注文の無い ら~麺店(夏詩の旅人 3 Lastシーズン) | Tanaka-KOZOのブログ

Tanaka-KOZOのブログ

★ついにデビュー13周年!★2013年5月3日2ndアルバムリリース!★有線リクエストもOn Air中!

 2013年 9月 埼玉県比木郡とつがわ町 

バシュゥゥゥーーンンッッ!



とつがわ町の国道に、突如光の輪が現れた!
その輪から1台の軽トラックが、バウンドする様に国道へ飛び出す!

ドンッッ!

「うひょぉぉぉ~~♪」
軽貨物車の運転手のハリーが、雄叫びを上げた!

ブロロロローーーーーッ!

軽貨物車は、そのまま誰も走っていない、雨の国道を疾走する。



「こいつぁスゲエすッ!、ホントにワープしちまったでやすッ!」
時空の輪から飛び出して来たハリーが、声を弾ませて言った。

「あんとき中出氏が言った、波動エンジンを使えば、日本中どこでも楽に配送できるってハナシは、本当だったんでやすね~♪」

「ワープ走行を可能にした、この軽トラを使って配送業を始めるなんて、中出氏も上手い事、考えやしたねぇ…(笑)」



ハリーは、中出氏のシャクレ顔を思い出しながら、そう言った。

「じゃあ早速、配達先へ向かうとしやすかぁ~~♪」
ハリーはそう言うと、上機嫌に歌い出した。

「嵐ぃ~と、共にぃ、やぁってぇぇ~え来とわぁ~♪」

「どわれだぁ!?、どわれだぁ!?、悪を蹴散らす、嵐のオ・ト・コ~~~~~ぉぉっと、くらぁぁ~~♪」

子門真人のモノマネ気取りで、ハリーは歌い続けながら、雨の国道を走らせるのであった。
仮面ライダーのうた  藤浩一(子門真人)






 埼玉県とつがわ町を疾走するハリーは、宅配物を順調に届けて行った。
残りの荷物があと1つとなった頃、昼食をまだ済ませていなかった事に気が付く。

そこでハリーは、飲食店を探しがてら配達する事にした。
運転するハリーは、先月の事を思い出していた。
あの波動エンジンの開発に関わる説明を、中出氏から聞いたあの日の事を…。




 2013年8月 東京都青梅市 中出氏邸

「ハリーさん、5月に言ってた運送業を始めるってハナシ、覚えてますか?」
中出氏邸の居間で、くつろいでTVを観ていたハリーに中出氏が話し掛けて来た。

「え!?、あの波動エンジンを改良する事に成功したら、始めるって言ってた例のハナシでやすか?」

中出氏に振り返ってハリーが言う。



「そうです。あのハナシです」
「あれから3ヶ月…。ついに、貨物トラックにワープ機能を着ける事に成功しました」

「これで世界中どこでも、瞬時に配送が可能となりました。渋滞の無い、素早い配送で我社は大儲けです(笑)」(中出氏)



「あの~…、以前もお訊きやしたけど、なんで(宇宙戦艦)ヤマトに出て来る、波動エンジンの設計図を、中出氏はお持ち何ですかい?」
ハリーが訝し気に尋ねる。

「そうでしたね…。そのハナシをいつか聞かせると言ってましたね?」

「分かりましたお話します…。なぜ我々、ナカデグループ ホールディングスが、波動エンジンの開発に成功したのか…」
中出氏は、そういうと語り始めるのであった。

「これは古い話になります。日本は明治時代に入ると、急激な工業生産の発展が進みました。しかしそれと同時に、足尾銅山鉱毒事件や 浅野セメント降灰事件といった、公害問題も出始めます」

「そして時代が昭和になると、日本は高度経済成長期迎えます。しかしそれと同時に、公害問題は増々加速して行きました。

「工場で使われた排水を、そのまま川や海に垂れ流し続けたり、有害物質を含んだスモッグによる大気汚染…。それらを放置した結果、熊本や新潟の水俣病、イタイイタイ病、そして、四日市ぜんそくといった、四大公害病の裁判が昭和46年を皮切りに、続々と起こりました」(中出氏)



「それ、あっしがガキの頃の話でやすから、覚えてやす…。あっしがガキの頃は、隅田川や目黒川なんか、ただのドブ川で臭かったでやしたよ」

「東京湾で釣れたハゼなんか、工業汚水で姿が奇形してて、食えたモンじゃなかってでやすよ…」(ハリー)

「そうですよね?、ところが、あれだけ酷かった公害汚染が、いつのまにか治まったのに、疑問を感じませんか?」

「各地の河川が、ドブ川から一級河川へ、急速に変化して行ったのを不思議と思いませんか?」(中出氏)

「確かにそうでやすねぇ…?、あの頃の東京は、今では信じられないくらい汚かったでやすよね?」(ハリー)

「そこで、この公害問題の解決に、我社の技術が大きく関係して来るのです。その一大事業の功績によって、ナカデグループは大きく成長する事となったのです」(中出氏)

「技術って何なんでやすか?」(ハリー)

「これです…」
そう言ってハリーに、置型タイプの消臭剤みたいな物を見せる。

「何すかこれ?、消臭力でやすか?」(ハリー)

「違います。これは、“チョウシュウリキ”です」(中出氏)

「プロレスラーの?」(ハリー)



「それは、サソリ固めの長州力ですよ…」

「これは、“超臭力”といって、空調固定制御装置…、別名“コスモクリーナー”といいます」(中出氏)



「どう見ても、ラベルを変えただけの消臭力にしか、あっしには見えやせんが…」(ハリー)

「違います。この“超臭力”を使って、日本の公害問題は一気に解決したのです!」

「この装置は、地球から14万8000光年離れた大マゼラン星雲にある、イスキャンダル星のスジャータさんから頂いた設計図を元に製造したものです」(中出氏)

「ホントでやすかぁ…?、信じられやせんよ中出氏…」(ハリー)

「あれは1970年代初頭…、私がまだ生まれて間もない頃の話です」
「私の父、中出ヨシマサが、祖父のヨシツネと共に、多摩川で釣りをしていた時の事でした」

「午後になり、そろそろ納竿しようと思っていた時です。私の父と祖父のいる多摩川の上空から、一機の飛行体が突然墜落して来たのです!」

「2人は恐る恐る、その墜落した飛行体に近づきます」
「大きく破損したその飛行体は、人間が1人乗り込めるかどうかの、小さな飛行体でした」



「私の父ヨシマサが、その飛行体のハッチを開けると、そこには絶世の美女が、小さなカプセルを抱いて絶命してしたそうです」



「そこで2人は、そのカプセルを自宅に持ち帰り、解析を始めようとしました」
「すると、カプセルから突然ホログラム映像が映し出されて、こう言ったそうです」



「私の名は、スジャータ…。私は、地球から14万8000光年離れた大マゼラン星雲にある、イスキャンダル星に住んでいます」

「公害で汚染の激しい地球を救う為、空調固定制御装置、“コスモクリーナー”を差し上げますので取りに来て下さい…」

「ですが、14万8000光年離れた大マゼラン星雲に辿り着くためには、ワープ走行が不可欠となります」



「なので、ワープ走行を可能とする、波動エンジンの設計図を、このカプセルのデータの中に収めます」

「それを元に、イスキャンダル星までお越しください…。何か分からない事があった時は、サポートセンターにつながるモバイルホンを一緒に入れておきましたので、ワタシニ、電話して下さい…。ドゾヨロシク!…と」(中出氏)



「へぇ…、それで中出氏の親父さんたちは、イスキャンダルへ行ったんでやすか?」(ハリー)

「いえ…、行ってません」(中出氏)

「え?」(ハリー)

「だって、波動エンジンの設計図だと思って中を見たら、スジャータさん、間違えてコスモクリーナーの設計図を入れちゃってたんですよ」(中出氏)

「何スカそりゃあ!?」
ガクッと崩れるハリー。

「だからしょうがないんで、サポートセンターに電話してスジャータさんに、波動エンジンの事、聞いたんですよ」

「そしたら、口で説明するのは大変だから…、当時はモバイルホンの通信料も高かかったからでしょうか?」
「スジャータさん、FAX番号教えてくれって言うから、父は番号を教えまして、それで事が済んじゃったんですって…。だから、イスキャンダルへは行かなかったそうです」(中出氏)

「なるほど…、そういうワケだったんでやすかぁ…」←なぜ納得する(笑)
「でも中出氏、あっしは大型免許を持ってやすが、貨物トラックの運転手みたいに、積み荷をビッシリ隙間なく詰め込むなんて芸当は、無理でやすよ…」(ハリー)

「ハリーさん、全然大丈夫です!、トラックは軽トラですから…」(中出氏)

「それじゃあ、いくらワープ出来ても、荷物を積むのに限界がありやすよ!」(ハリー)

「トラックは、カラっぽの状態で走ります」
「配達先に着いたらハッチを空けて、お荷物ナンバーをバーコードで読み込めば、アマゾンの配送センターに置いてある商品が、荷台から瞬時に出て来る仕組みになってますので、ご安心ください(笑)」(中出氏)

「そんな事、出来るんでやすかぁッ!?」(ハリー)

「大丈夫です。アマゾン配送センターの現地スタッフに、瞬間物質移送機を渡してありますので…」(中出氏)

「それって、ドメル戦法じゃねぇでやすかぁ~ッ!?」(ハリー)


※ガミラス帝国 ドメル将軍が、ヤマトを窮地に追い込んだ装置



「私の人生、バーリトゥード(何でもあり)ですから…」
中出氏はそう言うと、中指でメガネのフレームをくぃっと上に押し上げるのであった。

以上、回想シーン終わり


 雨の国道を走るハリーの軽トラック。
時刻は午後1時になろうとしていた。

「それにしても、ここは何にも無ぇところでやすねぇ~…、飲食店がまったく無ぇじゃないすかぁ…」

ハリーがそう言って諦めかけていると、進行方向右側に一軒のラーメン店を発見するのであった。

「ああッ!、やっと食いもん屋がありやしたぜ♪」
ハリーはそう言うと、ウィンカーを点滅させ、ラーメン店のある方向へとハンドルを切った。



軽トラを店の前に停めたハリー。
店の前に立つと、看板を見て言う。

「志村軒…。なんか、ドリフのメンバーみてぇな店名でやすなぁ…」
ハリーはそう言うと、国道沿いに建つ、その小さなラーメン店へと入るのであった。

ガラガラ…。

横扉の入口を空けるハリー。
すると店内からイキの良い声がした。

「へぇい、らっしゃぁぁ~いッッ!」

カウンター越しから、小太りで30代後半くらいの男性が、タオルをハチマキにして立ってそう怒鳴る。

昼時だというのに、店には誰も客が居なかった。
ハリーは店員に軽く会釈をすると、席に着いた。



店内は狭く、カウンター席しかなかった。
イスのすぐ後ろは壁になっていて、店の男性と向き合う様な感じとなり、非常に圧迫感を感じるのであった。

「すいやせん…、ラーメンを…」
メニューを見たハリーが、目の前の店主にそう言うと、彼は不機嫌そうな顔で、壁の貼り紙を無言で指した。

「ん?」
ハリーがその貼り紙を見る。

すると紙には「当店は一人でやっております。注文はテーブルに設置したメモ紙に書いて、自分の前に出しておいて下さい。尚、お冷もセルフサービスとなります。以上」と書かれていた。

ハリーは、「へぇ…、そういうシステムなんスかぁ?」と、気づき、目の前のメモ用紙に「ラーメン」と書く。
そして、一段高くなっているカウンターへ、注文の書かれた紙を置いた。

それを見た店主が、無言でハリーの注文用紙を取る。
そして彼はラーメンを作り始める。
ハリーは、そんな店主の後姿を横目に、ポットに入ったお冷を自分で汲みに行く。

それから5分ほど経つと、ハリーの前にラーメンが出て来た。

「へいッ、お待ちッッ!」
店主がそう言って置かれたラーメンは、昔ながらのシンプルなラーメンであった。



ハリーは、こういう見た目のラーメンが好きだった。

最近は、奇をてらったラーメンが流行っていて、チーズ入りや、トマトスープ入りみたいなラーメンが多く、ハリーは懸念していたのだ。

それでもハリーは、味をあまり期待せずに箸を取った。
それは旨いラーメンであるのなら、こんな昼時に誰も客が居ないなんて事はないからだ。

レンゲにスープを入れ、口をつけるハリー。

「んッ!?」
スープを一口飲んだハリーが驚いた。
そして続けて麺を啜った。

「んんッ!?」
予想外の味であった。
単なる昔ながらのラーメンではなく、本当に旨いラーメンの味にハリーは驚いたのだ。

「大将!、このラーメン、すげぇ旨いでやすよッ♪」
思わずそう口にするハリー。

「ほぉ…、アンタ、ウチの味が分かるんかい…?」
不愛想な店主が、素っ気なく言う。

「いや、ホント旨いでやすよ…(笑)」
笑顔のハリーはそう言うと、目の前のコショウを手に取る。

「あっしはねぇ…、こういうラーメンに、これを少し入れるのが好きなんでやすよ…(笑)」
そう言ってコショウをかけようとした瞬間、店主が怒鳴った!

「こらッ!、何してんだぁ!、ウチのスープは、そのままで良いんだよぉッ!、余計なもん入れるなぁッ!」(店主)

「いや…、あっしはこうやって食べるのが好みなんで…」
コショウを振りかける手を止めているハリーが言う。

「やめろ!、このまま食べるのが1番旨いんだよぉ!」(店主)

「どう食べたって良いじゃないでやすか…、客の好きな様に食べさせてくださいよ大将…」(ハリー)

「ダメだって言ってんだろッ!、分かった!、アンタもお帰ってくれッ!」(店主)

「ええッ!?」(ハリー)

「カネは要らねぇッ!、とっとと帰ってくれッ!」(店主)

「カネはちゃんと払いやす…。だからラーメン食べさせてくださいよ…」(ハリー)

「ダメだ!、帰れッ!」(店主)

「何でそんな事、言うんでやすか?」(ハリー)

「俺には、こだわりがあるんだよぉ!、俺の1番、信じてる味を食ってくれるやつ以外は客じゃねぇ!」

「ウチの店に来る客は、俺の味を信じてる、そういった客だけで良いんだよぉ!」(店主)

「大将…、何をそんなに尖がってるんでやすか…?、あれ、大将でやしょ?」
ハリーはそう言って、壁の額縁を指す。
額縁には、腕を組んで立つ、目の前の店主の写真が入っていた。



「ラーメン屋だからって、ナメられてたまるかッ!」(店主)

「別にナメていやせんよ…」
困り顔のハリーが言う。

「俺は、ラーメンをフレンチの域まで押し上げる気概でやってんだ!」(店主)

「フレンチって…、フランス料理の事を言ってンでやすか?」(ハリー)

「そうだ!」(店主)

「別にフランス料理だからって、中華よりも偉いんでやすか?」(ハリー)

「俺はそう思ってないが、世間一般のアホどもはそう思ってるだろ!」(店主)

「いやぁ~…、大将こそが、実は1番そう思ってるんじゃないでやすか?」(ハリー)

「何ッ!?」(店主)

「確かにフランス料理は、宮廷料理として出されてますが、元々は中華料理と同じ、大皿に盛られて、皆で小分けして食べてた料理でやすよ」

「今のコース料理みたいな、上品なスタイルになったのは、日本の懐石料理のスタイルをフランス料理の方が真似たからじゃねぇでやすか…」(ハリー)



「そうなのか!?」(店主)

「そうでやすよ…。それに今や日本のラーメンは、本場の中国よりも旨いって、海外でも評価されてミシュランで星がたくさんついて紹介されてやす」

「アメリカでラーメン食べたら、一杯3000円も取られる高級料理でやすよ。全然、恥じる事なんかねぇでやすよ」

ハリーがそこまで言うと、店主は「うう…ッ」と唸るのであった。

「大体、接客業なんだから、もっと愛想よくした方が良いんじゃないでやすかい?」
「こう言っちゃ何ですが…、あっししか客が居ないのに、お冷もセルフで注文も取らないなんておかしいでやすよ」(ハリー)

「ダメだ!、それは店のルールだから変えられん!」(店主)

「なんでそんなルールにしたんでやすか?、必要ないじゃねぇすか?」(ハリー)

「必要だったんだ!…、以前はな…ッ」(店主)

「以前…?」(ハリー)

「この店だって以前は、混んで混んで、手が回らなくて、しょうがないくらい繁盛してたんだ!」(店主)

「いつから、こんな風になっちまったんでやすかい?」(ハリー)

「ちょうど1年前になる…。この店を始めた頃は、繁盛してたんだがなぁ…」
店員はそう言うと、少し寂しそうな顔をした。

「このお店は、いつ頃から始めたんでやすか?」(ハリー)

「この店は、今から3年前…、ちょうど木枯らしが吹き始めた10月の終わり頃だったかな…?」

店主はそう言うと、開業当初の事をポツリポツリと話し出すのであった。


 俺は高校生の頃、東京にある有名なラーメン店でアルバイトをしていた。
そこで出会った大将の仕事ぶりに感動して、いつか俺もラーメン屋を開業したいという思いが芽生えて来たんだ。

高校を卒業後、俺はそのラーメン屋の大将に弟子入りを志願して、一生懸命修業した。
弟子入りしてから5年後、いつしか俺はその店を任されるまで腕を上げて行ったんだ。

そして30歳になると同時に、独立したい旨を大将に話してみた。
大将はとても喜んでくれて、快く俺を送り出してくれたんだ。

この町に店を出す事に決めたのは、地代が安かったからだ。
俺は貯金をはたいて、小さいながらも、ここで店を構える決心をした。



不安なんか無かった。俺は自分の作るラーメンの味に自信があった。
小さい店でも、旨いラーメンならきっと客は来てくれると信じていた。

もし、店が繁盛しなかったとしても、俺は構わなかった。
それは、自分の店を始めるのは、ずっと俺の夢だったからな…。

例え貧乏する事になっても、俺の作るラーメンを求めに来てくれる人が1人でもいれば、俺はラーメン屋を続ける気持ちだったんだ。

ラーメン屋を始めて、最初に来てくれた客は、中学生の孫娘を連れたおばあちゃんだったよ。
俺は金が無かったから、店のオープンを知らせるチラシを作る事も出来なかったんだ。

嬉しかったよ。

どんな店なのか分からないのに、俺の店に初めて来てくれた最初のお客さん。
俺は必死になってラーメンを作った。

このお客さんを喜ばしたい!
俺のラーメンを食べて、笑顔になって貰いたいと!

以下、回想シーン


「お冷のおかわり入れますね!」
笑顔の店主が、ラーメンを食べている老人のコップに水を注いだ。

「おにいちゃん…、このラーメン、美味しいねぇ…」
お冷を注ぐ店主に、老人は満面の笑みでそう言った。

「ホントですかッ!?」
店主はその言葉に喜んだ。

「ホントよ!、ねぇ加代…?」
老人は隣の孫娘に、そう言う。

「うん!、ホント美味しい♪、こんな美味しいラーメン食べたの生まれて初めて♪」
孫も笑顔で言った。

「あ…、ありがとうございます…ッ!、この店、他にも美味いものいっぱいあるんですよ!」
「そうだ!、ちょっと待ってて下さい!」

店主はそう言うと、急いで厨房へ踵を返し、何かを作り出した。
厨房からは、ジュージューと、何かを炒めている音が聴こえた。

「はい、どうぞ!」
笑顔の店主はそう言うと、2人の目の前に餃子を出す。

「え?」
驚く2人。

「食べて下さい!、これはサービスです!」(店主)

「ええ…ッ!?、良いわよ、おにいちゃん悪いわ…、お金払うから…」
老人が言う。

「良いんです!、俺が勝手に出したんだから…!」
「ぜひ2人に食べて貰いたいんです!」

笑顔でそう言う店主の好意を断る事も出来ず、2人は餃子をいただく事した。
そして、店主が出した餃子を食べた2人が言った。

「あらぁ~♪」(老人)

「美味しい~~♪」(孫娘)



店主が自信を持って出した餃子。

皮はもっちりで厚みがあり、かじると中の餡は、肉汁がジュワっと出て来てとてもジューシー。

餡の中には、刻みシイタケがまぶしてあり、食べた2人は口の中でその風味が広がって行った。

「この餃子も美味しいわぁ♪、私ね、次に来た時も、この餃子、必ず注文するからね」(老人)

「良かったね?、おばあちゃん♪」
笑顔でそう言う孫娘。
それからしばらくして、2人は帰る事となった。

「はい、ご馳走様…」
そう言ってカウンター越しから会計をする老人。

「ええっと…、ラーメン2つですので、おつりは…」
店主がそう言って、おつりを渡そうとする。

「良いんですよ…、それは餃子の分だから…」
店主の手を差し戻して、笑顔の老人が言った。

「いや…、そういうワケには…、あれは俺が勝手に出したんだし…」(店主)

「とても美味しかったですよ(笑)、あんなに美味しいもの食べて、お金を払わない訳にはいきません」

「おにいちゃんも、これから大変なんだから…。頑張ってね。また来るね」
老人の温かい言葉に、店主は心から感謝し、目が潤むのであった。


 それからも、老人と孫娘は、店によく来てくれた。
お客はまだまだ少なかったけど、俺の味を求めに来てくれる客が少しずつ増えて行った。

俺はやりがいを感じ、充実した毎日を過ごしていた。
そんな時、常連の1人が、グルメサイトに俺の店の事を書いてくれたんだ。

その記事は、俺の店の事をとても良く書いてくれた。
それを機に、この店の客がいっきに増えたんだ。

開店前から、行列が出来る様になった俺の店。
俺は困惑した。でも俺の信じた味は、やっぱり間違えてなかったんだと確信した。

早く俺のラーメンを食べて貰いたい!、お客をいつまでも外に並ばせておくワケにはいかねぇ…。

とても1人で回せなくなった俺は、お冷をセルフにし、注文は今のメモ用紙に書いて貰うスタイルに変えたんだ。

お陰で俺はラーメン作りに集中できた。
だがシステムを変えた事で弊害も発生した。

比較的、年齢の若い常連客は、壁紙にすぐ気が付いて対応してくれた。
だが年寄りたちは、システムが変わった事に気が付かない者たちも多かったんだ。

いつまで経っても注文を取らない俺に、怒り出して帰ってしまう客も出て来た。
だが俺は、それでも構わないと思った。

こんだけ客が集まる店なんだ。
ちょっとくらい客が減ったって構うもんか!

俺の店には、俺のラーメンが食べたいやつらだけ来てくれれば良い!
俺はあの頃、少し天狗になってたかも知れねぇ…。



 そんなある日、あの婆さんと孫が、久しぶりに店にやって来たんだ。
その日は、いつもに増して客足が多かった。

2人は相当、外で並んだに違いない。
それは店に入に入って来た婆さんの顔が、とても疲れている様に見えたからだ。

案の定、注文方法が変わった事に、婆さんたちは気が付かなかった。

注文が途切れない事で、俺が余りにも忙しそうにしていたので、婆さんたちは気を使ってたんだろう。
店が落ち着くまで、俺に声を掛けて注文するのを止めていたんだと思う。

俺はラーメンを作りながらヤキモキしていた。
それは婆さんたちが店に入って20分も経つのに、注文をしないからだ。

2人より後から入った客たちは、次々とメモ紙に注文を書いて出して来る。
俺は2人に注文方法が変わったんだと、知らせてやりたかった。

だが他の客の手前、2人だけを特別に扱う事が出来なかった。
それをやってしまえば、もう俺は店を回す事が出来なくなってしまうからだ。



(婆さん!、貼り紙!、貼り紙だよ!、システムが変わったんだ!、頼むから気づいてくれよ…!)

俺はそう願って、オロオロする2人をチラ見しながら、ラーメンを作り続けた。

やがて2人の隣に座る親切な客が、婆さんに注文方法を教えてくれた。
俺はホッした。だが婆さんたちにラーメンと餃子を出すのに、2人が店を訪れてから1時間も経ってしまっていたんだ。

「忙しそうね?」

やっとラーメンを食べ終えた婆さんは、あんなに待たされたのに、いつもの笑顔で俺をねぎらってくれた。

「ばあさん…、今度、空いてるときに来てよ…」

俺は空いてる時なら、以前のスタイルで婆さんに接客できると思い、親切心からそう言った。

だが婆さんは、そう受け取らなかった様だ。
それは、俺がそう言ったあと、少し寂しい表情をしたからだ。

そして店は連日、益々忙しくなって行った。
以来、あの老人と孫娘は店に現れる事はなかった。



 それから1年以上過ぎた頃、この町に新しいラーメン屋がオープンする事になったんだ。

そのラーメン屋は、TVで芸能人が紹介する有名店で、この度、新たにオープンする店は、その本店の大将が初めて弟子に暖簾分けを許した店だった。

そんな店がこの町にやって来るとなりゃ、大きな話題となって、たちまちその店は大行列の繁盛店となったんだ。

向こうの店はスタッフも大勢いる広い店だった。
広くてもサービスが行き渡り、どんどん評判になると俺の店で並んでいた客たちは、みんなそっちの方へ流れて行った。

結局、俺のラーメンの味なんて、誰も分かっちゃいなかったんだと思ったよ。
あいつらは、俺の店の前に出来た行列に釣られて、来店してただけなんだとね…。

そしてそれから間もなく、例のグルメサイトに俺の店の悪口が書き込まれたんだ。

「客も入ってないくせに、態度のデカイ店主」だと、「感じ悪い店だから、入らない方が良い」とか書き込まれちまったんだ。

それからは、坂を転げ落ちる様に客が減ってな。
この有り様ってワケだ。

以上、回想シーン終わり




「なんで大将は、あの婆さんと孫に親切にしなかったんでやすか?、少なくともその2人だけは、大将の味を本当に旨いと思ってたはずでやすよ」

一通りの話を聞かされたハリーが店主に言う。

「そんな余裕は無かったんだよ!、あのな…、人が他人に親切ができるのは、自分に余裕がある時だけだ!」

「自分に余裕がなきゃ、人は他人に親切なんか出来ねぇんだよ!」(店主)

「大将…、あなたは親切にする事とは、自分が相手に、何かを与えてやるといういう考えの様でやすね?」(ハリー)

「だって、そうだろうが!」(店主)

「違いやす…、その逆でやすよ…」
「人が他人に親切をして与えられるのは、親切を行った方でやす」

「大将が親切にした相手から受け取る、感謝や笑顔、そして涙でやす…」

「それを大将が受け取った時、大将はその人たちから、温かい気持ちや勇気を、実は自分の方が貰っていたんでやすよ」(ハリー)

「だから大将は辛くても、頑張って来れたんじゃねぇんでやすかい?」
「婆さんの温かい励ましに、力を貰ってやりがいを持てたんじゃねぇんですかい?」
ハリーがそう言うと、その言葉に気づかされた店主はポツリと言うのだった。

「そうだな…。その通りだ…。アンタの言う通りだ…。今さらそんな事に気づいちまったよ…」
「でも、もう良いんだ…。俺は今月で、この店を閉める事にしたんだ…」
店主はハリーへ、静かにそう言うのであった。

「この店を畳むんですかい?…、この店は、大将の夢だったんじゃねぇんですかい?」(ハリー)

「いくら夢だっていっても、客が入らなきゃやってもしょうがない…」
「俺はラーメン屋を辞めて、どこか他の町で、一からやり直すつもりだよ…(店主)

「それで本当に、大将は良いんですかい?」(ハリー)

「もう決めた事だ…」(店主)

「大将…、辞めちゃいけやぁせん…」(ハリー)

「もう良いんだ…」
店主がそう言うと、突然、店の入口が開いた。

ガラガラ…。

「あッ…!?」
入って来た客を見た店主が驚く。

「あ~良かった♪、今日は空いてて…」
高校生くらいの女の子が、そう言いながら店の中に入る。



「加代ちゃん!…、加代ちゃんじゃねぇか!、久しぶりだな…」
晴れやかな顔で、店主が女の子に言う。

そのやり取りを見ていたハリーは、この女の子が、さっき話していた婆さんの孫娘なんだと確信した。

「今日は1人なのかい?」
席に着いた少女に店主が聞く。

「ううん…、お婆ちゃんも一緒よ♪」
首を左右に振って、少女が笑う。

「そっか…、いつものラーメンだよな?」(店主)

「待って、今、紙に書くから…」
そう言って、メモ紙に注文を書こうとする少女。

「良いんだよ…。誰も居ないんだから…(笑)」
店主はそう言って微笑むと、ラーメンを作り始めるのだった。

それから数分後、2杯のラーメンが出来上がった。

「へい!、お待ち!」
そう言ってカウンター越しから、少女にラーメン2杯を店主は手渡した。

(婆さん遅いな?)
ラーメンが出来上がっても現れない老人の事を、店主は不思議に思う。

すると目の前に座る少女が、トートバックからポートレイトを取り出してラーメンの前に置いた。

「良かったね?、お婆ちゃん…。やっと来れたね…」
そう笑顔でポートレイトに微笑む少女。
中の写真は、笑顔で写る祖母と孫の姿であった。



「ま…、まさか…ッ!」
それを見た店主は愕然とする。

「先月亡くなったんです…。あれからしばらくして、お婆ちゃん入院したんです」
「いつも、ここのラーメンが食べたい、食べたいって言ってました…」

少女が静かに言う。
そして当時を思い出しながら、ゆっくりと語り出した…。

「私は病室のお婆ちゃんに、『元気になったら、また行こうね』って、ずっと話してたんです…。だけど、お婆ちゃんの体調は、どんどん悪化して行ってしまって…」

「それで私、お婆ちゃんが死ぬまでに、ここへ連れて来ようと思って言ったんです。『お婆ちゃん、あのラーメン食べに行こうよ』って…」

「でも、お婆ちゃんは、『忙しい時に行ったら、きっとお兄ちゃんに迷惑かけちゃうから…』って、私が誘っても行こうとしなかったんです」

「そして、そうこうしてる間に、お婆ちゃん亡くなってしまって…」

「お葬式も済んでやっと落ち着いた頃、たまたまさっき、店の前を通ったら空いてたみたいだったから、私、急いで家に帰って写真を持って、ここに来たんです」

少女は微笑みながら、静かに語るのだった。

「そうか…。そうだったのか…!?」
少女の言葉を聞いた店主は茫然となる。
そして目頭から熱いものが込み上げて来ると、慌てて厨房へ背を向けた。

そして彼は、何を思ったのか?、いきなり餃子を作り始めるのだった。
一心不乱に餃子を作る店主。

厨房からは、店主が餃子を焼く音だけが響く。

(俺は…ッ、俺は…、何て大馬鹿ヤロウなんだッ!、くそッ!、くそッ!)
少女に涙を悟られない様に、店主は懸命に餃子を焼いた。



「加代ちゃん餃子だ…。婆さんこれ好きだったろ?、これを婆さんに…」
そう言って、出来上がった餃子を少女の前に出す店主。

「私、今そんなにお金持って来なかったし…」
少女は店主の言葉に戸惑う。

「これは俺の気持ちだ。それから今日の勘定は全部いらねぇ…。だから安心してくれ」
そう言って微笑む店主。

「でも、それじゃ…」(少女)

「本当に良いんだ…。頼む!、そうさせてくれ、でねぇと俺の気が済まねんだ!、頼むよ加代ちゃん!、お願いだ…、頼むよ…」
店主はそう言いながら目に涙を溜めて、肩を震わせた。

「うん、ありがとうおじさん…。きっとお婆ちゃんも許してくれるよね?」
そう言って微笑む少女。

「ああ…、きっと婆さんも分かってくれるよ。だから食ってくれ」
店主がそう言うと、少女は餃子を有難く受け取り、祖母の写真の前に皿を置くのだった。


「おじさん、今日はどうもありがとう。ごちそうさまでした」
食事を終えた笑顔の少女は、店主に深々と頭を下げてそう言った。
その姿を店主は黙って見つめながら、笑顔で頷いた。

「おじさん、また来るね!、今度は混んでる時でも来て良い?」
出口に立つ少女が笑顔で言う。

「最近は混んでなんかいないよ…。それにこの店は…」(店主)

「ええ!、大丈夫でやすよ!、いつでもいらしてくだせぇ!」
店主の言葉を遮る様に、ハリーが笑顔で言った。

その言葉を聞いた少女は、ペコリとお辞儀すると店を後にした。
ハリーが閉じられた横扉を笑顔で見つめる。

するとカウンターの店主がハリーに怒り出した。

「おい、アンタ!、なんであんな事いったんだ!?、この店は今月で閉めるんだぞッ!」(店主)

「大将…、アナタさっき言ってやしたよ…。『俺の作るラーメンを求めに来てくれる人が1人でもいれば、俺はラーメン屋を続ける気持ちだ』って…」
ハリーのその言葉に動揺する店主。

「居るじゃないすか?、この店の味を求めてる人が…。男に二言は禁物ですぜ…(笑)」

「それにこの店は、あの子にとって大切な店でやす。ここには、あの子とお婆ちゃんの思い出が、いっぱい詰まった店なんでやす…」

「どうか、あの子の為にも、この店を続けてくだせぇ…」
ハリーがそこまで言うと、店主は黙り込んでしまうのだった。


「じゃッ!、あっしはこれで失礼しやす。あっしも、また来させていただきやす」
そう言って席を立つハリー。

するとハリーの背後から、店主が呼び止める。

「おい!、あんた!」(店主)

「なんでやすか?」
涙顔で、店主から感謝されると思うハリーが振り返る。

「お勘定…」
そう言って手を差し出す店主。



支払いがまだ済んでなかったハリーは、その場でガクッと崩れるのであった。


 それから数ヶ月後、暦は11月に入った。
暮れも段々と迫り、配送業務が忙しくなってきたハリーは、また埼玉県のとつがわ町へ配達に訪れていたのだった。

食事をする時間を短縮したかったハリーは、以前行った、あの志村軒へ行ってみる事にした。
あの店なら、きっと待たずにすぐ食事を済ませられると思ったからだ。

「ゲッ!」

店の前に到着したハリーが驚く!
それは、この前までガラガラだったあのラーメン店に長蛇の列が出来ていたからだ。

「一体、どうなってるんでやすか…ッ!?」
ハリーはそう思いつつ、長い列の最後に付いて、並んで待つ事にした。

20分後、やっと店内に入れたハリー。
すると元気の良い女性の声がハリーを迎い入れるのだった。



「いらっしゃいませ!」
エプロン姿をした笑顔の女の子が、ハリーに言う。
それは、あの時の孫娘、加代の姿であった。

「あれ!?、お嬢ちゃんは確か、あの時の…?」(ハリー)

「ああ!、あの時、カウンターに居たおじさんですね!?、覚えてますよ♪」
笑顔の加代が、ハリーを思い出してそう言った。

「なんで働いてるんでやすか?」
ハリーが少女に尋ねる。

「あれからこのお店、急に忙しくなってきて、それで私、源さんに頼まれて、お店の手伝いをする事になったんです」

お冷をハリーに出しながら、笑顔で少女が言う。
※源さん=店主

「そうだったんでやすかぁ…」(ハリー)

「私はレジと皿洗いと、注文係を担当するから、源さんもラーメン作りに集中できて、お店が上手く回る様になったんですよ(笑)」

そう話す少女の言葉を聞いたハリーは、カウンター越しから店主に話し掛けた。

「大将!、若くてカワイイコ入れたら、繁盛するなんて、よく思いつきやしたねぇ!?(笑)」
ハリーがからかう。

「ばかやろ!、そんなんじゃねぇよ!」
店主が苦笑いでそう言うと、彼は続けて感慨深く話す。

「だがよ…、あの婆さんが亡くなってからだ…。急に店へ客が戻って来たんだ…」
「もしかしたら、天国から婆さんが応援してくれてるのかも知れねぇなぁ…」(店主)

「もしかしたらじゃなくて、きっとそうでやすよ!(笑)」
ハリーが店主にそう言うと、加代が注文を聞きに来た。

「お客さん、何にしますか?」(加代)

「じゃあ、ラーメンと餃子を…(笑)」
ハリーがニヤッと言う。

「ラーメン、餃子!、オールワンで入りましたぁッ!」
少女が元気よく店主に言った。
※オールワン→1つずつ

「はいよぉ~~ッ!」
その声に店主も、元気よく応えるのであった。


 食事を済ませたハリーが、次の配達先へ向かう為、軽トラに乗り込む。
ウィンカーを点滅させながら、国道へ出るハリー。



一直線に伸びた広い国道を疾走する軽トラック。
国道両脇の街路樹は、すっかり葉が落ちている。

ハンドルを握るハリーは、冬の訪れを感じるのであった。

END