あなたの人生、作り変えます! 後篇(夏詩の旅人 3 Lastシーズン) | Tanaka-KOZOのブログ

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 2013年7月 東京 文京区目白台

閑静な住宅街に建つ、ひと際大きな白い高級住宅。
その建物の2階にあるアサミの部屋。

レースのカーテン越しに、窓から朝の陽射しが差し込む。

AM10:30



「ふぁぁぁ~…」

ボサボサ髪のアサミが、ベッドで伸びをする。

有名私立に通う、少女は16歳の高校生だ。
学校は今日から夏休みに入っていた。

部活動をやっていないアサミは、初日から思いっきり朝寝坊を満喫した。

「だる…」

アサミはそう言うと、ベッドから起き上がり、Tシャツとスウェットに着替えるのであった。


「お母さん、おはよ…」
2階から1階のキッチンに降りて来たアサミが、母親にそう言った。

母はスーツをびしっと着込んだ、実年齢よりも若く見えそうな、キャリアウーマン風の女性であった。



「何?、アサミ、“お母さん”なんて呼んで…、“ママ”でしょ!?」
忙しそうに出かける準備をする母が、自分の事を“お母さん”と呼んだアサミに驚いて言う。

「あれ?、そうだったっけ…?」(アサミ)

「それに何!?、そのカッコウは?、頼むからそんな格好で外に出ないで頂戴ね!」
アサミのTシャツとスウェット姿を見て母が言った。

「でも、あたしいつもこの格好だよ…」(アサミ)

「ちょっと何言ってんのアナタは?、お洋服ならクローゼットの中にいくらでも入ってるでしょ!」(母)

「そうなんだ…?」(アサミ)

「あなた今日、少し変よ!」(母)

「ねぇ…、おかあ…、違った!、ママ…、どこか出かけるの?」
せわしない母にアサミが尋ねる。

「当たり前でしょ!、ママはこれから仕事に行くんだから!」
「朝ご飯用意してあるから、ひとりでチンして食べてね!」
「じゃあ、ママは行って来るから!」

母親はテキパキと話すと、そのままガレージに停めてあるレクサスに乗って出かけて行った。

それを、あっけらかんと見つめているアサミ。
何で金持ちなのに、仕事に行くのか?、少女は不思議に思う。



(どうですか?、アサミさん!、金持ちの家の娘になった気分は?)

その時、突然、トータル・メタバース社の中出氏が、アサミの頭の中に話し掛けて来た。

「ねぇ中出氏…、ママは何でお金持ちなのに仕事に行くの?、お金持ちって専業主婦なんじゃないの?」

早速、自分が感じた疑問を中出氏にぶつけるアサミ。

「それは、あなたのパパの会社の、経理を担当しているからです」(中出氏)

「そんなの他の従業員がやれば良いんじゃないの?」(アサミ)

「それはダメです。あなたの家の会社は個人経営です。お金持ちですが、大企業の超お金持ちの家ではないから、他人にお金の管理を任せられません」(中出氏)

「どういう事?」(アサミ)

「日本の企業は、90%が中小企業で成り立っております。中小企業である個人経営の会社では、お金の管理は身内がやるのが常識なのです。そうしないと他の者に横領や不正で使い込まれてしまうからです」(中出氏)



「そうなんだぁ?…、ねぇ、だったら何で超大金持ちの家の娘に、私のライフ・プログラムを設定しなかったの?」(アサミ)

「そんなイキナリ大金持ちじゃ、あなたの今までの人生とかけ離れ過ぎて、脳の処理が追いつきません。よって、この家には家政婦も存在しません。家事、炊事は母親がこなしております」(中出氏)

「それって、お金持ちなの?」(アサミ)

「お金持ちですよ!、そんなもんですよ、一般的なお金持ちなんてものは」(中出氏)

「そうかなぁ…?」(アサミ)

「ではお聞きしますが、あなたが思うお金持ちっていうのは、年収にしていくら稼げばお金持ちになりますか?、ちなみに、日本の会社員の平均年収は500万くらいです」(中出氏)

「じゃあ、1千万…?」(アサミ)

「ふふふ…、そんなのは、大手企業に勤める30代くらいの方の年収ですよ。日本中にいますよ、それくらい…」(中出氏)

「じゃあ、大手企業で働く人たちってのは、ずいぶん裕福な暮らしなのね?」(アサミ)

「ところが彼らは、お金が無いとボヤいています」(中出氏)

「1千万も給料貰ってぇ!?」(アサミ)

「日本は税率が高いのです。たとえ1千万貰っても、税金払って、残りが700万くらいになりますからね」(中出氏)

「じゃあ、私のウチ(秋津町)は今までどうやって生活してたの?」(アサミ)

「あなたの育て親は、やりくり上手だったのです」
「1千万で足りないと言ってる人たちは、お金の使い方に問題があるかもしれません」

「私の知ってる人たちで年収1500円を超える方は、大抵、若いオネェさんを囲って、楽しんでる人が多いですね」(中出氏)

「そうなのッ!?」(アサミ)

「ええ…、そうなんです。ホント多いですよ~。1500万辺りがボーダーラインで、実に多いです」

「まぁ、そういう人たちは、2000万稼いでも足りない、5000万稼いでも足りないというのです」

「同時に、年収300万で足りないと言ってる人は、500万になっても、700万になっても足りないと言うのですよ」(中出氏)

「そうなんだぁ~?、でもどうして?」(アサミ)

「アサミさん…、あなたはお金持ちになれば、お金があり余ると思ってませんか?」
「お金持ちに成れば、好きな事にお金を使えて、生活に余裕が生まれ、プライベートも充実するんだと…?」(中出氏)

「そう思ってるけど、違うの?」(アサミ)



「それは、あなたの今現在の生活レベルでしか、物事を考えられないからそう思うのです」
「では、お金持ちの人は、どうやってお金持ちに成ったのですか…?、遊んで暮らしてて自然にお金持ちに成ったのですか?」(中出氏)

「元々、その人の親がお金持ちだったんじゃないの?」(アサミ)

「そういうケースもあるでしょうが…、では、その人の親は最初から金持ちなんですか?、もしそうだったとしても、遡っていけば、いつかはそうじゃない世代にぶつかりますよね?、ベンチャー企業ならば、その事業を始めた創業者が、それに該当しますよね?」(中出氏)

「まぁ…、そうかな…?」(アサミ)

「では、彼らはどうしてお金持ちになったのでしょう?、実は、お金持ちになるにはお金が掛かるのです。それは人脈作りに向けての投資です」

「そしてお金が無い人は、時間を仕事に費やします。それこそプライベートも休日もありません。趣味が仕事に思えなければ、金持ちになど到底成れないのです」

「人は金持ちに成ればなるほど、仕事に人生を縛られます。それこそ、娯楽を楽しむ事や。家族との時間も減っていくのです」

「それは何故でしょう?、世の中で知られる有名企業は、莫大な収益を上げると同時に、莫大な借金も抱えます」

「それは、会社も生き物と同じだからです。常に新しい事にチャレンジしたり、投資しなければ会社は倒産してしまいます」

「時代の先を読んで、時代と共に変化して行かなければ会社は無くなってしまうのです」

「パソコンやインターネットの到来で、どれだけの企業が打撃を受けたと思いますか?」

「例えばインターネットの登場で、書籍やCD、ゲームは売れなくなりました。依って、それに付随する本屋、出版社、CDショップやレンタル店も消えて行きます」

「だから私なんか、もうエロ本やエロDVDなんか店で買いません!、だって情報は全てネットで得られますからね」



「少し前までは、お金を使わなくちゃ、求人情報を得る事は出来ませんでした。ところが今は求人サイトや、フリーペーパーが主流です」

「グルメ情報も、美容サロン、賃貸物件、中古車情報も全て今ではタダです」

「デジカメの登場で、富士フィルムは化粧品を作る会社になりました。ヤクルトも化粧品を扱う様になりました」

「この様に、会社を運営する為には、常にお金が掛かるのです。たとえベンチャーで幸先良いスタートを切っても、行き詰った瞬間、ハードバンクやシオンに吸収されてしまうのです」

「だから会社経営者はお金持ちと言っても、大金が横から横に流れて行くだけの、自転車操業です。莫大な収益を上げると同時に、莫大な借金も、常に抱えて生きて行く宿命を背負います」

「そういった意味では、金持ちだろうが貧乏人であろうが一緒です。常に働き続けなければ、彼らは全てを失ってしまうのです」(中出氏)



「へぇ~…、そうなんだぁ?、私、お金持ちなら生活に余裕が出来て、金銭的にも楽になるのだと思ってた」(アサミ)

「違います。実はお金持ちに成れば成るほど、お金が掛かって来るものなのです」
「お金持ちに成れば、高級な服を着たり、高級時計やアクセサリー、高級車に乗ったりと、色々とお金が掛かるのです」(中出氏)

「そんなのは、お金持ちに成ったから贅沢して、見栄を張ってるだけの事でしょう!?」(アサミ)

「違います。それが礼儀だからです」(中出氏)

「礼儀~?」(アサミ)

「じゃあアナタに聞きますが、アナタは将来、友人の結婚式に普段着のままで出席しますか?」
「友人の結婚式を祝う為に、出来るだけの正装をして祝福しませんか?」(中出氏)

「そ…、それは、そうだけど…」(アサミ)

「お金持ちは、常にそういう場に招待(呼ば)れ、来賓者たちの前に立ち、挨拶を述べたりするのです。しかも、お金持ちが付き合う人は、またお金持ちなのです」

「そういうところに、安物の洋服で挨拶に立てますか?、毎回同じ服を着て立てますか?、それは、招待者に対して恥をかかせる行為ですよね?」

「それから、お金持ちは仕事仲間と飲みに行っても、みんなの支払いを全部引き受けるのです。割り勘などしたら、それこそ築いた人間関係もパーです」

「また、何か寄付などを頼まれたら断れません。そして他の人より、多く寄付しなければなりません」
「そういった領収書の切れない出費が、お金持ちにはたくさんあるのです。そして税金も、たっぷり持って行かれますしね」(中出氏)

「なんかイヤね、そういうの…。何か、パパに近づいて来る人たちは、人柄よりも、お金を目的に近づいて来てる感じじゃない?」(中出氏)

「人は働き始めると、この様な利害関係でしか、他人と接する事が出来なくなってしまうのです」

「お金持ちになると、この様に孤独感を感じる人生となります。これは地位と権力を手にした者の宿命なのです」(中出氏)

「なんかアナタの話を聞いてると気持ちが重くなるわ…。もういいわ…。また何かあれば質問するから、中出氏はもう消えて…」(アサミ)

「分かりました…。また何かありましたら呼んで下さい」
中出氏はそう言うと、アサミのイメージ・ビジョンから姿を消した。


「ふぅ…」
ため息をつくアサミ。

「そうだ!、友達にLINE送ろう♪、今から遊ぼうって…!」
アサミはそう言うと、友人たちにLINEを送る。



ピコ…。

LINEを送って数分後、早速1人の友人から返事が来た。

「アサミ待ってたよ!、今日は渋谷に行きたいと思ってたんだ♪」(友人A)

それを見たアサミが返信する。

「渋谷?、どこ行くの?」(アサミ)

するとすぐ返事。

「夏季限定の、美味しいスイーツを出してるお店見つけちゃった♪、そこに行きたいからヨロシクね♪」(友人A)

「いいよ♪、行こう!、行こう!」(アサミ)

「B子とC子も誘って良いでしょ?」(友人A)

「もちろんよ!、B子とC子にも丁度LINE送ってたんだよさっき。じゃあ、みんなで行こう♪」(アサミ)

「じゃあ、いつもの様に、ヨロシクね♪」(友人A)

「ヨロシクって…、何を…?」(アサミ)

「お金に決まってんでしょ!、私たちは渋谷に行く交通費も無いってのに!」(友人A)

「私…、今日は出かけるってママに言ってなかったから、そんなにお金持ってないよ」(アサミ)

「なんだそっか…。じゃあいいや、また!」(友人A)

「ねぇ…、私は地元でも良いんだけど…。みんな今どこにいるの?」(アサミ)

「いいの、いいの、あんたは来なくって!、今度お金持ってる時にでもまたLINE送って!」

友人からのLINEは、以後、途絶えるのであった。



スマホを茫然と見つめるアサミ。
その時、後ろから中出氏がクスクスと笑う声が聞こえた。

「何よ!?」
アサミが振り返り、ムッとして言う。

「どうやら、あなたもお父さんと同じだったみたいですね?、そういうのを、“金づる”と言うんです(笑)」

「お金を持っていないアナタには、友人は会う気が無いみたいですね?(笑)」(中出氏)

「何なのよアンタ!?、人の事バカにして!」
アサミは中出氏にそう言うと、スマホを放り投げてキッチンへ向かった。


 冷蔵庫に手を掛けるアサミ。
そして少女は冷凍庫からカップアイスを取り出した。

「ふふん…♪、渋谷なんかに、わざわざ行かなくたってね…、我が家の冷蔵庫には、いつもフーゲンダッツがびっしり入ってンのよ!(笑)」

アサミはそう言うと、カップアイスの蓋を開け、スプーンですくって一口食べた。

「おいし~~~♪、やっぱアイスは、フーゲンダッツだわぁ~!(笑)」
「なんで、このアイスはこんなに美味しいのかしら…?」

アサミはそう言うと、カップアイスをまじまじと見つめる。

「果汁35%かぁ…?、100%ってワケじゃないんだぁ…?」
アサミはそう言うと、秋津町にいる育ての親の事を急に思い出すのであった。


 それは、アサミが10歳の頃の夏休み。
母親と2人で自宅に居た時の事である。

「ねぇ、お母さん。家にはアイスないの~?」
10歳のアサミが母親にアイスをねだる。

「ふふ…、あるよ♪」
そう言って母親が笑う。

「ほんとぉ!?」

いつもは家にアイスの買い置きなど無いはずなのに、この日はあるという言葉にアサミが驚いた。

「ほら…(笑)」

そう言って笑顔の母親がアサミに手渡したのは、割りばしが刺さった、皮を剥いたバナナであった。
そのバナナはラップで巻かれていた。



「これバナナ…」
それを見てアサミが言う。

「バナナアイスだよ(笑)、かじってごらん…(笑)」
母がそう言うと、アサミはバナナをかじる。

「カタイ…、食べられないよぉ…」(アサミ)

「そうかい?、ちょっと凍らせすぎちゃったね?(笑)」
「それじゃ、日向にしばらく置いておこう。そうすればすぐに食べれるから…」

笑顔の母は、そう言うと窓際にバナナアイスを置いた。


「ねぇ…、まだぁ…?」
3分程経つと、我慢できないアサミが母に言う。

「もう大丈夫かな…?、はい!(笑)」
そう言って、バナナアイスを渡す母。

アサミはそれを手に取ると、バナナをかじる。
今度はちゃんと食べる事が出来た。

口いっぱいに頬張るアサミ。
口の中のバナナは、しゃくしゃくした噛み応えだ。



「おいしー♪」
笑顔のアサミが母に言う。

「ふふ…、果汁100%だよ(笑)」(母)

「おいしー♪、おいしー♪…」
アサミは何回もそう言ってアイスを頬張る。

「ふふふ…」
母親は、そんなアサミの姿を笑顔で見つめるのであった。

※回想シーン終わり


「うッ…、うう…ッ、お母さん…」
その時の情景を思い出すアサミは、急に涙するのであった。


 アサミはそれから、夕暮れになるまでPS3をやっていた。
TV画面を見つめてゲームをするアサミに、中出氏がまた話し掛ける。

「退屈そうですねアサミさん?、あなた他にやる事ないんですか?、せっかくお金持ちに成れたのに…」(中出氏)

「ないよ別に…。ねぇ中出氏…、お金持ちっの子供って暇なのね…?」(アサミ)

「暇なのはアナタだけです。そういう人生を送っていると、そのサボッた分の時間が、後で必ず大きなリターンとなってアナタに返って来ますよ」(中出氏)

「大丈夫よ、後でちゃんとやるからぁ…。人生は長いんだし…、女の平均寿命は86歳なんでしょう?」(アサミ)

「ふふふ…、その平均寿命とは、寝たきり老人や、重度のアルツハイマー症の方、そして脳死状態で生きている方も含まれますよ」

「それに、アナタは知らないみたいですが、健康寿命は平均寿命の更に10年以上前に訪れますよ。男女とも、70歳で健康寿命を終えると云われています」(中出氏)

「健康寿命って…?」(アサミ)

「自分が誰からも介助を受けず、普通に生活できる状態を過ぎた時、健康寿命は終わるのです」
「そして、その後は日常生活に制限のある生活を送る、“延命期間”へと入るのです」
「さて、アサミさん、アナタは1日何時間の睡眠を取ってますか?」(中出氏)

「え!?、8時間くらいかなぁ…?」(アサミ)



「では、アナタが1日24時間の中で何か身につけるのには、3分の2の時間しかありませんね?、そして起きていても今のような生活をしていれば、そのサボった時間は更に加算されますね?」(中出氏)

「どおいう事?」(アサミ)

「人生とは、自分が考えているよりも短いという事です。例えばアナタの人生の10年間のうち、約3年分の時間は、何も出来ずに終わってしまうという事です」(中出氏)

「そうなの!?」(アサミ)

「ふふふ…、そうですよ。そして、人間は齢を取れば取るほど、新しい事にチャレンジする事が困難になります」

「子供が半年で出来る様なスキルを、大人はその何倍もの時間を費やさなければ出来ません…。いや…、モノによっては、それを身に付ける事も不可能となります」

「それは先程も言った健康寿命の関係です。最近は見た目が若い40代、50代が増えていますが、それでも内臓器官や筋力の衰えは、若い頃と比べて格段に落ちます」

「だから65歳の定年になったら何かスポーツでも始めようとか、習い事を始めようと考えていても、実際にその年齢になった時には、出来なくなってしまう可能性が多いのです」

「“少年老い易く学成り難し”…、昔の人は良い言葉を残してますよねぇ?」(中出氏)



「なにそれ?」(アサミ)

「小さい頃から学んだ方が、吸収力が早いから良いですよって事です」(中出氏)

「小さい頃から始めたって、生まれた時から経済的に格差があったら、もうその段階で人生は決まっちゃうじゃない!?」(アサミ)

「だから、あなたはお金持ちに成りたかった…?」(中出氏)

「そうよ!」(アサミ)

「じゃあ、良いですよ…。ここは仮想現実空間です。あなたの望む、経済力を与えますから、最高の環境で、一流のコーチや教師をつけましょう」

「そうすれば、あなたは、世界的なアスリートや、エリートに必ず成れるんですよね?」(中出氏)

「そ…、それは…ッ!?」(アサミ)

「どうしたのです?、そうすれば、あなたの望む人生になるのでしょう?、あなたの思う、人生の成功者に成れるのでしょう?」

中出氏がそう言うと、アサミは黙ってしまった。

「あなたは卑怯ですね?、自分には、絶対にそういう恵まれた環境が来ないと分かっていたから、ああいう言い訳をする」

「自分の境遇を肯定する為ばかりに虚勢を張って、常に人のせいにする言い訳を探して生きている」

「じゃあ、聞きますが、世界的に有名な学者、野口英世はお金持ちの家に生まれたのですか?、違いますよね?、彼はとても貧しい家庭に生まれました」(中出氏)

「そんな人、知らなもん!」(アサミ)

「ノーベル賞候補に3回ノミネートされた人です。彼の生きていた時代に、日本人がノミネートされるなんて凄い事です」

「じゃあ、知らないなら仕方ないです。だったら、これはどうです?」

「アメリカのNBAでプレーする多くの黒人選手は、貧しいスラム街出身の人たちですよ」

「サッカーが強いブラジル選手は、幼少期には貧しくて裸足で、ゴムまりを蹴っていたのに、なぜ恵まれた日本人選手よりも優れているのです?」

「ボクシングの亀田三兄弟も、お父さんは元プロボクサーじゃないのに、三兄弟を世界チャンピオンに育ててますよ」

「それは分かりますか?、みんな早くから初めてるのです。子供の頃からです。スタートが早いのです」

「子供は吸収力が早いし、迷いが無く、素直に吸収して行くのです」

「それと彼らは、みんなコンプレックスがありました。逆境に負けたくないという強い意志が、彼らを一流のアスリートや学者にしたのです」

「もし、初めから恵まれた環境で生きていたら、それなりの凡人で終わっていたでしょう」

「人間とはピンチになると力を発揮する者なのです。逆境こそが、新たな創造やパワーを生み出すものなのです」

「結局、恵まれた環境に生まれても、考え方がアナタの様な人では、幸せな人生を送るのは難しいという事です」(中出氏)

「じゃあさ…、私って、この後の人生は結局どんな風になっちゃうの?」(アサミ)

「ふふふ…、知りたいですか?」(中出氏)

「ええ…」
大きく頷くアサミ。

「では、この先のアナタの未来を一気に見てみましょう…」
中出氏がそう言った瞬間、アサミのスマホにLINEが届く。

ピコ…ッ

「ちょっと待って、ママからLINE来た」
アサミは中出氏を制して、スマホを確認する。


 アサミ

ママは今日も仕事で遅くなるから、夕飯は一人で済ませてちょうだい。

パパも遅くなるから、寝るときは戸締りをきちんとする様にね。

ママより




(結局、夜も1人ぼっちかぁ…)
LINEを見たアサミは、そう思う。

「宜しいですか?」
スマホを見つめてるアサミに中出氏が聞く。

「ああ…!、ごめんなさい…。いいわ、私の未来を教えて…」
中出氏に振り返ってアサミが言った。

「では、ここにAIが予測したアナタの未来を読み上げます」
I-PADを手にした中出氏が言うと、アサミは神妙な顔つきで話を待つ。

「アサミさん…、アナタは新学期が終わると学校をサボりがちになるようです」(中出氏)

「え!?、何で?」(アサミ)

「ここには、詳しい経緯は書かれていないので分かりません」(中出氏)

「分かった…。続きを聞かせて…」(アサミ)

「学校をサボりがちになるアナタは、家で1日中スマホを使って時間を潰します」
「そんな時、1人の女の子とネットで知り合い、友人となります」

「アナタは、親が仕事に出掛けると、その子を自宅に招き、2人で1日を潰します」
「やがて、その子の仲間もアナタの自宅へと訪れ、数十人が常に入り浸る様になります」

「そしてある日、その中の仲間の1人が知り合いから貰った大麻を持って来ます」
「その大麻をアナタを含んだ仲間全員で興味本位に吸ってみる事となりました」

「大麻の快楽を知ったアナタたちは、その後、どんどんハマって行きます」

「幸いアナタは、お金に不自由しなかった事で、最初に大麻を持って来た仲間を通して、大量に大麻を購入する事ができました」

「ある日、大麻を購入する仲間が、小さなビニール袋に入った白い粉を一緒に持って来ました」
「あなたは聞きます。『これは何?』と…」

「仲間は言います。『これは覚醒剤で、大麻なんかより、もっと気持ちよくなれるんだ』と…」
「『いつも大麻を買ってくれるから、オマケとしてタダでくれた』のだと言いました」

「それをアナタたちは、試してみる事にしました。するとどうでしょう!?、覚せい剤の方が遥かに快楽を得られるではないですか!」

「こうして、アナタたちはどんどん覚醒剤にもハマります。これこそがヤクの密売人の狙いだった様です」

「大麻を売っても大したカネにはなりません。その割には、罪の重さは覚醒剤と変わらないのです」

「だから密売人は、覚醒剤を売った方がカネになるので、ずっと売りたかったのです。オマケにつけた事で、まんまと作戦は成功します」

「アナタを介して、仲間たちは覚醒剤にハマり続けます。しかしそんな日々も長くは続きませんでした」

「仲間がヤクを購入中、マトリに現行犯逮捕をされました。それによって、アナタたちは芋づる式に全員逮捕されます」

「逮捕されたアナタは学校を退学させられます。また現役女子高生たちの覚醒剤集団使用という事件は、大変ショッキングな出来事として、多くのマスコミに取り上げられます」

「アナタの両親の会社はそれが元で倒産し、豪勢なこの自宅も手放します…」(中出氏)

「ちょっと待ってッ!、もおいいわ!、聞きたくない!、それってホントなの!?」(アサミ)

「AIが、アナタの性格から、アナタの未来をそう予測してます…」(中出氏)

「じゃあ、家族はバラバラになっちゃうの!?、私は結局、独りぼっちになるのッ!?」(アサミ)

「いえ…、家族はバラバラになりません。辛うじて、家族としての共同体は存続するみたいですね…」(中出氏)

「どういう事!?」(アサミ)

「両親は離婚はしませんが、別居となります。それからアナタは、両親に愛想をつかされて、四畳半一間の古いアパートで貧乏暮らしを始める事となります」(中出氏)

「それって、独りぼっちってことでしょう!?」(アサミ)

「違います…。書類上は家族として繋がってますから…」(中出氏)

「そんなの意味ないよッ!、何で、お金持ちに成れたのに、また貧乏暮らしになっちゃうのよッ!?」(アサミ)

「仕方ありません…。それはアナタの人間性の問題だからです」
「アナタの考え方が、そういった負の運命を自然と引き付けてしまうのです…」(中出氏)

「だったら、もおいいわッ!、同じ貧乏なら、前の家の方がマシよッ!、秋津のお母さんの方が、まだ独りぼっちじゃないだけ良いわッ!」



「中出氏ッ!、メタバースを初期化すれば元の生活に戻れるんでしょう!?、だったら、私を今までの秋津の家の方に戻してよぉッ!」(アサミ)

「構いませんよ…。でもアサミさん…、元の家に戻っても、アナタは結局、独りぼっちの人生ですよ…」(中出氏)

「えッ!?」
どういう意味?と聞くアサミ。

「画面を切り替えます。これをご覧ください…」

そう言って中出氏が画面を切り替えると、そこにはアサミが以前住んでいた秋津の居間が映し出される。

「えッ!?」
それを観たアサミが驚く。
そこには、アサミの育て親が苦しそうにうずくまる姿が見えたからだ。



「うぅ…、ぐぐ…」
アサミの育て親は、そう言って苦しむ。

「大動脈解離です…」(中出氏)

「何それッ!?」(アサミ)

「心臓の血管が破裂した病気といえば分かりますか?」(中出氏)



「大変ッ!、中出氏ッ!、私を早く元の家に戻してッ!」(アサミ)

「もう手遅れです…」
「アサミさん…、アナタ気が付かなかったンですか?」



「こうなるまでに兆候が見られたはずですよ…。アナタに人として当たり前の、人をねぎらう気持ちがあったならば、絶対に気が付いてたと思いますけどね…」(中出氏)

「そんな…ッ!、だって…、まだそこまで齢を取ってるワケじゃないし…ッ、そんなの気が付かないよ…ッ!」(アサミ)

「アナタは女性の平均寿命の事を言ってるんですか?、先程も言ったように、平均寿命という事は、人が死ぬ平均の年齢ですよ。だから、それよりも早く死ぬ人がいるという事です」

「現にアナタの生みの親は、20代の若さで亡くなってるじゃありませんか…?」
中出氏がそう言うと、アサミの表情が見る見ると蒼ざめて行く。

「うぅ…、ぐぐ…」
アサミの育て親は、更にそう言って苦しむ。

「ああ…ッ、ああ…ッ」
涙目のアサミは、母の苦しむ姿をモニター越しに見つめる。



「このまま、お金持ちの家なら家族は存在しますよ…。書類上だけですけど…」
中出氏は、そう言って微笑む。

「中出氏ッ!、お願いッ!、私をあの場所へ戻してッ!」
中出氏に振り返り、泣きながらアサミが叫ぶ。

「行っても助かりませんよ…」(中出氏)

「それでも良いのッ!」(アサミ)

「何の為に行くのです…?」(中出氏)

「謝りたいのッ!…、それと、今まで育ててくれてありがとうって、せめて最後に伝えたいのッ!」(アサミ)

「そんなのは、アナタの単なる自己満足でしょう…?、自分の罪悪感を軽減したいだけのエゴです」

「そんな事を今、あの人に言ったところで、あの人は浮かばれません」
「そういう事は、あの人が元気で生きてるうちに言わなければ意味が無いのです」(中出氏)

「うぅ…、ぐぐ…」
モニターには、苦しむ母の姿が最期を迎えようとしていた。

「さぁ、アサミさん…。せめてあの人の最期をしっかり見届けてあげましょう…」(中出氏)

「うぅ…、ぐぐ…」(母)

「お母さんッ!、お母さんッ!」
画面に向かって泣き叫ぶアサミ。



「あの人はお母さんじゃありません…。アナタの本当の母親は交通事故で死にました…」(中出氏)

「うぅ…、ぐぐ…」(母)

「お母さんッ!、お母さんッ!」(アサミ)



「あの人は、アナタが生まれた時から、自分は母親だと偽って来た嘘つきです」
「結局、育てられないまま死んでいく、無責任な老人です」(中出氏)

「うるさいッ!、うるさいッ!、うるさいッ!」
中出氏に泣いて怒鳴るアサミ。

「アサミさん…、ほら…」
自分に脇見してるアサミへ、中出氏がそう言って画面を指す。

アサミが慌ててモニターに振り返ると、母は胸を押さえながら最期を迎えようとしていた。



「うぅ…、ぐぐ…」(母)

「ああ…、ああ…」
涙目のアサミがそう言うと、母は静かに息を引き取った。

「ああ~~んんッ!、ああ~んッ、あ~んんッ…!、酷いわぁ~ッ!、あんまりだわぁぁ~~~ッ!、ああ~~んんッ!、ああ~~んんッ!」

画面の母を見て泣き崩れて叫ぶアサミ。
すると中出氏が不敵な笑みでアサミに近づき、静かに言う。

「アサミさん、これで良かったのです。人はこうやって傷つきながら成長して行くのです」
「今回の件で、あなたはこれを教訓とし、人としてどうあるべきだったのかを学べたのです」

「ほら、ご覧ください…、アナタの今後の人生に変化が表れていますよ…」
中出氏がそう言いながら、手にしたI-PADを、肩を震わせて泣くアサミに見せた。

「今回の事でアナタは、思いやりの心を持つ事が出来ました。アナタのその心の変化が、今後の人生が良好に進んで行くとAIが修正予測しています」

「これで亡くなったあの人も、あなたの成長をきっと喜んでくれているはずでしょう…」(中出氏)

「そんなのイヤアァーーッ!、私は…ッ。私はあの、お母さんと一緒に過ごしたかったのぉーッ!、元の家に戻りたかったのよぉぉ…」

そこまで言うと、アサミはがっくりとうなだれて、肩を震わせて泣くのであった。



中出氏はその様子を、しばらく黙って見つめている。
するとアサミが突然、何かを思い出したかの様に、バッと顔を上げた!

「ねぇ!、中出氏ッ!、ライフプログラムを初期化すれば元に戻るって言ってたわよねッ!?」(アサミ)

「ええ…、初期化すれば戻れますよ」(飄々と言う中出氏)



「だったら初期化してッ!、私をここに来る前の時間に戻してッ!、今日、朝目が覚めた状況に戻してッ」(アサミ)

「何の為に戻るのです?」(中出氏)

「決まってるでしょうッ!、お母さんを助けに行く為よッ!」(アサミ)

「助ける…?」(中出氏)

「そうよッ、助けに行くのッ!」(アサミ)

「ふふふ…、アサミさん、いいですか…?、初期化するという事は、今回アナタが学んだ出来事が、全て記憶から消されるという事ですよ?」

「そうなれば、アナタはまた、元の思いやりのない、わがままな自分に戻るだけです」

「たとえ元の時間に戻ってたとしても、アナタは結局、あの人の異変に気づく事もなく、またここに現れるだけです。同じ事の繰り返しです」(中出氏)

「今度は、絶対にここには現れないッ!」(アサミ)



「無駄ですよ…。ムダムダ…、およしなさい。それよりも、この経験を今後に活かして前に進むべきです…」(中出氏)

「お願いいッッ!、私を元に戻してぇぇッ!、今度は、絶対にここには来ないッ!、お願いよぉぉ…、お願い…、ああ~~んんッ!、ああ~んッ!ああ~~んんッ!…」

アサミはそう言うと、いつまでも泣き続けるのであった。

「ああ~~んんッ!、ああ~んッ!ああ~~んんッ!…、ああ~~んんッ!、ああ~んッ!ああ~~んんッ!…」

泣き続けるアサミを、中出氏は黙って見つめていた。

「ああ~~んんッ!、ああ~んッ!ああ~~んんッ!…」(アサミ)

「はぁ…、まったく…、分りましたよ…。アナタを元の時間に戻しますよ!」
根負けした中出氏が言う。

「ほんとぉッ!?」
涙目のアサミが、顔を上げる。

「ええ…、戻します。まったく…!、そしたら、また私は、ここに戻って来たアナタに、同じ話をしなければなりませんね…!」(中出氏)

「今度はここには来ないわ!、ゼッタイッ!!ッ…」
アサミが力強く言う。

「じゃあ、そこに掛けて下さい…。要領はさっきと同じです」
中出氏はそう言うと、アサミに例のリクライニングシートへと誘導する。

アサミが座るとシートが後ろに倒れ始めた。

ウィィィィィ……ンン…ッ

「準備はいいですか?」
壁から出ているレバーを握って、中出氏が言う。



「いいわ、始めて…」
アサミが頷いて言う。

「分かりました…。でもその前に、せっかくだからアナタにアドバイスを与えましょう…」
中出氏がそう言うと、アサミは「アドバイス…?」と聞き返す。

「そう…、アドバイスです」
中出氏は、そう言ってニヤッと微笑む。

「何?」(アサミ)

「アナタが今後、もし、心に何か引っかかる事があったならば、感じるままに行動を起こしなさい」
「考える必要は無いのです。心が思うがまま、行動すれば良いのです」(中出氏)

「どういう事…?」(アサミ)

「例えば、電車に乗って自分が座っていた時、年寄りが次の駅から乗って来たら、感じるままに行動するのです」
「『優先席じゃないからいいや』とか、『照れくさい』、『恥ずかしい』、『タイミングを逃した』とか、そんな事を考える必要は無いのです」

「アナタがその場面で、もし、心に何か引っかかったのならば、思うがままに行動すれば良いのです」
「そうしなければ、アナタはドキドキしながら寝たふりなどして、結局、座っていても心は穏やかではありません」

「だったら、さっさと席を譲ってしまえば良いのです。そうすれば互いが気持ち良くなりますし、席を譲られた老人は、アナタの事を一生忘れないでしょう」

「若いアナタにとって良い事をするのは、確かに恥ずかしいかも知れません。まして親や友人などに感謝を述べる事は、とても恥ずかしい事でしょう」

「私は以前、年寄りが電車に乗って来ても、自分は絶対に席を譲らないと言っていた人を知っています」
「なぜ彼は席を譲らないかというと、以前、席を譲った年寄りに『自分は、そんな齢ではない!』と、断られたからだそうです」

「『だから俺はもう、これから年寄りには席を譲らない!』と、彼は誓っていました」
「私は彼の言葉を聞いた時に思いましたよ。ああ…、何て情けない人なんだろうと…」

「だってそうでしょ?、彼に断った老人と、今目の前にいる老人は別人です。関係ないじゃないですか…」
「きっと彼は席を譲らなかった事で、周りから自分がどう見られているのか、気が気でならないのでしょうね」

「だから恥ずべき自分を肯定する為に、必死に言い訳をしているのです。どうです?、なんてカッコ悪い人なんだと思いませんか?」



「いいですか…?、それが今までのアナタだったのです。そんな考えを持つ人は、恋人が出来ても直ぐフラれます」

「就職しても、仕事が出来ないから出世もしないでしょう…。その前に面接で落とされるかも知れません」
「なぜそうなるのか?、それは、その人は自分を省みないで、言い訳ばかりを考えて体裁を保つ事に必死だからです。」

「彼は、自分では上手く立ち回ったつもりでしょうが、実は周りの人は冷めた目で見ています」
「きっと彼は、自分の行動を相手から指摘されなければ勝ったと勘違いしている様ですが、それは違います」

「人はいちいち言ってくれません。指摘などしないのです。自分の心の中で、その彼を情けない人と思い、自分と距離を取る様になるのです」

「アサミさん、アナタがそうならない為にはどうすべきか?、それは、アナタが自分の心の思いに従えば良いのです」
「もし、街中で目の見えない人が困ってるのを見かけたら、手を引いてあげるのです」

「車椅子の人が坂道で苦しそうにしていたら、後ろから押してあげれば良いのです」
「松葉杖の人がドアを開けるのに困っていたら、開けてあげれば良いのです」

「そして、アナタの親が大変そうであったのならば、アナタが力になってあげれば良いのです」
「そういう気持ちを忘れないでいれば、アナタの言う“お母さん”を救えるかも知れませんよ…」

「まぁ、そんな事をここで言っても、アナタの記憶はどうせ消えちゃうんですから、意味ないんですけどね…」

中出氏はアサミにそこまで言うと、クスクスと含み笑いをした。

「それじゃあ行きますよ!」
再びアサミに振り返った中出氏がレバーを握って言う。

アサミは、真っ直ぐと中出氏を見つめ頷いた。

ガクンッ!

中出氏がレバーを下す!

ビビビビビ…ッ!

リクライニングに寝そべるアサミの全身が発光した!



「う…、うううんん…」
またもや、強烈な睡魔に襲われたアサミの意識が、シャットダウンした。




 2013年7月 東京 東村山市秋津町
JR新秋津駅からほど近い古アパート

AM10:30



「ふぁぁぁ~…」
ボサボサ髪のアサミが、ベッドで伸びをする。
少女は、地元の都立高校に通う、16歳の高校生に戻っていた。

都立高校は今日から夏休み。
部活動をやっていないアサミは、初日から思いっきり朝寝坊した。

「だる…」
アサミはそう言うと、ベッドから起き上がり、Tシャツとスウェットに着替えるのであった。

「お母さん、おはよ…」

隣部屋に入ると、母の背中にそう声を掛けるアサミ。
母は畳部屋に卓袱台を置いて、夏のお中元のシール貼りを内職していた。

「おはよう、アサミ…」
笑顔の母が振り返る。

「またやってんの…?、内職…」
母の作業を見つめながらアサミが言う。

アサミの母は、パートが休みの日には、こうして自宅で商品梱包にラベルシールを貼る仕事もやっていたのであった。

「よくまぁ、飽きもせずに働くね…?、つまんなくない?、そんな人生…」
アサミが作業中の母の背中に語り掛ける。

「仕方ないだろ…、ウチは貧乏なんだから…」
黙々と作業をする母が、ポツリと言う。

「ねぇ…、たまには寿司でも食べに行こうよぉ~!、カッパでもスシローでも良いからさぁ…」(アサミ)

「ごめんねぇ…、今度、のり巻き作ってあげるから我慢して…」(母)

「なんでだよぉ!?、何でウチはいつも、手作りなんだよぉ!?、あたしは外で食べたいって言ってんの!」(アサミ)

「あんた小さい頃、お母さんと一緒にのり巻き作るの楽しんでたじゃないか?、それに、かんぴょう巻が美味しい、美味しいって食べてたじゃないか…」(母)

「それ、いつのハナシだよ!?、その頃は、寿司っていえば、それしか知らなかったからだろ!?」

「まったくウチは、夏だってのに、ガリガリ君も買わなくて、カルピス凍らして食べさせるし…」

「よそんちみたいに、スイーツだって買って食べたいのに、それとかも全部手作りじゃないか!、ハウスゼリー?、ババロア?、何だよそれ?、あり得ねぇよ…」(アサミ)

「お母さんが子供の頃は、みんなそうやって親と子供が一緒になって作って食べてたもんだよ…」

母はそう言うと、含み笑いをする。

「そんな昭和のハナシなんて聞きたくない!」(アサミ)

「でもお陰で、料理も出来る様になったじゃないか?、餃子もから揚げも、あんたの齢で、イチから作れる子なんて、そうは居ないよ」(母)

「ねぇ、子供手当貰ってんでしょ!?、それで寿司食おうよ!、それで私の服買ってよ!、スマホ買ってよ!、いいじゃん!、それ私のカネでしょ!?」(アサミ)

「それはダメ!、あのお金は。あんたの将来の為に貯金してるんだから…」(母)

「あたし将来なんて、何も考えてないし!、こんな貧乏じゃ、将来の夢や希望もないよ!」

「ねぇ!、なんで齢とってから子供なんか産んだんだよ!?、無責任なんだよ!、育てられるか考えもしないで、いい加減にしてよぉ!」

アサミが堰を切った様にそこまで言うと、母は黙ってしまうのであった。

「う…ッ!」
すると母が急にそう言って、胸を押さえる。

「どうしたの?」
母の顔を覗き込んだアサミが聞く。

「大丈夫…、何でもない…。最近、たまに胸が苦しくなる時があるんだよ…」
少し顔色の優れない母が言う

「病院でも行ったら?」(アサミ)

「大丈夫…」(母)

「でも汗かいてるじゃん」(アサミ)

「勿体ないよ…、病院なんて…、ほっとけばそのうちに治るから…」(母)

「まったく…、どこまでケチなんだか…?」
呆れるアサミが顔を左右に振る。

「じゃあ、あたしちょっと出かけて来るから…」

アサミが母に続けて言った。
すると少女の意識の中で、突然何かがフラッシュバックした。

真っ白な空間にたたずむ人影。
はっきりとは見えないが、それはメガネを掛けた男性の様に感じるアサミ。



「ん!?、何これ…?」
どこかで見た事がある様な男性。
しかしアサミは、その男が誰なのか思い出せなかった。

「夏休みの課題とか、ちゃんとやってるのかい?」
その時、母がアサミに言う。

「大丈夫だよ!、今日から夏休みなんだから…」
アサミが母に振り返ってそう言うと、またもや頭の中で男がフラッシュバックする。



(ん~~?、何?、何なのよこれは…?)
アサミが頭の中で、今起きている現象を考える。

思い出せそうで思いだせないその男。
しかしアサミは、この現象が切っ掛けで、何かとても不吉な予感がよぎるのだった。

(何?…、何なの?、この嫌な感じは…?)
アサミは考えれば考えるほど、不安な気持ちになって行った。

「どうしたんだい?」
黙って立ち尽くすアサミに母が声を掛けた。

「ううん…、何でもない…」
そう言って首を横に振るアサミ。

その時、アサミは気が付くのだった。
母の顔色がとても優れない事に…。

「ねぇ、お母さん…、何か顔色悪いみたいだけど…。やっぱ病院に言った方が良いんじゃない?」(アサミ)

「大丈夫だよ…」
母が少女にそう言った瞬間、またもやアサミの頭の中で、男の顔がフラッシュバックした!

(なんなの?、この男性(ひと)は…?、ただ、何かを私に伝えようとしてる…ッ!、何?)
アサミは考える。

(考えちゃいけない…?、そう言ってるの…?、感じるまま…?)
明確なメッセージではないが、何か男がそう言っている様に思うアサミ。

「ねぇ、お母さん!、病院行こう!、私も一緒に行くから!」
するとアサミは、母親に突然そう言った。

「勿体ないから…」
母がそう言うと、アサミはその言葉を遮る様に言う。

「お金なら、私の子供手当を使えば良いじゃない!」(アサミ)

「あれは、あんたの将来の…」(母)

「将来って…ッ!、もし、お母さんに何かあったらどうするの!?、お願い!、お母さん病院に行って診てもらってッ!」(アサミ)

「どうしたんだい、あんた…?」
アサミの剣幕に、ぽかんとしながら訪ねる母。

「分からない!、分からないけど…ッ、何かとても嫌な予感がするのッ!、お母さんがもしも病気で亡くなってしまったらって…ッ!」



「だからお願い!、私の将来って言ったって、それで病院行かないのが原因でお母さんが死んじゃったら…ッ、そんなのイヤッ!、ヤダよ!」

「お金なら心配しないで、私バイトする!、私部活入ってないからバイトできるし…!」
「進学する為の貯金なら、奨学金だってあるでしょッ!?」(アサミ)

「アサミ…、奨学金は成績が良くないと貰えないんだよ…」(苦笑いの母)

「だったら勉強もするッ!、ちゃんとやるから病院に行ってッ!、お願いよぉ!」
「だって…、たった2人の家族なんだよ!?、お母さんが居なくなっちゃう人生なんて嫌だよぉ!」(アサミ)

「アサミ…?、あんたアサミだよね…?」(母)

「お願いッ…、お母さんッッ!」(アサミ)

「ふっ…、分かったよ…」
アサミに根負けした母が、含み笑いして言う。

「じゃあ、早速支度して!」(アサミ)

「はいはい…」
母はそう言いながら、含み笑いでアサミに従うのであった。




 こうしてアサミ親子は、病院に行き、診てもらった事で、母の容態の異変に気が付く事が出来きた。
母は緊急入院をする事になったが、大事に至らないで済む事となるのであった。

 その後、アサミは母との約束通り、学業とアルバイトを両立しながら、母の退院を秋津町の古アパートで待った。

元気になった母は、アサミの協力もあって、以前よりも負担が軽くなり、元気で健康に過ごす事になるのであった。

 それにしても、初期化で記憶を消されてしまったアサミは、なぜ母を救う事ができたのであろうか…?

「記憶転移」という事象を、みなさんはご存じであろうか?

それは、臓器移植に伴って提供者(ドナー)の記憶の一部が、受給者(レシピエント)に移るとされる現象である。

移植後、回復した患者が知りえない情報や記憶、また見知らぬ人物の顔が、突然フラッシュバックして現れるというのだ。

実際にドナーを探し当てて、本当にそういう出来事や、人物が存在して証明された事例が、いくつもあるという。

そうなると人間の記憶とは脳だけでなく、実は身体の細胞でも記憶されるという事になるのだろうか。

もし今回の件も、それと同じ現象であるならば、それはアサミの「母を死なせたくない!」という強い思いが、少女の細胞にも記憶され、奇跡を起したのだろう。

この非常に興味深いデータは、引き続き世界で唯一のメタバース空間として存在する、東村山市で研究が続けられる事となるのだった。

END

では、エンディングテーマを聴いてお別れです。
「夏詩の旅人」次回作もお楽しみに!




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