夏至 | Tanaka-KOZOのブログ

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 ずいぶん前の話だ。
初夏の夕暮れ。
日が沈もうとしている時刻であったが、この日はうだるような蒸し暑い日であった。

僕は電車で家路へと向かっていた。
車内はガラガラであったが、僕は座席に座らず、
ドアの傍で、もたれ掛る様に立っていた。

列車が終点に着こうとした直前。
駅手前の踏切で、僕の乗った列車がゆっくりと止まったのであった。

踏切を塞ぐ様に止まる列車。

(何でこんなとこで止まったんだろう…?)
僕はドアの窓ガラスから、踏切前で止まっている車を眺めながらそう思うのだった。

しばらくすると車内放送が伝えた。
どうやら踏切近くで、人身事故が起きたので列車が止まったのだと、僕は知るのであった。

つまり僕の乗っている電車が、人身事故を起こしたというのだ。

列車は駅に着く直前だったので、ゆっくりと走っていた。
だからこの列車が止まった時も、急停車という感じではなく、ゆっくりと停車した。

人身事故を起こしたこの列車は、踏切の中でずっと止まっていた。
ドアの窓ガラスから外を眺めていた僕は、塞がった踏切に渋滞が出来ていく様を見つめていた。

20分くらい経っただろうか…?
僕は踏切最前列に停まっていた車に違和感を感じるのであった。

京都ナンバーのファミリーカー。
確か、カローラⅡやマーチなどの類の車だったと思う。

その車には運転手が乗っておらず、助手席に小学3年生くらいの男の子が1人だけ乗っているのに、僕は気が付くのであった。

 京都ナンバーの車なんて珍しいな…?
京都から東京まで運転して来たのだろうか…?

どうして運転手は、いつまで経っても車へ戻って来ないのだろう…?
電車が動き出し、遮断機が上がってしまったら、どうするつもりなんだ…?

僕は車窓から、助手席に1人座る子供を眺めながら、そんな事を考えていた。
そしてその子供は、今何が起きているのかまったく分からない様子で、おとなしく車の中で座っているのだった。

やがて、事故現場付近で対応に追われていた駅員たちが、踏切の先頭に停車している子供に気が付いて、ドア越しから男の子へ話し掛けている姿を僕は目にした。

 親(運転手)は、どうしたの?

子供に話し掛けている駅員のジェスチャーは、そんな事を話している様子に見えた。
そしてその問いかけに男の子は、踏切の先の線路を指差しながら、駅員に何か話していた。

男の子からの説明に、うろたえる駅員たち。
僕はその瞬間、(ああ…、この子の母親が飛び込み自殺をした)のだと確信した!

なぜ僕は母親かと思ったのは、コンパクトなファミリーカーの運転手であったという事だけの、あくまで僕の勘に過ぎない。

京都ナンバーの車。
母子家庭…?
困窮した生活…?

誰も頼れる人がいない中、死に場所を探しに東京まで運転して来たのか…?
心中は出来なかったこの子の母は、子供を1人残して逝ってしまったのだろうか…?

何も気が付いていない様子の、男の子。
母が自殺したと知ったら、どんな思いになるのだろう…?

自殺を選ぶ程、頼れる人がいなかった母親の子供は、孤児院の施設に入れられてしまうのだろうか…?

僕は、駅員と子供のやりとりを見つめながら、そんな思いを張り巡らせ、なんともやりきれない気持ちになるのであった。

僕が見つめている様子を見てか、車内にいた50代くらいのおばさんが側に来て、同じくドアの窓から外の様子を眺めに来た。

「どうしたんだろうね…?」
おばさんは、駅員と子供のやりとりを眺めながら、独り言をつぶやく。

「あの車に乗っている男の子の親が、飛び込み自殺したみたいですよ…」
僕は隣にいるおばさんに、そう話し掛けた。

するとそのおばさんは険しい表情をして、「あらヤダ!、ええッ!」言うと、その場を離れ、車内にいた見ず知らずのおばさんたちに、その話をし出すのであった。

そのおばさんは、半分は、悲惨な人身事故に同情した気持ちと、もう半分は、事故の真相を周りに話す優越感が入り混じった様な感じで、車内の人たちへ、次々とベラベラとしゃべり出す。

ああ…、余計な事を言わなければ良かったな…。

僕は、野次馬根性丸出しのおばさんを見つめながら、後悔した。

あの男の子は、この先どうなってしまうのだろう…?
曲がった道へ進まず、普通に大人になって行ってくれるのだろうか…?

僕は、見ず知らずの男の子の将来が気の毒で、いたたまれない気持ちになるのであった。

やがて電車は動き出し、僕は駅を降りて歩き出す。

まだ本格的な夏が訪れる前の、夕暮れ時の出来事である。