ハロウィンの夜 後篇(夏詩の旅人 3 Lastシーズン) | Tanaka-KOZOのブログ

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 2013年 10月31日 新宿 PM7:05
無差別殺人テロを起こそうとしていたヒデキは、渋谷を諦めて新宿に現れていた。
そこでヒデキは、“新宿の父”と名乗る怪しい易者に呼び止められた。

「何だよ!?、お前は…ッ?、急にキレやがって…ッ!」
易者にヒデキが言うと、その易者はクスクスと笑いながら話出した。

「どうやらアナタは、EQが低い様ですね?(笑)」(易者)

「EQって…?、何だよそれ?」(ヒデキ)

「心の知能指数です」(易者)

「それって、IQの事か?」(ヒデキ)

「違います。EQです。“Emotional Intelligence Quotient”の略です」
「IQは先天的なものに対し、EQは生きて行く上で高める事が出来ます」

「EQ指数が高い人は、人生においての成功者が多いとされています」
「また、生涯年収も高いというデータが出ています」

「EQ指数が高い人の特徴は、人の心の動きを素早く察知し、すぐに行動を起こせます」
「他人の為に行動を起こすその人は、人望も厚く、リーダーに向いていると云われています」(易者)



「ほぉ…」(ヒデキ)

「アナタは先程、上司の言う通りに仕事をしたのに怒られたとおしゃっていましたよね?」
「それはアナタがその時点で、まだ仕事内容を何も分かっていなかったからなのです」

「しかしアナタが独り立ちできるレベルになった場合は、違って来ます」

「上司は、いちいち許可を取って来る様な人を好みません。それは、その行為が上司に責任を押し付けてからじゃないと安心して仕事をする事が出来ない、自己保身タイプだからです」

「上司は、手間が掛からないで、上手く仕事をこなす人物を評価します。自分の責任の下で、リスクをかけて勝負する人物を好むものなのです」(易者)

「そんな事が出来るのは、中小企業だけの話だ。俺の最初の就職先は大手だった」(ヒデキ)



「一緒ですよ。大手でも中小企業でも…、それに日本では、9割が中小企業で成り立っていますよ」

「大体、仕事が出来ると云われている人はルールや規則に縛られてなんかいません」

「刑事ドラマとかでも、上司の命令を聞かない刑事が、その活躍で犯人を逮捕し、周りからも慕われてるでしょ?」(易者)



「そりゃドラマの話だ!、現実は違う!」(ヒデキ)

「ワタシが云いたいのは、状況判断が大事だという事です。ルールや法律なんてものは所詮人間が作ったものなのです」

「その時点で、そのルールや法律は絶対的ではないのです。だから法律は時代によって改正されるのです」

「アナタみたいな人は、いつもルールに縛られて生きているから、窮屈や矛盾を感じ、それが社会への不満へとつながるというワケです」

「何が本当に正しいのか、自分で考えて行動をするのです。そしてその行動は自分の利益だけに行うのではなく、公の為に行うのです」(易者)

「はッ!?、そんなリスク犯してまで仕事なんかやってらんねぇよ!」(ヒデキ)

「それがもう自己保身なのです。だから仕事が面白くないのです。自己の責任の下にチャレンジしないから、意欲がわかないのです」

「アナタの考えはルールや規則を守っている方が、人生上手くやって行けるという考え方ですよね?」(易者)

「その方が、安定した人生を送れるからな…」(ヒデキ)



「では、こんな例えはどうでしょう…。あなたにお子さんが仮にいたとしましょう」
「アナタは自分のお子さんに、規則を守らない事は悪であると、いつも言い聞かせていました」

「そんなある日、アナタのお子さんが通っている小学校の校庭に、刃物を持った男が突然現れ、児童たちへ襲い掛かって来ました」

「子供たちは泣き叫びながら必死に逃げます。そして殺人鬼が追って来る中、学校の外へと逃げ出します」

「小学校の前には広い道路が走っています。信号は赤でしたが、幸い車は通っていません」

「犯人は後ろから迫って来ます!、みんなが道路を渡って逃げ出しますが、アナタの子供だけは渡りません」

「何故ならば、それが信号無視という交通ルールに反するからです。そして親の言う事を素直に聞いていた、アナタのお子さんだけが犯人に捕まり命を落としました」

「ルールに固執するとそういう事になるのです。アナタはそれでも良いのですか?、良くないでしょう?」(易者)

「そんときは、道路渡って逃げンだろ!、フツーはよぉッ!」(ヒデキ)

「そうですかぁ…?、ルールが絶対的だと固執している人は、本当にそういった行動に出て自爆してしまうものなんですよ」

「では、アナタに聞きます。アナタがもし、責任ある立場の公務員だったら、規則を破った仕事ができますか?」

「人道的には、規則を守る方が愚かな行為だと理解しているのだけれど、規則を破ったら、自分の地位や高額なお給料を手放す事になるかも知れない…」

「そのアナタの判断が、国の運命を大きく揺るがすかも知れない行為だとしても、アナタは正義を貫けますか?」(易者)

「じゃあ逆に聞くが、そんな正義を貫くやつがどこに居るんだよッ!、お目にかかりてぇもんだねッ!」(ヒデキ)

「いますよ実際に…、「東洋のシンドラー」と呼ばれる杉原千畝(すぎはらちうね)」
「彼は第二次大戦中、リトアニアという国に赴任していた外交官です。つまり国家公務員ですよね?」



「彼は、当時ナチスドイツに迫害されていた大量のユダヤ人たちにビザを発給して、亡命を手助けして多くの人命を救いました」

「しかし、あの頃はドイツと日本は同盟国です。大変な裏切り行為です。でも彼は自分の正義を信じて、ユダヤ人たちを逃がしたのです」(易者)

「一人くらいそういう人間が居たからって、どうだってんだよぉッ!」(ヒデキ)

「いえいえ…、一人だけじゃありませんよ。実はもう1人います。杉原千畝よりも2年前にユダヤ人を救った人が…」(易者)

「スギハラなんとかってのは、聞いた事あるけど、もう1人居たなんて聞いた事ねぇぞ」(ヒデキ)



「樋口季一郎陸軍中将です。彼は軍人なので、日本のマスコミは彼の事を伝えませんし、教科書にも載っていません。だから一般的に知られていないのです」(易者)

「なんで軍人だと伝えないんだ?」(ヒデキ)

「日本のマスコミは、NテレとFジ以外は左翼系マスコミですから、軍人が人道的な功績を上げる事を伝えるのは都合が悪いのです」(易者)

「ほぉ…」(ヒデキ)

「樋口中将は、満州国のハルビンに赴任していた時に、ナチスから逃れて来た大量のユダヤ人たちを満州鉄道に乗せて逃がしています」

「後にドイツ側から抗議を受けますが、樋口中将はそれを、“人道上の問題だ!”と、一蹴します」

「また彼は、命令無視をして正義を貫き、北海道を守りました」

「ポツダム宣言後、無条件降伏を受け入れた日本に対し、ソ連(ロシア)が、“日ソ中立条約”を一方的に破棄して北方の地へと、どさくさに紛れて侵略して来たのです」

「日本の軍上層部は、戦争が終結しているので手出しが出来ません。そして多くの民間人が殺されました」

「ソ連は、自分たちが以前、海で漂流していた時に、日本の民間船“おがさわら丸”に救助されています」

「にも関わらずソ連軍は、離島を脱出した大勢の女・子供が乗る民間船だと分かっていながら、おがさわら丸に攻撃を仕掛けました」

「そしてソ連兵は、大破した、おがさわら丸から海に投げ出された民間人の女・子供らを機銃掃射して皆殺しにしたのです」



「このままでは北海道の全てが侵略され、大勢の被害者が出ると思った樋口季一郎は、上層部の命令を無視して軍を率いてソ連軍を蹴散らしたのです」
「あの時、もし樋口季一郎がソ連を撃退してくれなければ、今の北海道は無かったのです」

「どうですか?、分かりますか?、このルールに縛られない状況判断こそが、彼らたちのEQ指数の高さを証明していると言えませんか?」(易者)

「それは昔の話だ!、軍人だからだ!」(ヒデキ)

「しょうがないですね~!、じゃあ分かりました!、アナタにでも分かる例えで話しましょう!」

「売れっ子のホストやキャバ嬢は、客の表情の変化を見逃しません!、相手の望んでいる応対を瞬時に行います!」

「だからリピーターを産み、売れっ子になるのです!、これ即ち、EQ指数が彼らは高いのです!」

易者がそう言うと、「うむ~~…」と、ヒデキが唸る。
ヒデキの反応を見て易者は、畳みかける様に続けて話す!

「私の知り合いの知り合いで、コスギさんという社長さんがおります。その方は、毎週1回、I袋の取引先へ訪問します」

「そしてコスギさんは取引先との商談が済むと、決まって北口の平成学臭淫へと行くのです!、まだ昼です!」

「どういうお店か分かりますよね?、そこでコスギさんはRちゃんという女子大生のコを必ず指名します。他にもっとカワイイコがいても、Rちゃんを指名します!」

「何故でしょう?、それは、そのお店×××××××××…ですが、Rちゃんは×××××××…、×××××…」(易者)



「×××…、ばっかで、何言ってンだか分かんねぇよッ!」(ヒデキ)

「要するに、彼女は自分の責任の下で稼いでいるという事です!」
「ルールに縛られず、自らの判断を信じて進む事で、人よりも抜きん出る事ができるのです!」(易者)

「ああ…、分った!、分かった!…、よ~く分かったよ」
「だがな、俺の決心は変わらない…ッ!」(ヒデキ)

「アナタ、何を企んでるのですか?」(易者)

「ふふふ…、それはなぁ…」

ヒデキは、そう笑いながら言うと、背中に背負ったリュックを地面に降ろし、中をガサゴソとあさり出した。
すると不敵な笑みを浮かべていたヒデキの表情が蒼ざめるのであった。

「ああ~ッ!?、無い!、無い!、無い!、どぉ~いう事だぁぁ~ッ!?」
ヒデキがリュックの中をかき分けながら、叫ぶ。

それは、無差別殺人テロ用に準備していた、ナイフや火炎瓶、そして道化師に化ける為のメイク道具一式が無くなっていたからだ。

「何でだぁ~!?、家出る前に、確かに、このリュックの中に入れおいたはずなのにぃぃ~~…ッ!」(ヒデキ)

「どうしたのです?(笑)」と、含み笑いで尋ねる易者。

「うるせぇッ!」(ヒデキ)

「何があったか知りませんが、取り合えず、今日はアナタの計画がオジャンになってしまった様ですね?」

易者がそう言うと、ヒデキは「くそぉぉ~…ッ!」と、唸る。

「良いじゃないですか…。これも運命です。これで良かったのです」
「さぁ、今日は家に戻ってゆっくりされると良いです」

易者がそう言うと、ヒデキは黙って自分の足元を見つめた。

「視点を変えてみたらどうでしょう?」
易者がそう言うと、ヒデキは、「え?」と言い、彼の方を向く。

「視点を変えてみるのです。世の中や、自分自身を…」(易者)

「世の中や自分自身を…?」(ヒデキ)

「そうです。例えばアナタは、自分が思っている自分という存在を知っているつもりでいます」
「ところが、他人から見たアナタは、それとは違う様に見られているのです」

「ですが、その他人が見たアナタも、実は相手が勝手に想像して分かったつもりでいる幻想でしかありません」

「人間の本性など、実は誰にも分からないものなのです。それは誰にも見えない、もう1人の自分がいるからです」

「もう1人の自分…。それが、真実(ほんとう)の自分です」

「真実(ほんとう)の自分の声に耳を傾けてみてください」
「そこから聞こえて来た正義の声に従うのです」

「勇気を持って、前に踏み出せば、そこから見えて来る明日の景色は変わって見えて来るでしょう」(易者)

「お前…、なんか新興宗教の勧誘するやつみてぇな事、言い出しやがったな…?」
ヒデキがそう言うと、易者はクスクスと笑いながら言った。



「私は中出ヨシノブと申します。ナカデ氏とお呼びください(笑)」
メガネをかけた、少しシャクレた顔の男が言った。

「ナカデ氏~?、どっかで聞いた名だなぁ…?、お前とどっかで遭った事あるか?」(ヒデキ)

「いえ…、初対面です(笑)」(易者)

「そうか…、じゃあ俺もう帰るわ…」(ヒデキ)

「では、お気をつけて…」
易者がそう言うと、ヒデキは夜の新宿を歩き出す。

そして彼は自宅へ戻る為、小田京線の改札口へと入って行くのであった。

 ヒデキが易者の前から立ち去って数分後。
重い出横丁で1杯引っかけて来たハリーが、赤ら顔で歩いて来る。

「いやぁ…、中出氏~!、次はどこで1杯やりに行きやすかぁ~?」
ハリーが隣を歩く中出氏に言う。

「次はオネーさんのいるお店が良いですね(笑)」(中出氏)



「そうでやしょ!、そうでやしょ!(笑)」

中出氏の言葉に、同調して上機嫌のハリー。
そして易者の前を通り過ぎたハリーが何かに気づく。

「あれ?」(ハリー)

「どうしました?」
中出氏が澄まし顔で言う。

「いや…、今、そこにいた占い師…。なんか中出氏と、そっくりでやんしたよ!?」(ハリー)

「ふふ…、他人の空似というやつですね…(笑)」

中出氏はそう言って、中指でメガネのフレームを上げると、そのままハリーと歩き続けるのであった。




 同日 PM7:15 鎌倉由比ヶ浜 ハルカの自宅

「こーさん、ごはんできたよ~!」

キッチンからハルカが彼を呼ぶ。
彼は居間のソファから立ち上がり、キッチンへ入る。

「おお~!、これは!?」
テーブルに置かれたいくつかの料理の中で、彼は白い耐熱皿に乗った料理を見て言う。



「トマトとブロッコリーのチーズ焼き♪」
笑顔でハルカが言った。

「へぇ…、美味そうだなぁ…」(彼)

「今日ね。八百屋さんでブロッコリーが安かったから、いっぱい買って来たの♪」
「それでこれ作ってみたんだ。ブロッコリーって栄養があって身体にとても良いのよ♪」

「湯がいたブロッコリーと、4つにカットしたトマトに、上から塩・コショウを少々振りかける」

「そしてオリーブオイルを、まんべんなくかけたあと、スライスチーズ2枚を乗せます」
「最後にチーズの上に青海苔を振りかけて、レンジでチンすれば出来上がり♪」

ハルカが得意げに言うと、彼は「ほぉ…」と言って感心する。


「では、いただきま~す♪」
それから、テーブルに向かい合う2人が、同時にそう言って食事が始まった。

彼は早速、新作のトマトとブロッコリーのチーズ焼きを食べてみた。

「これ良いじゃないか!、ブロッコリーって、溶けたチーズと絡まると、こんなに美味いんだぁ!」(彼)

「チーズフォンデュみたいな感じでしょ?(笑)」(ハルカ)

「ああ!、そうかぁ~!、だから合うんだぁ!、うん、似てる、似てる!」
「なんかワインと合いそうな料理だなぁ…」

テーブルに置かれたビールグラスを見て彼が言う。



「出そうかワイン?…、この前、鈴木屋さん(地元の酒屋)で買ってきたやつ…」(ハルカ)

「ああー!、あれはまだダメ!、あれは高いやつだから!」
彼が慌てて遮る。

「じゃあ、先週スーパーで買った、あの自転車ラベルのワインならどお?、あれなら1000円くらいだったでしょ」(ハルカ)

「コノスルの事か?、いいね♪、そっちにしよう!」(彼)



「このワインのラベル、自転車でカワイイね?」
彼のワイングラスにコノスルを注ぎながらハルカが言う。

「俺も最初は、このラベルが気に入って買ったんだけど、飲んで見たら美味かったんで、今は味が気に入って飲んでるよ(笑)」(彼)

「このワインて、なんでラベルが自転車なの?」(ハルカ)

「俺も気になって調べてみた。そしたら、毎日、広大な葡萄畑まで自転車でせっせと通い続けているワーカーたちに敬意を込めてという思いから、自転車のロゴにしているんだってさ」(彼)

「へぇ…」(ハルカ)

「では、ワインと一緒に…」

彼はそう言うと、先程のトマトとブロッコリーのチーズ焼きを口に入れ堪能した。
そしてそのあと、グラスに注がれたコノスルの赤を口にする。

「合う~~~♪、合う!、合う~~!」
笑顔で彼が言う。



「ふふふ…、可笑しなひと…」
そんな彼を見つめながら、ハルカは含み笑いをするのであった。


 同日 PM7:20 小田京線 新宿駅



家路へと戻るヒデキは、改札口から新宿駅に入る。

そして、次の列車の発車時刻が7時30分発の急行町田行だと確認すると、ホームに停車中の列車の中へと入った。

後方2両目から乗り込んだヒデキは、座席が1つだけ空いているの気づく。
彼がその席に座ろうとすると、同時に1人の老人男性も座ろうとしている事に気が付いた。

互いが空いた座席の前で立ち止まる。

「どうぞ、どうぞ…」
気まずそうに手を差し出して、苦笑いのヒデキが老人に言う。

老人は微笑みながらヒデキに軽く会釈すると、その座席に座る。
ヒデキは少しだけ気まずく感じ、そのまま車内の中を真っ直ぐと進むのであった。

車内を歩くと彼の視界の先に、高校生のカップルがドアにもたれ掛りながら楽しそうに談笑する姿が見えて来た。

(ふふ…、俺にもあんな時があったんだよなぁ…)

そのカップルを見たヒデキは、フラれた婚約者と楽しくやっていた頃を虚しく思い出すのであった。

カップルの横を通り過ぎて、更に中を進むヒデキ。

すると今度は、ベビーカーを折りたたんだ若い主婦が、赤ん坊を抱きかかえながら座席に座っている姿が目に入る。

(俺も生まれたばっかの頃は、ああやって母さんが笑顔で見つめてくれてたんだろうなぁ…)

笑顔で赤ん坊を見つめる母親を見て、ヒデキはそう思う。

そしてヒデキは、隣の車両との連結部分手前で立ち止まると、そのまま吊革につかまった。
それから間もなく、急行町田行の列車が発車する。

吊革につかまるヒデキが車窓から外をぼんやりと眺めている。
やがて列車は1つ目の停車駅である、代々木上原に停まった。

窓から男子高校生の歩く姿が目に入る。
ヒデキはそれが先程のカップルで、男の方だけが先に下車をしたのだと気が付いた。

何故ならば、女子高生の方が車内にまだ残り、ドアにもたれながらスマホを眺めていたからだ。

そしてまた小田京線は再び動き出す。

列車が、2つ目の停車駅である下北沢を発車して間もなくの出来事であった。
ヒデキの乗る車内が、突然ざわつき出した。

ヒデキが何事だ?と思った瞬間であった。
車内で女性の悲鳴が聴こえた!

「きゃぁぁぁぁーーーーーーーッッ!!」

その声に振り返るヒデキ!
叫び声を上げたのは先程の女子高生だった。

それは派手なスーツ姿の男が、刃物でいきなり女子高生を切り付けたからだ!

うわぁぁぁーーーーーーーッ!

きゃぁぁぁぁーーーーーーーッ!

大混乱の車内。



人々は揉みくちゃになりながら、ヒデキのいる車両連結部へと雪崩れ込んで来る。
その中には男に切り付けられ、血だらけになった他の者たちの姿も見えた!

「うわッ!」
逃げ惑う人々に弾き飛ばされたヒデキが言う。
そしてヒデキは、そのまま人々が逃げて来る先を見つめる。

そこには、道化師のメイクをした男が、刃物を振り回しながら奇声を上げている姿があった。

「えッ!?」
その道化師を見たヒデキは、驚愕した!

何故ならば、その男はメイクをしていたが、ヒデキにはその男が誰であるのかハッキリと分かったからである!



「あ…ッ!、あれは俺じゃないかッ!?…、なんでッ!?、なんで俺が…ッ!?」
隣車両の連結部に立つヒデキは、刃物を振り回す男を見つめながらそう言うのであった。

 これは一体どういう事なのだろうか?
少し時間を遡ってみよう。


同日、PM7:36
下北沢駅に停車した小田京線。

その駅から、派手なスーツ姿の男は乗車して来た。
男は車内に入ると1つだけ空いていた座席へと腰を掛ける。

その席は、先程ヒデキが席を譲った老人の隣であった。
男は席に着くなり、リュックの中からコンパクトミラーとメイク道具を取り出す。

そして、せっせとメイクを始めるのであった。
その光景を訝し気な表情で見つめる、隣の老人男性。

「あんた何やってんだい?」
老人が男にそう聞くが、男は無言でメイクを続けた。

その様子を、老人は首を傾げて見ていた。
やがて男のメイクが完了した。

男の顔は、最初に老人が見た顔とは全く変わっていた。
それは男が、道化師のメイクをしたからだ。

メイクが済んだ男は、道具一式をリュックの中へしまう。
そして今度は、刃渡りの大きいナイフを取り出した。

それを見た老人がギョッとする。
次の瞬間、男は隣に座る老人の腹をいきなりナイフで刺した!

ザクッ!

「うッ!」
老人はそう呻くと、前屈みになって座席から転がった。

「ヒッ!」
それを見た周りの乗客が息を呑む!
その声と同時に、道化師はナイフを握ったまま、無言で立ちあがった!



「うあッ!」

「ひゃぁぁ…!」

座席に座っていた乗客たちが、一斉に立ち上がる。
そして慌ててその近くから離れようとした時だ。

ビッ!

「ぎゃッ!」

逃げようとした会社員が、道化師に腕を切り付けられた!
会社員の腕から鮮血が飛ぶ!

きゃぁぁぁぁーーーーーーッ!

うわぁぁぁぁーーーーーーーッ!

事態を把握した乗客たちは、悲鳴を挙げながら隣車両へと走り出した。
それを見た道化師は、無言でツカツカと歩き出す。

ビッ!

「きゃぁッ!」

そして次に切り付けられたのは、先程までカレシといた女子高生であった。

泣き叫んで逃げる高校生。
彼女は背中を切り付けられた。



うわぁぁぁーーーーーーーッ!

きゃぁぁぁぁーーーーーーーッ!

大混乱の車内。
人々は揉みくちゃになりながら、ヒデキのいる車両連結部へと雪崩れ込んで来る。

「うわッ!」
逃げ惑う人々に弾き飛ばされたヒデキが言う。

「うらぁッ!、うらぁッ!、うるぅああああーーーーッ!!」

道化師はそう叫びながら、乗客を次々と切りつける。
その道化師を見たヒデキは、驚愕した!

「えッ!?…、あ…ッ!、あれは俺じゃないかッ!?…、なんでッ!?、なんで俺が…ッ!?」
何が起こっているのか理解できないヒデキが言う。

わぁぁぁーーーーーー!

きゃぁぁぁーーーーーー!

道化師から必死に逃げる乗客たち。
しかしドア側に立つ若い主婦は、恐怖で足がすくんでしまい動けなかった。

ガタガタと震えながら、赤ん坊を抱きかかえていた。
その女性はヒデキが先程見た、赤子をあやしていた笑顔の母親であった。

何だッ!?、どういう事なんだッ?
アイツは俺!?、でも俺は、ここにいる!?
じゃあ一体、俺は誰なんだ…ッ!?

ヒデキの頭の中が混乱する。

なんで…ッ!?、なんで、あんな酷い事が出来るんだッ!?
それにあの表情…ッ!、あれは血の通った人間の顔じゃねぇ…ッ!

ヒデキがそう思いながら、刃物を振り回す男を見ていたら、道化師は、次の標的として赤子を抱いた、あの主婦の方へ近づいて行った。



「あああ…ッ」
恐怖で涙する主婦。

まずい…ッ!、止めなきゃッ!
でも…、怖い…!、ああ…、どうすれば…ッ!?

ヒデキがそう思っていると、道化師は冷めた眼差しで、ナイフを持つ手を主婦に振り上げた!

赤子をぎゅっと抱きしめて、目を瞑った主婦!
その時、ヒデキが道化師に体当たりした!

「やめろぉぉッ!」

ドンッ!

タックルしたヒデキは、そのまま道化師を正面から抱きかかえた!

「早く逃げてッ!」
ヒデキが、主婦に叫ぶ。

「ああ…ッ、ああ…ッ」
しかし主婦は、まだ恐怖で動けない。

「こンのヤロウッ!、邪魔すんなッ!」

ザクッ!

道化師がナイフを持つ右手で、ヒデキの背中を思いっきり刺した!

「ぎゃあッ!」
ヒデキが叫ぶ。

だが彼は、それでも道化師から絡ませた両腕を離さない!



「離せッ!、てめぇッ!、このぉッ!」
道化師はそう怒鳴りながら、ヒデキの背中を刺し続けた。

「うぐッ…、早く…、逃げて…」
ヒデキは刺されながら、声を懸命に振り絞り主婦に言った。

目の前の光景を見て、主婦がよくやく正気に戻る。
自分にも死の危険が目の前に迫ってる事を理解した主婦が、隣車両へと逃げ込んだ。

「くそッ!、逃げちまったじゃねぇかぁッ!」
そう叫んだ道化師は、力尽きたヒデキを振りほどく。

「うう…、良かった…」
息絶え絶えにヒデキが言うと、彼はそのまま仰向けに倒れた。

車両の床は、ヒデキの背中から流れる大量の血で赤く染まって行く。
一方、ヒデキを振りほどいた道化師は、隣の車両へと向かって行った。

きゃああああーーーーーーッ!

うわあああ~~~~ッ!

ヒデキの返り血を浴びた道化師の姿を見た乗客たちが、叫びながら逃げる声が聴こえる。

 お願いだ…。もう…、もうやめてくれ…。
こんな事して何になる?

 こんな事やって、TVに出たら母さんは俺の事、何て思うだろ…?
こんな事やって、死刑になって、俺は何の為に生まれて来たんだよ…?

 嫌だよ…。
こんな皆から恨まれて、嫌われて、死刑で死んでいくなんて…。

 あれは俺なんかじゃない…!
あれは魔物だ…。

 どうせ死ぬのなら、せめて最期は人として死にたい…。
誰かの為に、役に立って死にたい…。

そうでなきゃ、俺の人生は何だったんだよぉ…。

ヒデキは薄れる意識の中で、そんな事を思い続けて涙を流すのだった。

そして隣車両から、炎が上がる光景を涙目に見るヒデキ。
彼は道化師が火炎瓶を放ったのだと理解した。



床に仰向けで倒れる彼の顔は、オレンジ色に染まる。
そして突然、急停車する列車。

それに伴い、乗客たちが悲鳴を上げながら、列車の外へ次々と逃げ出していく様子が想像できた。
それから間もなく道化師がヒデキの元へ戻って来た。

「てめぇのせいだぞぉぉッ!」
そう言って戻って来た道化師を、ヒデキは涙を浮かべながら見つめていた。

「ああッ!?、お前、泣いてンのかぁ!?」
「泣くほどビビってるやつが、何で俺の邪魔なんかすんだッ!?」

「うう…、うう…、もうやめろ、ヒデキ…」
血だらけのヒデキが、もう1人のヒデキ(道化師)に言う。

「えッ!?、お前なんで…ッ!?、お前、俺の事知ってンのかぁッッ!?」
「おいッ!、お前!、なんで俺のこと知ってンだよぉぉッ!!」

道化師が驚いてヒデキに繰り返し聞いている。



 そうか…、よく分かったよ中出氏…。
視点を変えて見るって、こういう事だったのか…?

 でも良かったよ…。
せめて最期は人として死ねる…。

真実(ほんとう)の自分として死ねるんだからよ…。

目から涙を流しながら、ヒデキはそう思いながら静かに息を引き取った…。


 ピピピ…、ピピピ…、ピピピ…。



「うわぁッ!」
目覚ましアラームの音で、ベッドから飛び起きるヒデキ。

「はぁはぁはぁ…。ゆ…、夢かぁ…?」
そう言って目覚まし時計のアラームを止めるヒデキ。



薄暗いアパートの一室。
余りにもリアルな夢を見ていたヒデキは、目に涙を溜めてながら安堵するのだった。

そして壁のカレンダーを確認し、今日が2013年 10月31日だとヒデキは理解した。

「ははは…、何だ…、夢かよ…。脅かしやがって…」
「でも…、良かった…。俺、人殺しにならなくて…、本当に良かった。う…、うう…ッ」



ヒデキはそう言いながら、肩を震わせて嬉し泣きをするのだった。

 それからしばらくした後、落ち着きを取り戻したヒデキが言った。

「そうだ…。仕事探さなくっちゃな…」
「いつまでもこんな生活してらんねぇ…。母さんに心配かけちゃうしな…」

ヒデキはそう言うと、ベッドから起き上がるのだった。


同日 PM2:40
ヒデキは新宿の街を歩いていた。

彼はハローワークへ職探しに行った帰り道であった。
そこでヒデキは、転職先の面接を決めて来た。



前を向いて真っ直ぐに進むヒデキ。

家路へ戻る為、小田京線の新宿駅へ向かうヒデキの先に、“新宿の父”を名乗る易者の姿があった。



しかし前しか見ていないヒデキの視界には、易者の姿は映らなかった。

易者の前を通り過ぎるヒデキ。
そして易者の方もまた、ヒデキには2度と話し掛ける事はなかったのであった。




 同日 PM7:15 鎌倉由比ヶ浜 ハルカの自宅

「こーさん、ごはんできたよ~!」

キッチンからハルカが彼を呼ぶ。
彼は居間のソファから立ち上がり、キッチンへ入る。

「おお~!、これは!?」
テーブルに置かれた品の1つを見て彼が言う。



「今日はハロウィンでしょ?、だからカボチャでコロッケ作ってみたの(笑)」
ハルカが笑顔で彼に言う。

「へぇ…、上手く作ったもンだなぁ…(笑)」
彼がパンプキンコロッケを眺めて言う。

皿に盛られたコロッケは、ハロウィンのカボチャに似せて、海苔で上手に表情が作られていた。



その時、居間のTVから、レポーターの声が聴こえた。

「え~!、中継です!、こちらは渋谷スクランブル交差点前です!」
その音声を聴いた彼が言う。

「あ!、TV点けっぱなしだった…。消して来る…」
彼が居間へ向かった。

「ご覧ください。渋谷の街はものすごい人手で賑わっております!」
TV画面のレポーターがマイクを握りしめながら言った。

「へぇ…、すごい人だかりだなぁ…」
彼がそう言うと、あとから付いて来たハルカも画面を眺めながら言う。

「ねぇ…、ハロウィンって、いつからこんなに盛り上がってたんだっけ…?」(ハルカ)

「ここ最近だな。バレンタインが廃れて来たんで、代わりにハロウィンが取り上げられたのが始まりだ」(彼)

「バレンタインの代わり…?」(ハルカ)

「そう…。バレンタインもハロウィンも、菓子メーカーが立てた経営戦略から流行り出したんだよ」(彼)

「お菓子がよく売れる様に、イベント的な事を始めたのがキッカケって事?」(ハルカ)

「そういう事!」
「だけど実際は菓子メーカーが考えてたのとは、違う方向に盛り上がっちゃったんだよな」
「仮装する方がメインで盛り上がっちゃったんだよ」(彼)

「何でバレンタインは廃れちゃったの?」(ハルカ)

「ほら…、男女平等とかって騒いでるやつらがいるだろ?」

「そういうのが、『なんで女ばっかり、男に気を使って義理チョコ渡さなきゃならないのよ!』って、クレームを入れたみたいだぜ(苦笑)」(彼)

「別にどうでも良いじゃない?、渡したい人は渡し、渡したくない人は渡さなきゃ良いんだから…」

「それに安い義理チョコ渡したら、お返しは、もっと高価な物が貰えたりしたよ(笑)」(ハルカ)

「それなんだよなぁ…。だからホンネは男の方も、義理チョコが負担になってて嫌だったんだよな…(苦笑)」(彼)

「そうなんだ?、ふふふ…(笑)」(ハルカ)

「それにしても、日本人ってのは、ホント何にでも飛びつくよなぁ…」(彼)

「きっとみんな退屈してるんだよ。何か楽しい事ないかなぁって探してるんだと思うよ」(ハルカ)

「俺が大学生の頃にはバレンタインは流行ってたけど、まさかハロウィンなんて出て来るとは思わなかったよ」(彼)

「こーさんが大学の頃って、どんな感じだったの?」(ハルカ)

「俺が大学4年くらいの頃には、邦楽も洋楽もダンスミュージックが流行り出して、ZOOとか久保田利伸なんかをみんな聴いてたな…」(彼)

「久保田利伸は知ってるけど、ZOOって何?」(ハルカ)



「Choo Choo TRAINを知らんのかい!?」(彼)

「EXILEの?」(ハルカ)
その言葉にガクッと崩れる彼。

「ははは…」
(まただ…)と、ジェネレーションギャップを感じながら、体制を立て直す彼が苦が笑い。

「あ!、こーさん見て!、すごいよ!」
ハルカがTV画面を指して言う。



その画面からは、仮装した人で埋め尽くされたセンター街が映し出されている。
2人はその光景を、まじまじと見つめ続けるのであった。

END



ハロウィンの夜 前篇(夏詩の旅人 3 Lastシーズン)