を取る事になっている。

「よお、ミマ…、外でメシ食いに行くけど、一緒に来るか…?」
同じく休憩に入るバイト仲間のミマに、彼は外食へ誘った。

2人はバイト先から、さほど離れていないレストランへ、一緒に入るのであった。
彼らは席に着いて、互いにメニューを眺めている。
すると、若いウェイトレスが笑顔で近づいて来て、ミマに話し掛けた。

「お客様、O短大の方ですか…?」



「はい…?」
ミマが振り返り、そうだと頷く。

「私もO短大なんですよ♪」
ウェイトレスが笑顔で言う。

「そうなんですかぁ」(ミマ)

「お客様、JJに出てますよね?、学校でも、有名ですよ♪、お店の男の子たちも、お客様の事、みんなキレイだって…(笑)」

※JJとは、当時あったファッション雑誌で現在は廃刊。CanCanも当時からあったが、この頃はJJモデルの方が格上に見られていた。



「え?、そうなの…?」

ウェイトレスが去った後、彼がミマに確認する。
ミマが、ちょっと微笑み頷いた。

「俺の姉キの親友も、JJのモデルやってたぜ…。ああいうのって、どうやったら成れるんだ?」

「私は、事務所に入ってるから、その関係で…」(ミマ)

「ミマって、芸能人だったの…!?」

「そんな、芸能人って程でもないよ…(苦笑)」(ミマ)

「でもTVとかに出るんだろ?」

「地方(ローカル)の番組とか、CMくらいだよ…(笑)」(ミマ)

「へぇ…、そうなんだぁ…?」
彼はこの時に、初めてミマがそういう事も、やっていたのだと知るのであった。



 それから、休憩から戻った彼に、金髪ソフトモヒカンのタカが、近づいて来て言う。

「こーさん、こーさん!…」(タカ)

「おう!タカ、おはよう…、今からか…?」
午後からバイトに出勤して来たタカに、彼が言った。

「こーさん、今度、一緒に海、行かない?」
タカがニヤッと笑って言う。

「海…?、どこの…?」
また海か…、と思いながらタカに訊く彼。

「伊豆の海っす…(笑)」(タカ)

「伊豆…!?、また随分と遠くだな…?、泊まりで行くのか…?」

「いえ、日帰りで…」(タカ)

「結構ハードなスケジュールだな…?」

「それが意外と、そうでもないんス…。品川から朝8時半の東海道線で熱海まで出て、そっから伊東線に乗れば熱海から90分くらいで着きます」(タカ)



「そっか、品川から熱海までも2時間くらいだから、合わせても3時間半ってとこか…?、ちょうど昼には着くな…?、で、伊豆のどこに行くんだ?」

「下田の手前の今井浜海岸ってとこです。キレイな海で良いとこっスよ~♪」(タカ)

「下田の手前って…、結構遠いな…?、なんでそこなんだ…?」



「俺のカノジョが稲取で、今度、帰省するんすよ…。それで実家の近くに、良い海水浴場があるってんで、そこに一緒に行ってから、カノジョは実家に帰るというハナシになって…」(タカ)

「タカって、カノジョいたんだぁ…?」

「ええ…(笑)」(タカ)

「全然、そういう気配なかったから、驚いたぜ…(笑)」

「だから、こーさんも駅弁買って、一緒に酒飲みながら、のんびり行きましょうや…(笑)」(タカ)

「それさぁ…、タカとカノジョの中に、俺が入るって事だろ…?、嫌だよ俺…」

「大丈夫っす♪」(タカ)

「何が大丈夫だよ!?、つまりタカは海水浴の帰りに、1人で東京に戻って来る、その3時間半が退屈だから俺を誘ってンだろ?」

「まぁ、それも無きにしも非ずですけど…(笑)、ちゃんと、2対2になるようにしときましたから…(笑)」(タカ)

「2対2…?」

「ヤマギシも行きます…(笑)」
タカが、同僚バイトのヤマギシあゆみの事を言う。



「なんで、あいつが来るんだよぉ!?、あいつカレシいるじゃん…?」
※当時のヤマギシは、バンドマンでベーシストのカレがいた。

「俺が『今度、カノジョと伊豆の海に行くけど、一緒に来るか…?』ってヤマギシに訊いたら、『来る』って言うんで…(笑)」

「それで、オンナ2人になっちゃうから、『こーさんでも誘おうか…?』って、ハナシになって…(笑)」(タカ)

「その展開が、意味わからん…?、なんでアイツ(ヤマギシ)が、それについて行く気になったんだぁ…?」

「まぁ、とにかくそういう事なんで…(笑)、来週の木曜ですから…(笑)」(タカ)

「分かった…」

この日、ヤマギシあゆみは、休みだったので確認できなかったが、取りあえず彼は了承するのであった。

 そして木曜日になった。
熱海から、各駅停車の伊東線に乗り込んだ彼ら。

電車に乗って1時間を過ぎた頃、4人掛けシートに座る、正面のタカと、そのカノジョは、うたた寝を始めていた。
もうすぐ目的地の今井浜海岸に到着する。



隣に座るヤマギシあゆみは、彼の持って来た、“るるぶ”を手に読んでいた。

※ネットの無い当時は、コンビニでも売っていた、“るるぶ”を買って、旅の情報をGETするのが習わしであった(笑)

(へぇ…、こいつホントに来たんだぁ…?)

隣のヤマギシを見た彼は、カノジョ連れのタカが、わざわざヤマギシを一緒に誘うなんて、何かあるな…?と、思うのだが理由は分からなかった。

「何?、こーさん…?」
視線を感じたヤマギシが、彼に振り向いて言う。

「いや…、何でもない…ッ、熱心に読んでるから、なんか面白い事でも書いてあるのかな?って、思ってさ…」
彼が慌てて、そう誤魔化した。

やがて15分程経ち、今井浜海岸駅に到着した。



「へぇ…、海がすぐ目の前なんだ…?」
高台に建つ駅の階段を降りながら、目の前にある海水浴場を見て言う。

それから彼らは海岸に着くと、海の家で荷物と貴重品を預けて、そこで水着に着替えるのだった。



「これでよし…、と…」
砂浜にレジャーシートを敷いた彼が言う。

海の家のすぐ先にシートを敷いたのは、その方が迷わず分かりやすい場所だと思ったからだ。
夏休みに入っているせいか、今井浜は結構、海水浴客で賑わっていたのだ。
※客層は、若者とファミリー層と、半々くらいだった。



「おい、タカ…」
シートに胡坐をかいている彼が、海を見ながら言う。

「ん…?、なんスか…?」(タカ)

「なんで今日、ヤマギシ誘ったんだ…?」

「え?」(タカ)

「いや、だっておかしいだろ…?」
怪訝な表情の彼

「そうスか…?(苦笑)」(タカ)

「そうだよ!、変じゃねぇか…」
彼がそう言うと、着替えを済ませた連れの女性陣が、こちらに向かって言った。

「待ったぁ~!?」
タカのカノジョが、そう言ってヤマギシと一緒に歩いて来た。

「お待たせ~♪」
ヤマギシはそう言うと、レジャーシートに座る。
2人が現れた事で、彼はタカに理由を聞き出す事を諦めた。

「あれ…?、ヤマギシ、水着に着替えてねぇじゃん…?」と、彼が言う。

それは、タカのカノジョはワンピースの水着に着替えていたが、ヤマギシは、白のTシャツにデニムのショートパンツを穿いていたからだ。

「下に着てま~す♪、ほら…(笑)」
ヤマギシはそう言うと、Uネックを引っ張り、中のビキニを彼に見せる。

「いや…、どうもありがとう…(苦笑)」

「きゃはは…!、なにそれ?」(ヤマギシ)

「だって、そんな風に見せられて、なんてコメントすれば良いのか、分からないよ…(苦笑)」



「ドカチン(バイト先の店長)なら、一発でゲーハーセンサー発動だな…?(笑)」
隣のタカが、ヤマギシに言う。
すると、その場にいる全員は笑い出すのであった。



「俺、ちょっと海の方、行って来る…」
シートの上でしばらく談笑していた皆を残し、彼はそう言うと、浜辺の方へと歩き出すのだった。

ビーサンで、砂浜を海岸沿いに歩く彼。
浜辺の端の方まで進んで行くと、そこで声を掛けられた。

「オニーサン!、オニーサン♪」
レースクィーンみたいな、白いコスチュームを着た女性が彼に言う。

「はい…?」
その女性に振り返る彼。



「オニーサンは、タバコ吸います…?」

「吸うよ、メンソールだけど…」

「きゃあ♪、丁度良かった!、これ、新製品のメンソールなんです…。良かったらどうぞ…(笑)」

「タダでくれンの…?、ラッキ~♪」
彼はそう言うと、女性からタバコを受け取った。

「君は、キャンギャルなんだ?、よく居酒屋で飲んでる時に、タバコの試供品を持ってくるネーチャンたちと同じって事だろ?」
※言うまでもないが、キャンペーンガールの事である(笑)

「はい、そうです(笑)」

「こんな海水浴場でも、タバコ配ってるンだぁ…?、暑くて大変だなぁ…」

「ええ、暑いですよ、ホントに…(苦笑)」
「オニーサンは、地元の方ですか…?」

「違うよ…、東京から来てる。日帰りで…」

「え!?、私も東京から来てるんですよ。大田区から…」

「君も日帰りで…?」

「いえ、私は住込みで、2週間だけ、ここでアルバイトを…(笑)」

「住込みかぁ…、大変だなぁ…」

「いえ全然…!、それに、知らない土地の人たちと出会いとかもあって、結構楽しいですよ♪」

「へぇ…、そうなんだぁ…?」
「ん!、待てよ…ッ!?」

「どうしました?」

「ありがとうネーチャン♪、俺も、夏休みに住込みバイトする事に決めた!」

「え?、キャンペーンガールをですか…?」

「違う、違う…!(笑)、じゃあ頑張って!、タバコありがとー!」
彼は、そう言うとその場から去って行った。

その頃、その様子を遠巻きに見ていたヤマギシが呟く。



「あれ…?、こーさん?、何やってンのかしら…?」
ヤマギシも、カップルの2人を置いて、砂浜を散策していた様であった。

「へへへ…、タバコ貰った…(笑)」
戻って来た彼が、タカとそのカノジョに、タバコを見せながら言う。

「貰った…?」
タカが訊く。

「こーさん、さっき誰と話してたの…?」
そこへヤマギシも戻って来て、彼に訊いた。

「キャンギャルのネーチャンだよ…(笑)、新製品を海で配ってるんだってさ(笑)」

「そうなんだ…?」(ヤマギシ)

「俺さ…、キメたぞ…(笑)」

「何を…?」(ヤマギシ)

「8月から海の家で、バイトする…(笑)」

「ええ~ッ!?、今のバイト辞めるんスかぁッ!?」(タカ)

「辞めないよ…(笑)、だけど、1ヶ月だけ休ませて貰う…(笑)」

「ドカチンが許すかなぁ…?、夏は忙しいから…」(ヤマギシ)

「許すも許さないも、俺はもうキメちゃったんだ♪」

「どこで働く気ですか…?」(タカ)



「まぁ、江ノ島辺りが良いんじゃないかな…?(笑)」

「江ノ島かぁ…」(一同)

「まぁ、キミタチも、暇なときにでも、俺の居る海の家に来てくれよ!(笑)」

「もお、採用された気でいる…」
呆れ顔のヤマギシが、彼の事を指して言う。

「大丈夫だよ!、ああいうバイトは常に人手不足だから、短期でも採用するんだって…!(笑)」

「ふぅ~ん…」(一同)

(へへへ…、これで俺にも、やっとカノジョが出来るぜ…)
彼はそう思うと、含み笑いをするのであった。



翌日
渋谷ダイニング“D”

「まったくオタクったら、勝手に決めちゃってさぁ…」
先ほど彼から、8月いっぱいバイトを休むと伝えられた店長のドカチンが、ブツブツ文句を言う。

「まぁ、そういう事だから、よろしく…(笑)」

ドカチンにそう言って、ホール勤務へ入る彼。
すると背後から、同僚のミマがイキナリ声を掛ける。

「ちょっと、こーさん…!」

「ん!?」
彼がミマに振り返る。

「昨日、ヤマギシさんと海に行ったんですって…!?」
いつもはクールなミマが、語気を強めて言ってきた。

「え?…、そうだよ。よく知ってンなぁ…?(笑)」



「なぁ~にぃぃ…、まったく…ッ」(ミマ)

「別に…、タカに誘われて4人で行ったんだぜ…」
彼がそう言うが、ミマは無言でプイっと振り返り、行ってしまった。

「なんだよ…?、なに怒ってンだ…?」
ミマの背後を茫然と見つめる、彼が言う。

「ふふ…、大変ですね…?」
そこへタカが、含み笑いをしながら近づいて来た。

「何なんだよ…?、意味が分からん…?」
彼がミマの背後を指しながら、タカに言う。

「焼いてンすかねぇ…?(笑)」(タカ)

「そうなのかぁ!?…、だけど、普段は全然、そんな素振りなんてなかったぜ…」

「あのコは、プライドが高いから、そういうのは出さないんですよ…、きっと…」(タカ)



「ふぅ~ん…」
彼が困惑しながら言う。

今、思い出してみても、ミマがこんな風に、彼を怒ったのは一度きりであった。

たぶんこれは、JJモデルのミマにとって、自分以外の女の子へチョッカイを出した彼に対して、プライドが傷つけられたのではないかと、今にしては思う。
※別に彼が、チョッカイを出して、海に行ったワケではないのだが…(笑)

 何はともあれ、8月からは、海の家のバイトが始まる。
次回は、海の家の面接から始まり、採用になった1ヶ月間の思い出を書いて行こうと思う。

… To Be Continued.